蒼蛇のヴァーリー

清瀬 六朗

第1話 突入(1)

 どーんという大きい音を立てて扉が吹き飛んだ。

 まだもうもうと煙が立っているなかへ、二十人を超える傭兵たちがいっせいに突入する。

 場所は通りの角に面した二階建ての石造りの家、狙うは盗賊一味だ。

 盗賊の頭目とうもくの名は蒼蛇あおへびのヴァーリーという。

 ヴァーリーは二十人ほどの仲間とともにいまこの家にいる。

 街のまんなか、大きい通りが交わる角の家が隠れ家とは、たいした盗賊だ。

 たしかに、こんなにいい場所にある建物なのに、商売をしているわけでもないし、旅籠はたごでもない。工房でもない。看板は一つも出ていないし、窓はどれも鉄の扉で閉ざされている。煙突から煙も立っていない。少なくともこの家の住人が多くのひとを迎える商売をやっているのでないのはわかるのだが。

 カスティリナは、火薬の煙がもうおおかた散った頃合いに盗賊の隠れ家に踏み込んだ。傭兵局のシルヴァス局長もいっしょだ。

 いや。

 カスティリナは局長を護衛して建物に入った、と言ったほうがいい。

 シルヴァス傭兵局ではいちばん歳下、ここにいる傭兵のなかでただ一人の女だ。

 それに、この仕事はバンキット傭兵局が請け負った仕事で、シルヴァス傭兵局は応援という立場だ。カスティリナはそのシルヴァス傭兵局の傭兵なのだから、目立たないほうがいい。

 入ったところは二階まで吹き抜けの大きな部屋だった。ここがこの家の玄関らしい。

 正面は壁で、左右に廊下が延びている。

 一階の廊下の上は二階の廊下だ。そこからも手すり越しにこの玄関が見下ろせるようになっていた。

 廊下の正面には黒りの大きい木の板がめ込んである。

 そこに、人の体より大きく、伝説の聖獣せいじゅうの絵が描いてある。

 その聖獣は、馬なのだが、長い牙があり、金色のたてがみとしっぽが異様に長く、足がうろこに覆われ、足の爪には水かきがある。

 武勇の神様の使いだという。

 敵が空に逃げても、水のなかに逃げても、この馬はけっして敵を逃がすことがない。

 「あ……」

 その廊下、その聖獣の絵の前に、ひょろっと痩せた若い男が立っていた。

 ぽかんと口を半開きにしてこちらを見ている。

 盗賊というにはあまりに場違いな風体ふうていだ。

 まちがって盗賊の根城ねじろでもなんでもない家に押し入ったのだろうか。

 バンキット傭兵局の大柄の男の傭兵どももそう思ったのだろう。みんな剣を抜いたまま動きを止めていた。

 でも、最初の一人が、

「うおぉーっ!」

雄叫おたけびを上げて突進すると、ほかの傭兵たちもわれ先にその男へと襲いかかった。

 ひ弱そうな男一人に五‐六人がかりだ。

 しかも、

蒼蛇あおへびの者だな?」

と確かめることもせず、

「神妙にしろ!」

と警告することもせず、いきなり剣をかざして突進する。

 いいのだろうか?

 「わ、わぁ……わぁあ……わぁ……」

 男は悲鳴にもならない中途半端な声を上げて逃げた。

 最初に突進した傭兵が大股に踏みこんで剣を大振りする。男が廊下と玄関を隔てる壁の裏側に逃げるのを追って、男の斜め後ろから背中にりかかる。

 「うおっ!」

 うめき声とともに倒れたのは斬りかかった傭兵のほうだった。

 「何?」

 いっしょにいた傭兵どもがとまどう。足を止めてあたりを見回す。

 そのすきに男が逃げた。

 「おい待て!」

 玄関の横から入れば、壁の向こうに先回りできる。そうやって先回りして、傭兵の一人が男の行く手をさえぎった。男が玄関の正面に後ずさりしてくる。その背中側にもう一人の傭兵が回る。

 男は二人の傭兵のあいだにはさまれた。

 さらに二人の傭兵が加わる。四人で男を取り囲む。

 手柄てがらをあせったのか、最初に男の前に立った傭兵が中途半端な構えのまま剣を突き出した。

 「あーっ!」

 しかし大声を上げて倒れたのはやはり傭兵のほうだった。横にいた傭兵が助けに入る。しかしその兵も呻き声を立ててしゃがみ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る