第21話 ラヴィ(6)
ラヴィがきく。
「お父さんが……いるの?」
カスティリナは軽く笑って首を振った。
「もう死んだ」
「でも、女の子がまだこんなに若いのに?」
おかしかった。
自分自身、子どものころにさらわれて、盗賊に下使いに使われてきた少女に同情されるなんて。
でも、そう考えれば、この子と同じくらいの不幸はカスティリナだって背負ってきたのだ。
だったら、この不幸な女の子と、もっと仲よくできるかも知れない。
蒼蛇の盗賊団が壊滅したら、またこの子に会いに来よう。
そのためには、まずあの盗賊団を全滅させなければいけない。もし一人でも生き残らせれば、そいつがこの子をつけ狙う可能性がある。
「まあ、いろいろあるよ。それは、また機会があったら、話す」
そう言って、カスティリナは立ち上がった。
「今日はいろいろと話をきかせてくれてありがとう。また来るよ」
そう言って部屋を出ようとする。
「あっ、あのっ」
ラヴィが細い声で呼び止めた。
「何?」
カスティリナが振り向く。
ラヴィは、ベッドの端に座ったまま、目を伏せて言った。
「わたしこそありがとう。昨日も……それに、今日も、訪ねて来てくれて」
言ってから、顔を上げて、「これでいいかな」とでも言いたそうにカスティリナの顔を見上げる。
「うん」
カスティリナは軽く頷いて、部屋を出た。
下に下りてみるとベニー法務官は接客中ということで自分の部屋にいなかった。
カスティリナが見たいと言っていた書類は出してあるが、自分のいないところでは見せられないので、また見に来るように、という伝言を、留守居の書記に残していた。
それで、カスティリナのほうも、あの部屋は危ないのでできるだけラヴィを安全なところに移すように、と伝言して、法務府分局を出た。
分局を出てから考え直してみる。
盗賊が昼間にラヴィに手を出すことは、まず、ない。
だから、すぐに手を打つ必要もないだろう。
あの部屋の外側は広場だ。いつもたくさんの人がいる。だから、昼間にあの壁をよじ上っていると目立つ。すぐに通報されてつかまる。そこが法務府の分局であればなおさらだ。
火薬を投げこもうにも、投石機を組み立てていたらやっぱり目立つ。すぐ下から手で投げこむことはできるだろうけれど、そんなことをしたらやっぱりすぐにつかまるだろう。正面から押し入るとか、来訪者を装って忍びこむとかいう方法もあるが、分局の廊下はなかなか複雑だ。迷っているうちにだれかに怪しまれる。
夕方にもう一度来てもいいと思って、カスティリナは法務府分局を出た。
まっすぐに傭兵局に帰ることにする。
局長に無断でベニー法務官に会いに来た。さらにラヴィにも会ってきたのだから、しおらしく早めに帰ったほうがいい。
それ以上に、これから何が起こるかわからない、という、何とはない恐ろしさもあった。それに備えて、局にいたほうがいい。
街では、旗を出したり、
そういえば、ジェノン様の降誕祭というのをやるんだった。
街の人たちが浮かれているときに、胸騒ぎを抱えている自分が場違いなようだ。カスティリナは足を速める。
でも、気づいてみると、足どりが
寝不足だからだろうか。
いや、それだけではなかった。
ふと、立ち止まってみると、気配しか感じられないあの幻の少女がいた。
いつものように、カスティリナのすぐ横に寄り添って立っているらしい。
そして、その少女は、立ち止まって、いま来た道のほうを振り向いているのだ。気配だけでそう感じさせてくれる。
それがカスティリナの足を遅くしているのだ。
この子も、あのラヴィという少女の身の上が気になるのだろうか。
だとしても、いまから法務府分局に戻っても、カスティリナにできることは何もない。
カスティリナは、幻の少女をなだめるように息をついて、傭兵局へと歩き出した。
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