第3話 突入(3)

 少女の気配は感じる。

 姿は見えない。何をしているかもはっきりとはわからない。

 いつものことだ。

 その少女はカスティリナに寄り添って何かを見上げているらしい。

 その目線を追って、カスティリナも顔を上げる。

 目が合った。

 吹き抜けの廊下の上、二階にいる賊と。

 手に何か持っている!

 「上っ!」

 カスティリナの悲鳴とともにシルヴァス局長はカスティリナの肩の後ろを乱暴につかんだ。二人して戸口から表の道に身を投げる。

 一瞬の間もおかず、戸口からは赤い炎と黒い煙が吹き出した。

 熱い風がカスティリナと局長の上を荒れ狂って吹きすぎる。

 身を伏せたまま炎の勢いの及ばないところまで逃げて、局長とカスティリナは立ち上がった。

 振り向く。

 押し入った家の戸口からは黒い煙が勢いよく立ち上がっていた。最初にこの家の扉を火薬つぼをぶつけて破ったときとは較べものにならない。煙はさかんに吹き出し、止む気配もない。

 その煙のなかのところどころに小さな炎がおどっている。その炎というのが……。

 「うわああっ」

 「あつ……あつ……あつっ……」

 「たす……た……たすっ……あーっ、たすけてくれえーっ!」

 「熱い! 焼ける! 焼けるっ! ああーっ! たすけてーっ!」

 逃げまどうバンキット傭兵局の傭兵たちだった。

 戸口から逃げ出してくる。服に火がついていた。その服を手当たりしだいにはたく。慌てて服を脱ごうとしてばたばたと飛び回る。道に倒れて転げ回る。

 シルヴァス局長とカスティリナが助けを求めるまでもなく、遠巻きに見ていた街道番の連中が用水から水をんで駆けつけ、逃げてきた傭兵どもに水を掛けて回った。

 シルヴァス局長は大きくため息をついた。

 「火薬でやったつもりで、こっちが火薬でやられるとは……」

 二階から火薬をき散らされ、火をつけられたのだ。

 外に出てきた傭兵たちの全員が水を掛けられたころ、バンキット局長が戸口から出てきた。

 顔はすすだらけだが無事ではあるようだ。

 だが声も立てられない。口を半開きに開けたまま、ぼんやりと立っている。

 とても傭兵たちの指揮をとれる状態ではない。

 大失態だ。

 カスティリナは、ふと、乗馬服のすそを引っぱられたように感じた。

 引っぱったのはあの気配しか感じない少女だろう。

 「あっ!」

 カスティリナは弾かれたように駆け出す。

 「おい! どこへ行く!」

 シルヴァス局長の声がする。

 答えているひまはない。

 暗い廊下を身を屈めて駆けぬけている賊どもの姿が頭の後ろのほうに浮かぶ。続いて自分も賊といっしょに逃げているような感じが来た。

 逃げて行くと、前にいきなり明るい光が射す。

 はっとわれに返る。

 隣の菓子屋から大きな悲鳴が上がった。女や子どもの声も混じっている。

 菓子屋は賊の根城の隣で、別の建物だ。しかし……。

 がらがらがらと大きな音がして、菓子屋から一団の者たちが駆け出してきた。

 まちがいない。

 盗賊の一味だ。

 間合いはあるが、全力で走れば追いつくことはできそうだ。やっつけられなくても足止めはできる。

 カスティリナは足を速めようとした。

 「やめろ!」

 有無を言わせない強い声がした。カスティリナの足がひとりでに止まる。

 振り向いた。

 「局長!」

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