第4話 突入(4)

 すぐ後ろにシルヴァス局長が追ってきていた。まゆをひそめて射すくめるようにカスティリナを見下ろしている。

 カスティリナは剣に手をかけたまま懸命に言う。

 「だって、賊が!」

 「わかっている」

 局長は落ちついた声で返事した。

 「だが、おまえ一人で立ち向かって、何ができる?」

 「ここで足止めできさえすれば……」

 「味方の傭兵があのざまだ」

 シルヴァス局長が後ろをちらっと振り向いて言う。

 「立ち向かったりしたら、おまえ一人がなぶりものにされて、それで終わりだ。おまえのほうも一人や二人の賊は倒せるかも知れないが、やっぱり賊は逃げおおせる」

 「でも……」

 「なんだ?」

 こういうときにシルヴァス局長は決めつけないできき返してくる。

 何も言えない。

 あんな賊、十人ぐらいなら一人でり伏せて見せます、と言えれば格好もつく。けれどもそんなはずもない。

 あのなかの一人と一対一で斬り合うのならば勝てる。相手が二人でもカスティリナならなんとか勝てるだろう。いや、三人までなら。

 でも、相手は、十人どころではなかった。

 いまかたまりになって逃げた連中は、二十人でもきかないくらいの人数がいた。しかも、さっきの痩せた男と槍使いの夜盗やとうの腕前を見ると、残りの者たちも相当に腕が立ちそうだ。

 いまのカスティリナが一人で立ち向かって何かできる相手ではない。なぶり殺しにされないまでも、大けがをさせられて終わりだっただろう。

 もしシルヴァス局長が助力してくれたとしても、結果は同じだ。

 「いえ。そのとおりです」

 カスティリナは目を伏せた。

 自分が着ている赤い絹の乗馬服が、さっき道に身を投げ出したときについた白っぽい土ぼこりがついているだけで、破れもせず、すすけてもおらず、真昼の空の光をきれいに照り返しているのが、どうにも格好がつかない。

 用水の水の音がうるさく感じる。

 「あのう……旦那さん?」

 菓子屋から出てきたらしい男が、カスティリナに、ではなく、カスティリナをあいだにはさんでその後ろに立つシルヴァス局長に、おずおずと声をかけてきた。

 見ると、菓子屋のほうでは、男が女を、歳上の女が子どもたちをかばって身を屈めていたのが、ようやく立ち上がりだしたところだ。

 「はい」

 シルヴァス局長が答える。落ちついた美声だ。

 カスティリナはこの局長が取り乱しているところをまだ見たことがない。

 「あの……」

 寄って来た初老の男は、気後れしながら言った。

 「女の子が……」

 「女の子?」

 カスティリナの隣に現れて気配を感じさせた少女のことだろうか?

 いや。

 それを感じられるのはカスティリナ一人だけのはずだ。

 「いや、女の子か大人の女か知らないけど、声が……」

 男はまだもじもじしている。

 「よかったら、そのぉ、……いや、とにかく、見に来て、いただきたいんです……けどぉ……」

 シルヴァス局長はふとカスティリナに目をやった。

 カスティリナは小さくうなずく。

 シルヴァス局長とカスティリナは男について菓子屋の店に向かった。

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