第16話 ラヴィ(1)

 朝早いから待たされるかと思ったが、ベニー法務官はもう出勤していた。それでも

「朝早くから熱心なことだね」

とは言われた。皮肉なのかほんとうに感心しているのかはわからない。カスティリナは気にしないことにして、あの突入の前の賊どもの動きを教えてほしい、と、用向きを伝えた。

 「局長に言われたわけでもないだろうに、熱心だな」

 もういちど言われる。

 「その熱心さ、あのバンキットのところの連中にも見習わせたいもんだ」

 ああ、そういうことか。

 よその傭兵局のことはよくわからないので、何も言わない。

 「書類は出しておく。わたしも読み返したいしな」

 そう言ってから、ベニー法務官は両目でカスティリナの顔を見た。

 「それより、先に、上、行ってきたらどうだ?」

 「上、ですか?」

 「昨日のお客さんだよ」

 ああ、そうだった。

 あの少女のことも気がかりで、ここに来たのだった。

 「どんな様子ですか?」

 「当直の書記生の話だと、昨日はたいへんだったらしい。一人しかいない当直が何度も起こされたそうだ。でもひと晩すぎてだいぶ落ちついたようだよ。まあ、行ってみるといい」

 言って、法務官は頬をゆるめる。

 「なんだか、向こうもあんたのことを気にしてたみたいだ」

 法務官が書類を整えるために出て行こうとしたので、カスティリナも昨日通った廊下から奥に入る。

 ベニー法務官は知り合いでも、法務府分局の奥に入ったのは昨日が初めてだった。そのとき覚えていた道筋をたどって、二階のいちばん奥の客間に行く。

 ノッカーを叩いてノックしてみると、しばらくして中からあの少女が戸を開けた。鍵はかけていなかったようだ。

 にきびだらけの顔で、おびえているようだ。でも、カスティリナの顔を見ると、小さく

「あ、昨日の傭兵さん」

と言った。

 目も小さいし、鼻も小さく、唇も小さい。それで背丈はカスティリナと同じくらいで、身体は中途半端に肉がついている。

 「入っていい?」

 「うん」

 広い窓の外は街で、物売りが出、人の行き来も増えて、にぎやかになってきたところだ。その声がこの法務府分局の客間にもきこえている。

 部屋は広いが、ベッドと小さい机と椅子と衣裳掛けと棚があるだけで、がらんとしている。

 暖炉だんろには火をいた跡があった。そういえば木の焼けたいにおいが残っている。

 「昨日ね」

 カスティリナが暖炉に目を留めたのに気がついたのか、少女は言った。

 「夜、体が震えて眠れなかったんだ。汗はものすごくかくのに、寒い。毛布にくるまっても寒いんだ。それで、当直の書記の人のところまで行って、火を入れてもらったんだ」

 初夏だから、暖炉を焚くことはめったにない。

 「それ、お医者さんに診てもらったほうがいいんじゃない?」

 少女は軽く笑う。

 「お金があればね」

 言って、しゃがみ、後ろに回して縛った髪の毛の先のほうを前に回していじり回す。

 この子の髪がどんな髪かなんていままで気にも留めなかった。いま朝の明るい光で見ても、艶はないし、どことなくぼさっとしていて、きれいな髪ではない。

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