第29話 蒼蛇のヴァーリー(1)

 夜になって出かけること、そして、たぶん夜中すぎに大立ち回りしなければならなくなることがわかっている。

 カスティリナは、ベッドに横になって、今朝眠れなかったぶんを取り戻すことにした。少なくとも、これ以上は疲れないようにしなくては、夜、役に立たない。

 ジェシーとタンメリーは出かけてしまった。たぶんその祭のパレードのことで何かあるのだろう。サパレスはその「さびしい山」亭の見張りだ。ほかに何人かいる屈強な男の傭兵もサパレスの助力に出されたらしい。

 確かめてはいないが、いま局にいるのはカスティリナと局長だけだろう。

 昼間は、局長に言われて、宮殿まで鳥銃ちょうじゅうを見せてもらいに行っていた。

 鳥銃というのは、鉄の筒の中の火薬に火縄というものから火をつけて、火薬の力で鉄か何かのたまを打ち出す武器だ。それで鳥を撃ったり人を傷つけたりする。

 それは知っていたけれど、鳥銃を手に取って見るのも、細かい造りをきくのもはじめてだ。

 隣国のアルコンナは、この鳥銃をたくさんそろえて、その鳥銃隊の威力でまわりの国を攻め取り、国をどんどん大きくしている。

 そして、そのアルコンナが、カスティリナの生まれた国だ。

 鳥銃の見学には、ほかの傭兵局からも人が来ていたし、鍛冶かじ師や細工さいく師も来ていた。ダンツィク商会からも手代てだいか何かが来ていたけれど、あいさつはしなかった。「今晩はお世話になります」と言ったところで、ここに来ている手代には事情はわからないだろうし、ここで意味ありげなあいさつをしたことがもし盗賊団に伝わったら、局長がせっかく手配したのがむだになってしまう。

 カスティリナが、説明をしてくれた役人にきいたのは

「でも、その火薬というのは高いんでしょう?」

ということだけだった。あの蒼蛇あおへびの盗賊が火薬をいてバンキット傭兵局の連中を撃退したことを思い出したからだ。

 「まあ、買えば高いが、ね」

 やせ細って眼鏡をかけて、いかにも学者という風体ふうていの宮殿の役人は、高慢そうな言いかたで説明した。

 「でも、木炭の粉と硫黄いおう焔硝えんしょうというのがあれば作れるものでね。木炭はどこでも手に入るし、薬種やくしゅ屋で硫黄も買える。焔硝というのはちょっと手に入れるのが難しいが、薬種屋で売っていないわけではないし、ちょっとした工夫で手に入るからね。鳥銃に使うには役に立たないかも知れないが、粗悪品ならば比較的安く作れるんじゃないかな」

 ということは、蒼蛇は自分のところで火薬を作ったのかも知れない。

 このあいだの隠れ家からは鳥銃は見つからなかった。持って逃げたようにも見えなかったから、今日は蒼蛇が鳥銃を使ってくることはないだろう。

 蒼蛇が鳥銃を使っているところを見たという話はないらしい。でも、姿を目にしたものは殺されるというから、ほんとうは使っていて、それを見たものはみんな殺されているのかも知れない。

 少なくとも火薬は使った。それはカスティリナも身をもって知っている。

 だから、また火薬を使って何かを仕掛けてくるかも知れない。

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