第11話 少女(4)

 「あの子、治るでしょうか?」

 カスティリナが言う。シルヴァス局長は

「ああ、どうかな」

と短く言った。

 こういうところで

「きっとだいじょうぶだ」

などと言わない。それがこの局長の信頼できるところだとカスティリナは思う。

 「ところで、な」

 局長は歩調を変えずに歩きながらおもむろに言った。

 「はい」

 一歩くらい遅れて歩きながらカスティリナが答える。

 「あのとき、賊が隣から逃げると気づいたのは、どうしてだ?」

 「ああ」

 カスティリナとしては、あまり深くきかれたくないことだ。

 「何となく、です」

 「それは答えにならないな」

 はぐらかすことは許さない、ということだ。

 「だれかが教えてくれたのか?」

 言って、局長が立ち止まる。

 「あ……」

 カスティリナも足を止めていた。

 局長は振り返り、カスティリナの顔をじっと見る。

 ごまかせない。

 それに、ごまかさないほうがいいと思った。

 「はい」

 局長は、その答えにふうっと息をつくと、また歩き出した。

 でも、この答えは、おかしい。

 「だれか」といっても、カスティリナの横にだれもいなかったことは、局長はよく知っている。

 もちろん局長自身を除いてだ。けれど、局長が教えてくれたのでない以上、だれかがカスティリナに教えることができるはずがない。

 普通に考えれば。

 カスティリナもついて歩き出す。局長は振り返らないできいた。

 「女の子か?」

 カスティリナの胸に氷が刺さったような感じが走る。

 「……はい、そうです」

 「どんな子だ?」

 正直に言うしかない。

 「たぶん内気な子だと思います」

 「姿は?」

 「見たことがないのでわかりません」

 「背丈はわかるか?」

 「肩の高さがわたしと同じくらい」

 「……そうか」

 局長はやはり歩調を変えずに歩く。

 「いま会ってきた子と似てる感じか?」

 「ああ……」

 そんなことはいままで考えたことはなかった。

 しばらく考えてみる。

 たしかに、似てはいると思った。

 だが。

 「違うと思います」

 「どこが違うか、言えるか?」

 「たぶんいまの子よりは小柄でしょう。それに、わたしのほうの子は、あんなに大泣きしそうになっても、泣かない。泣かない、っていうより、泣けない、っていう感じです」

 「そうか……」

 局長は、ぽつっ、と短く言う。

 そろそろカスティリナが質問してもいい頃合いだと思う。

 「局長は、その子を知ってるんですか?」

 「会ったことはない。もちろん名まえも知らない」

 でも、ぜんぜん知らない、というわけではないのだ。

 「では、どうして?」

 「その子に会った、少なくとも、その子を感じた、という話をしていた男を知っている」

 「男、ですか」

 「そうだ」

 少し黙ってから、言う。

 「男だ」

 カスティリナは思いあたることがあった。

 でも口には出さなかった。

 局長にとっても言いにくいことなのだろう。そうでなければ、こんな回りくどい言いかたはしなかったはずだ。

 「おまえのお父さんが昔そんな話をしていた」

と率直に明快に言っただろうと思う。

 局長は息をひとつついて言った。

 「その子をたいせつにしろよ」

 いつの間にか夕日も届かなくなり、地面には影も伸びなくなっていた。

 カスティリナは返事をしなかった。局長は振り返らないまま言う。

 「いろいろなことを教えてくれるはずだ。だが、頼りにしすぎるな。頼りにしすぎると、お互い不幸になる」

 カスティリナはやっぱり返事をしなかった。どう返事していいかわからなかった。

 お互い、と言っても、相手が何者かもわからないのに、相手が不幸になるかどうかなんてカスティリナにはわからない。

 「いいな」

 念押しするように言うと、シルヴァス局長は黙って歩きつづけた。

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