第7話 法務官(3)

 シルヴァス局長が、気の毒そうにバンキット局長に目をやってから、上目づかいに法務官にきく。

 「蒼蛇あおへびの一味には内偵ないていを入れてあるんで?」

 ベニー法務官は首を振った。

 「いいや。わたしの知る限りは、そんな話はないが」

 「だったら妙ですね」

 シルヴァス局長が言う。

 「何が?」

 「だって、これ、だれが書いたかわかりませんよ」

 ベニー法務官は、笑いを浮かべて、ふっ、と息をついた。

 「それはそうだろう。もしこれがまちがってやつらの手に落ちたとしたら」

 裏切りがばれる。

 盗賊の仲間内で仲間を裏切った者は、ただ殺されるだけではすまない。

 見せしめのためにも、むごたらしい殺されかたで殺される。

 それも多くの仲間が見ている前で。

 「いやしかし」

 シルヴァス局長がさえぎる。

 「自分が何者かを書いておかなければ、踏み込まれたとき、これを書いた本人まで賊の一味として殺されてしまうかも知れない。それだと内通した意味がありません」

 「だとしたら」

 ベニー法務官はしばらく考えてから言った。

 「これを書いた本人は、今日、あの場にいなかったのだろうな。一味か、一味に近い人物だが、あの家での合議には加わらないことがはっきりしていた。それに加えてもらえなかったので、裏切るつもりになったのかも知れん」

 「はあ……」

 シルヴァス局長は納得していないようだった。

 カスティリナも納得しない。

 無名の、にわか作りの盗賊団ならともかく、蒼蛇といえば、裏の世間にはもちろん、表の世間にまで名を知られた盗賊団のはずだ。

 それが、「仕事」に加えてもらえないからと言って裏切り者を出すほど結束がゆるいはずがない。そんなのだったら、大きくなる前につぶされていただろう。

 でも、シルヴァス局長も

「そうですね」

と続けて、この問答を終わりにした。

 ベニー法務官は手紙を封筒に戻す。バンキット局長のほうに顔を向けた。

 「ともかく、いまの話のとおりだとすると、蒼蛇はきみの縄張りで事件を起こすことになる。それも、たぶん近いうちにな。引き続き警戒を頼みたい。頼りにしている」

 「はっ……痛っ!」

 バンキット局長はまた顔をしかめる。ベニー法務官が眉を寄せた。

 「なんだもう、意気地いくじのない。医者を呼んであるから、帰りに見てもらってから行きなさい」

 「いや、その、それは、ありがた……」

 バンキット局長の声が小さくてたどたどしいのは、大きく口を動かすとまた火傷やけどが痛むからだろう。

 そういうことにしておこう。

 バンキット局長のことばをみなまできかず、ベニー法務官は机から焼き物のベルをとり上げて鳴らした。

 「はい」

と白い服の少年が戸口から顔をのぞかせる。書記生だろう。

 「先生はお見えか?」

 「はい。控えの間でお待ちになっています」

 少年の書記生ははきはきと答える。

 「では、そちらの局長さんをお連れしろ」

 「はい」

 「今日の事件の最大の功労者だ。鄭重ていちょうにな」

 「はい」

 少年がバンキット局長に寄り添う。バンキット局長は不器用にベニー法務官に頭を下げると、それでも、少年の前で胸を反らせ、わざと胸のところで上着を整えて見せてから、少年について部屋を出て行った。

 今度は「最大の功労者」ということばで笑い出さないだけの分別ふんべつをカスティリナは働かせた。

 シルヴァス局長を見上げると、シルヴァス局長も笑い出しそうな顔でカスティリナを見返している。

 「それでは、われわれも」

 シルヴァス局長がベニー法務官に頭を下げようとすると、法務官は口を結んだまま軽く首を振った。

 しばらく待ったのは、先に出て行ったバンキット局長に聞こえないようにするためだろうか。

 ベニー法務官は、指で背中の後ろを指すと、重々しい声で小さく言った。

 「会って行ってくれ」

 それからカスティリナのほうを見て、つけ加える。

 「あんたもいっしょにだ」

 法務官に調子を合わせたのか、シルヴァス局長も重い声で短く答えた。

 「はい」

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