第6話 法務官(2)

 「だとしたら」

 シルヴァス局長はほがらかに言った。

 「わたしのところはしばらく安泰と考えていいわけですね」

 向こう側でバンキット局長がどんな顔をしているか想像して、カスティリナは思わず笑い出し、シルヴァス局長に横目で見られて口をつぐんだ。

 向こうでもベニー法務官が苦笑いをしている。

 バンキット傭兵局は局が港に近い。港の安全を守っているのは自分たちだとバンキット局長はいつも自慢していた。

 もし蒼蛇のヴァーリーの一党が場所を変えずに暴れ回るとしたら、バンキット傭兵局の近くでまた事件を起こすことになる。港から離れているシルヴァス傭兵局の傭兵たちは高みの見物を決め込むことができる。

 でもバンキット傭兵局は今度の失敗で二十人以上の戦力を失った。傷の軽い者もいるだろうが、られるか、火傷を負うかはしている。とても数日で仕事に戻るわけにはいかないだろう。

 蒼蛇あおへびのほうは隠れ家を失っただけで無傷だ。

 蒼蛇が動きを見せれば、いまのバンキット傭兵局だけでは対応しきれない。

 そうなるとシルヴァス傭兵局に応援を頼むしかない。ふだんつきあいのないほかの傭兵局に頼むのはバンキット局長としてはもっといやだろう。

 今度の件でも、バンキット局長がシルヴァス傭兵局に応援を求めたのは、ベニー法務官に言われていやいやそうしただけだった。だからバンキット局長は「ほんとうは自分たちでできるのだが、法務府の手前、おまえたちも加えてやっている」という態度を隠さなかった。

 だが、次は腰を低くしてお願いするしかない。

 それは誇り高いバンキット局長にとってどんなに屈辱的なことだろうか?

 「ところで」

 シルヴァス局長がしばらく間を置いてから続けた。

 「あの隠れ家の件、内通があってわかったそうですが」

 「ああ」

 ベニー法務官は、二人の局長とカスティリナを順番に見た。

 しばらくためらってから、言う。

 「朝、局の扉の下に押しこんであった。見るか?」

 法務官は立ち上がると、後ろの棚の引き出しの一つから封筒を引っぱり出した。

 机の上に置き、手招きする。シルヴァス局長に少し遅れてバンキット局長が続いた。バンキット局長の横顔がいまにも泣き出しそうなのがおかしい。

 傭兵が首を突っこむことでもないと思って、カスティリナは動かずにいたが、シルヴァス局長が振り向いて合図したので、遠慮がちに横に並んだ。

 カスティリナが見て人並み以上の何かがわかるわけでもない。

 封筒はたぶん紙を折って糊づけして作ったものだろう。中に入っていた紙と同じ、中ぐらいの厚さの紙だ。混じりものの少ない白い紙だが、売り元がどこかわかるほどきれいな紙でもない。透かしも見あたらない。

 中に入っていた紙には、下手だけれども律儀りちぎそうな文字で

「明後日午後二点鐘てんしょう、日の出がい、本通りと栄誉えいよ通りの宮殿側の角、石造の家でヴァーリー一党集会、これまでの例によれば、集合後散会、夜半前に再集合、仕事にかかる手筈てはず。目標は再びダンツィクかと思われる」

と書いてあった。

 盗賊のことだから、仕事にかかる、とは、もちろん盗みのことだろう。

 ベニー法務官が言う。

 「罠かも知れないと思ったんで、これを受け取りしだい、いくつかの伝手つてであの家の見張りをやった。きみのところにも手伝ってもらったな」

 「はい」

 シルヴァス局長が答える。

 「ジェシーとタンメリーに回ってもらいました」

 それは知らなかった。

 ジェシーとタンメリーというのは、カスティリナと同じシルヴァス傭兵局で、同じくらいの年ごろの女の傭兵だ。だいたい局にいて、二人でおしゃべりしていることが多いのだが、たしかにここ二日ほど見なかった。

 バンキット局長がうらめしそうにシルヴァス局長をにらむ。自分の知らないところでシルヴァス傭兵局がかかわっていたのが気にくわないのだろう。

 シルヴァス局長は気づかぬふりをしている。

 「見張りの報告を総合すると、けっこうな人数が出入りしているらしい。あの家の家族だとしたら、たとえ何世帯かで家を分けて住んでいるにしても人数が多い。かといって、何か行事でもやる様子でもない。そんな動きもない。近所でもあの家の住人についてはほとんど知られていない。ずっと窓も扉も戸を閉めたままらしい。この蒸し暑い季節に、だ。だったら、これは信頼できると思って、きみに頼んだんだがな」

 ベニー法務官がバンキット局長を見る。バンキット局長は顔をほころばせたが、たちまち

「痛っ……」

と顔をしかめた。

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