第20話 ラヴィ(5)

 蒼蛇あおへびは、自分たちの姿を見た者は生かしておかないという。もしこの子を置いて逃げるつもりなら、逃げる前に殺していたはずだ。

 たぶん、拷問にかけようとして吊したら、そこに傭兵隊が突入してきたので、そのままにして逃げたか何かだろう。

 では、なぜ、下使いにしていたらしい娘を拷問にかける必要があったのか?

 その首領か、またはほかの盗賊の機嫌を損ねたからだろうか。

 いや、あの内通と関係があるのかも知れない。

 この子があの手紙を書いたかというと、そんなことはないだろう。子どものころにさらわれてきて、字も書けるかどうかわからない。また、字は書けたとしても、「散会」・「再集合」なんてことばは書かないだろう。あの手紙は「目標は再びダンツィクかと思われる」と結んであった。こんな言いかたは学のある人間しかしない。

 だが、あの盗賊団の中に何かの仲間割れがあって、それにこの子が関係しているのだと疑られたとしたら?

 だとしたら、と、カスティリナははっとした。

 カスティリナは立ち上がって窓から外を見てみる。

 ぞっとした。

 外は石造りの壁だ。

 ここの窓までさえぎるものは何もない。それほど身軽でもないカスティリナでも、よじ上ろうと思ったらよじ上れる。

 それに、向かいの家は広場をはさんで離れているけれど、そこからでも投石機を使えばここに火薬を投げこむことができる。広場からでもできるだろう。

 ちょうど、昨日、あの盗賊団の隠れ家の扉を爆破するときに、バンキット局長がやったように。

 盗賊団は、昨日の失敗から立ち直れば、すぐにでもこの子を奪い返そうとするだろう。殺そうとするかも知れない。

 慣れていないカスティリナが思いつきできいただけで、これだけのことをしゃべったのだ。本職の法務士が尋問じんもんすれば、もっといろいろなことを話すに違いない。

 盗賊団は、この子がこんなに取り乱しているとは知らないだろうから、法務士に尋問されていろんなことをしゃべったと、当然、考える。

 ならば、この子を奪い返すか、それとも殺すかする。

 その危険を早くベニー法務官に知らせて、この子をもっと安全な場所に移してもらわなければいけない。

 少女はそのカスティリナを不安そうに見ている。少女を不安がらせないように、と思っても、カスティリナの不安はもう少女に伝わっていることだろうと思う。

 カスティリナは引き上げることにした。いまはこの子を守る態勢を整えるのが優先だ。

 「最後に、さ」

 でも、カスティリナは、少女の向かい側の椅子に、もう一度腰を下ろした。

 安心させるように笑顔で言う。

 「はい?」

 「あんたの名まえ、まだきいてなかったよね?」

 「あ、ああ……」

 少女は、顔を起こして、軽く首を振った。

 「覚えてない」

 ぼんやりと笑って、少女は短く言う。

 昨日、はりからつるされた恐ろしさで、自分の名まえまで忘れてしまったのか。

 それとも、知らせないほうが自分の身が安全だと思っているのか。

 違うようだ。

 「さらわれたとき、まだ小さかったから。でも、あの盗賊団の中では、ラヴィ・ハインって呼ばれてた」

 「じゃあ、ラヴィ、って呼ばれるのは、いや?」

 盗賊のだれかがつけた名まえなのだろうから。

 でも、少女は寂しそうに首を振った。

 「もう慣れた」

 「そうか」

 「あなたの名まえは?」

 ラヴィが自信なさそうにたずねる。そういえば、カスティリナもまだ名のっていない。

 迷ったが、カスティリナはこの少女にはほんとうの名を告げておこうと思った。

 「カスティリナ・フェルディエンド」

 「フェルディ……エンド?」

 ラヴィが顔を上げて、ふしぎそうにカスティリナを見た。

 「うん」

 カスティリナは落ちついて言い返す。

 「どうかした?」

 「いや」

 ラヴィがまた自信なさそうに目を伏せる。

 「いかめしそうな名まえだな、と思って」

 カスティリナはほっと息をつく。そこにラヴィは言った。

 「それに、昔、フェルディエンドっていう有名な傭兵がいたって……」

 その話は避けられたと思ったのに。

 カスティリナは尋ねる。

 「なんで知ってるの?」

 「だって、あの盗賊の人たち、とくに歳上の人たちがときどきそんな話をしてたから」

 「ああ……」

 カスティリナはため息をついた。

 そこまで知っている相手に隠すことでもない。

 「それはさ、ステッセン・フェルディエンドって、わたしのお父さんのことだと思う」

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