第26話 シルヴァス局長(5)

 「あの気弱そうな店の主人、あれがヴァーリーです。いくらなんでも、自分の店の地下に抜け道を掘られていたのに気づかないなんてことはないでしょう。あの主人が、あの抜け道づたいにポルカーという賊に指図を出していたんです」

 「それはおれも考えた。そのポルカーってやつのことは知らなかったがな」

 局長が言った。

 「たしかに抜け道を知らなかったなんていうのはうそだろう。隣から抜け穴を掘らせてくれと言われて、あやしいとは思っていたが届けなかったんだろうな。察するにかねを積まれたか何かだ。だが、あの親爺おやじの身許は、昨日のうちにやっぱり法務府と護民府に手を回して調べてもらった。あやしいところは何もない。それに、妻と、娘が三人、男の子が一人に孫が二人、その男の子の妻と、離縁された兄貴の嫁というのまであそこにいっしょに住んでて、しかも下宿人や徒弟までいる。よくもまあ、あの狭い家にそれだけ入れるもんだと思うぞ。その全部の目を盗んで盗賊をやるというのも、それはちょっと難しんじゃないのかな」

 「しかしそれがぜんぶ一味だったら?」

 「疑り深いな」

 局長はいらいらしたような声で言った。

 「だから、その奥さんとか、離縁された兄さんの嫁とか、息子の妻とか、下宿人とか徒弟とかの身許まで護民府で調べたよ。みんな身許みもとは確かだ。しかもみんなばらばらに動いていて、とても盗賊団としてまとまって動いている様子じゃない。だからどうもその話は成り立たないな」

 「いや……」

 カスティリナを疑り深いと言いながら、局長だって調べているのだ。

 だったら同じじゃないか。

 気もちが少し落ち着いたけれど、ラヴィがさらわれたことには違いがない。

 局長は短く息を吸って、息を整えた。カスティリナがいますぐ出て行きそうにはないと安心したのかも知れない。

 「それより、そのラヴィとまた会う機会はあるかも知れんぞ。それも、今晩じゅうに」

 「はい?」

 今度はいきなり何を言い出すのだろうと思う。

 「あの蒼蛇あおへびの一味な、今晩、ダンツィクを襲う。たぶんまちがいない」

 「たぶん」はついているが、あまりにはっきりした言いように、カスティリナはあっけにとられそうになる。

 でもあっけにとられているわけにもいかない。

 「冗談じゃないですよね?」

 「もちろんだ」

 ここまで、だらけきったのかおうへいなのかわからないかっこうで、椅子の背もたれに身を預けていた局長がいきなり身を起こした。

 こうすると、この局長もとても有能そうに見える。

 局長は机に手をついてカスティリナを見上げた。

 「明日、祭で必要な服だの服地だの飾りつけや見世物や食い物の材料だのがいっせいに港に着く。ダンツィクのなじみの船着き場にもいっぱい着くだろう。ダンツィクでは例によってそれを仕入れる。それも手広く。明日、金を集めていたのでは間に合わないから、今日はダンツィクの店には金貨銀貨が山積みになってるはずだ」

 「はい」

 祭だとそういうことが起こるのか。

 考えてみればあたりまえかも知れないが、カスティリナはいままで気づかなかった。

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