第9話 少女(2)

 あのとき、菓子屋の主人は、店の床の石がいきなり持ち上がってそこから盗賊どもが出てきたのにまず驚いた。

 盗賊どもは隣から菓子屋の地面の下まで抜け道を造っていたのだが、まったく気づかなかったという。

 盗賊が店の品物をひっくり返してめちゃくちゃにし、しかし何も盗らずだれも傷つけずに逃げたあと、店の片づけにかかろうとして、ふと気づいた。

 盗賊どもが出てきた床下の穴から声がする。女の子が激しく泣いているような声だった。

 「助けて、助けて」

と言っているようにきこえた。

 しかしまだ盗賊がひそんでいるかも知れない。そこで菓子屋の主人はシルヴァス局長とカスティリナに声をかけたのだった。

 カスティリナは、この菓子屋の主人も盗賊の仲間で、二人を床下に誘いこんで閉じこめるつもりではないかと疑いを抱いた。しかし、主人に案内されてその穴の入り口まで行ってみると、たしかに、聞こえる。

 くぐもってよくわからないが、たしかに泣きながら

「助けて!」

と叫んでいるようだった。

 罠かも知れない。しかし「助けて」と言われて助けに行かないわけにはいかない。

 局長が先に入り、カスティリナがついて行く。

 カスティリナには、安心してよい理由とは言わないまでも、気休めになることがあった。

 何か起こるならば、あの姿の見えない少女の気配がする。

 いつも感じ取れるわけではない。でも、注意していれば感じることはできた。

 それが、ない。

 それに、局長が行くのに、カスティリナが行かないわけにもいかない。

 身を大きく屈めないと通れない通路をしばらく通って向こうに出ると、そこはまっ暗な部屋だった。

 天井が高い。

 その部屋に、その声は大きく響きわたっていた。

 「助けてっ! だれか助けてよっ!あっ! ああーっ! あーっ! 助けてぇーっ! あっ、あっ、あっ……助けて……早くぅーっ! あーっ!」

 「あ、あれ!」

 気づいたのはカスティリナが先だった。

 闇に目が慣れてみると、その天井の高い部屋の上のほうで何かが激しく揺れているのがわかった。

 それは、はりからつるされた少女の体だった。

 「いま行く! 落ちついて! 暴れないで!」

 手がかりが何もない壁ならばどうしようもなかったけれど、石積みの壁で、しかも湿気のせいか漆喰しっくいがはがれているところがたくさんあった。その石の角を手掛かりにして、カスティリナはたやすく壁を登ることができた。

 その石造りの部屋のまんなかに太い木の梁が通っている。少女はそこから縄でり下げられているらしい。

 「あ? あ、あっ、あっ、あっ、痛ぁーい! あっ、たっ、助けてっ! ちぎれるーっ! ちぎれ、ちぎれっ……あーっ! あ、あーっ!」

 梁は上を人が歩けるくらいの太さがあった。カスティリナは梁の上を小走りに縄の結んである場所まで行く。その太い梁がぐんぐんと揺れる。カスティリナが歩いているからではない。り下げられた少女が暴れるからだ。

 下を見ると、少女は、後ろ手にされたうえに腰のところを手首といっしょに縛られ、吊り下げられているようだ。そのままだと頭が下になって逆さ吊りになってしまう。少女があばれているのは、なんとか頭を上に向けようとしているかららしい。でも、頭はしばらくは上がってもすぐにもとにもどり、逆さ吊りになりそうになる。それでまた身を反らせ続けるので、縄は体にどんどんと食いこんでいく。

 「ちぎれる」と言っているのは、縄が、ではなくて、縄が食いこんだ体がちぎれる、ということだろう。

 「カスティリナ!」

 下から局長の声がした。

 「縄を切れ! 下で受け止める!」

 見ると、下で局長が両手をひろげていた。

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