第5話 法務官(1)

 カスティリナは、日の出がいの法務府分局で、シルヴァス局長とバンキット局長と並んで、ベニー法務官のお小言をきいていた。

 ベニー法務官はたまごのような形の顔の男の人だ。頭の上のほうに髪の毛がないのを隠そうとしないので、よけいにその頭が巨大なたまごのように見える。

 どことなく愛嬌あいきょうのある男の人だったが、いまは苦い薬を無理やり飲まされたときのような顔をしていた。

 「蒼蛇あおへびを一度で取り押さえられるとは思っていなかったが、それにしても派手にやってくれたものだな」

 法務官は、皮肉のつもりか、軽い明るい声で言う。

 カスティリナがつきあう義理はないのだが、いっしょに小言をきく立場のバンキット傭兵局の傭兵たちは、全員がられるか火傷やけどを負うかしていて、とてもこの場に出られる状態ではない。

 その場にいた傭兵が一人も立ち会わないのでは格好がつかないので、シルヴァス傭兵局のカスティリナがつきあってきいている。

 そのぶん、気が楽と言えばそうなのだが。

 「傭兵隊が全滅で、相手には傷一つ負わせていないとは、これまたみごとなものだ」

 気弱そうな男と黒服の夜盗やとうの二人を囲んでいるところへ上から火薬を投げ入れられたのだ。だからせめてその二人の賊は巻き添えになって倒れたかと思って捜してみたが、火が消し止められたあとのあの隠れ家にはその姿はなかった。

 火薬がかれてから火がつくまでの一瞬に、慌てているバンキット傭兵局の傭兵たちのすきを突いて逃げたらしい。

 つまり、ベニー法務官の言うとおり、賊にはかすり傷一つ負わせていないのだ。

 バンキット局長の姿も痛々しかった。最初はすすけているだけで傷はないのかと思ったが、煤をいてみると、顔のところどころを火傷していて、赤くれていた。

 もっとも、傷一つ負っていないでこの場にいれば、よけいに居心地が悪かっただろうけど。

 ふだんは大声で自慢話を繰り返すバンキット局長も、いまは顔を上げているのがせいいっぱいのようで、何も言わない。

 「法務官」

 シルヴァス局長が落ち着き払って言った。

 機嫌の直らない法務官がシルヴァス局長をにらむ。シルヴァス局長はひるまず続けた。

 「それでも、蒼蛇あおへびにとってこの日の出街の一帯は安全な場所でないことはわかったはずです。あの隠れ家にももう戻れない。連中はこの街はあきらめてくれる、と考えるのは、虫がよすぎますかね?」

 「ああ、よすぎるな」

 ベニー法務官がいまいましそうに言い、椅子の上で背を反らして天井を見上げた。

 「わたしたちには盗賊どもの世間のことはよくはわからんが、蒼蛇のヴァーリーと言えば仲間内では名の通った賊だろう?」

 「ええ、たぶん」

 「しかも、この前は、ダンツィクの店に押し入って、何も取らずに逃げた。それに続けて、今度は本拠に踏みこまれた」

 ダンツィク商会というのはこのインクリークの街でも五本の指に入る大きな店だ。大河ネリア川の港の近くにある。このミュセスキア公の首都の港に荷揚げされた荷物を手広く引き受け、売りさばいている。

 この街の貴族のお屋敷一つを上回るくらいの敷地を持っている。その敷地のなかにはいくつもの建物が並んでいる。ダンツィク商会に属する建物だけで一つの街ができているという風情ふぜいだ。

 数日前に蒼蛇の一党はこのダンツィク商会に押し入った。しかし、敷地が広すぎて勝手がわからなかったらしく、捕り手が来る前にいさぎよく引き上げてしまった。

 「ええ、そうですね」

 「ここでどこかに逃げたりすれば、蒼蛇は敗北を認めたことになる。盗賊の世間は、それはそれで厳しい世間だ。ここで敗北を認めたら、蒼蛇を見限る連中も出てくるだろう。だから」

 ベニー法務官は大きく息をついた。口を結んで、シルヴァス局長に目をやる。

 「やつがどこかへ逃げるとしても、こっちを見返すだけのことはやってからだ」

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