第2話 突入(2)

 男の背中のほうにいた傭兵があわててりかかる。もう一人も続く。その二人ともが、つまずくようにして倒れてしまった。

 「あわわわ……うおおお……」

 「痛い……痛い……痛い……ああっ」

と声を立てて、膝の下から血を流して転げ回る。

 痩せた男が倒しているのではない。

 ここから見えないところに何者かが隠れていて、それが何かの刃で鋭く斬りつけてはまた身を隠しているのだ。

 カスティリナにも、よく研いだ鉄の白いひらめきが、ちらっと見えただけだ。

 相当の手練てだれだ。

 「お、おい……」

 後ろにいた傭兵たちがざわめく。

 足が止まる。逃げ出したいのだろう。

 しかし後ろには局長がいる。局長の見ている前で逃げるわけにはいかない。

 傭兵たちが襲いかかった相手の男は、いまも、中腰ちゅうごしで、おびえた顔でこちらの様子をうかがっている。

 「おおおおーっ!」

と大声を上げて大柄の傭兵が突進した。残りの傭兵もそれに続く。途中で一部分が分かれて横に回り込み、再び弱そうな男を両側からはさむ。

 痩せた男とは別に、黒い服に全身を包んだ賊が出て来た。聖獣を描いた大きな板の後ろにいたらしい。

 それが音もなく立ち回る。

 体だけでなく、顔も髪も、目だけを出して黒布で覆っている。夜盗やとう風の装束だ。

 背丈より少し短いぐらいの槍を持ち、振り回している。

 さっきから傭兵たちを突いて倒していたのはこの武器に違いない。

 着ているものはゆったりした服で、動きやすそうだ。大柄で、俊敏に動いているようにはとても見えない。しかし、その槍さばきはすばやく、鮮やかだ。いまはもうこの賊の動きを目で追えるが、最初からこの身のこなしでかかってこられたら、カスティリナでも動きについて行けたかどうか。

 傭兵どもは次々にこの夜盗風の賊の餌食になる。後ろにいた傭兵たちも、身構える前に槍で突かれたりかすられたりして倒れていく。ただ命にかかわるような大傷は与えていないらしい。

 痩せた男のほうも、自分を追ってきた傭兵が倒されたのを見ると、逃げるのをやめて剣を抜いた。

 槍使いよりはくみしやすいと思ったのか、二人の傭兵がこの気弱そうな男に斬りかかる。男はすばやい剣使いで二人の傭兵の胴をいだ。二人は腹を押さえてその場にうずくまる。その二人を助けようとして踏みこんだ傭兵もあっと声をあげてうずくまる。血が流れて床に広がって行く。

 相当に腕が立つ。

 気弱そうだったのは、そう装っていただけなのだ。

 「ええい、囲め! 相手はたった二人だ! 囲んでやっつけてしまえ!」

 この場の指揮をとるバンキット局長が目を大きく見開いてわめく。

 相手は逃げない。

 痩せた若い男と黒装束の夜盗の二人を、十人以上の傭兵が取り囲んだ。

 相手二人は背を合わせて剣と槍とを油断なく構えている。

 傭兵たちは、ここまで何もしていない連中まで、肩で荒い息をしている。

 気が立っているからか、怖いのか。

 荒い息をして、自分はよく働いていると自分らの局長に見せたいのか。

 十人以上で、賊二人を囲んでいる。

 でもだれも斬りつけない。

 「相手がたった二人ってだれが決めたんだよ」

 シルヴァス局長がしらけた声でつぶやく。その声は隣に立つカスティリナ一人にしか届かなかっただろうけど。

 ここには二十人ほどがいるはずなのだ。

 賊の主力はこの二人に注意を引きつけて逃げるつもりだ。だから、こちらも、この二人は仕留しとめることは考えず、足止めするぐらいにあしらっておいて、主力は建物の奥に突進するべきだ。

 裏口はカスティリナと同じシルヴァス傭兵局の傭兵が固めている。率いるのは局でいちばん腕の立つサパレスという男の傭兵だ。

 でもサパレスの隊は人数が少ない。賊が集団で押し出してきたらとても防ぎ止められない。二‐三人でも倒せたらいいほうだろう。

 だから、できれば建物から逃げ出す前に大人数を倒しておいてほしい。

 シルヴァス局長もそう思っている。だが、いまはバンキット傭兵局に対する応援の立場なので、口ははさまない。

 カスティリナはふと自分の左側に少女の気配を感じた。

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