国賊の娘の付き人

🔳２６ー２話

　時は少しだけ遡り、騎士道学園の地下。

「今ので気圧されるようならやっぱり止めたほうがいい。この先はもっと危険だから」

　セラフィムは踵を返して魔方陣へと向き直った。

「ちょっと待てやごるああああああああああああああああああああああああああっ！」

　その背後から声が――というよりも怒声がぶつけられる。

　ルゥだ。

「……何？　急いでるんだけど」

「なぁに勝手に決めてんだ。お前の意見なんて知ったこっちゃねーんだよ！　それなら俺らは俺らで行くっての！」

「そ、そうよっ。あたしだってミラのこと心配だし――……」

リナリアが消え入りそうな声でそう言って顔を伏せてしまう。

「そんなこと言われてもなぁ……」

　ちらり。

　困ったセラフィムが横目で助けを求めると、ファルケが頷いてみせた。どうやら説得してくれる――。

「一緒に行けばいいんじゃない？」

　というわけではなかったようだ。

「「ホント（いいのか）！？」」

「……あのね、ファルケ。今は冗談とか言わない方がいいと思う」

「いやいやおふざけなしに！　もし奇をてらうなら結構良い人選だと思うのよねぇ。ふたりとも火力だけなら中堅騎士とも引けを取らないわけだし」

　褒められているかどうか微妙なところだが、ふたりとも「わかってるじゃねーか」「アンタ、チビだけど見込みあるわね」と満更でもない様子だった。

「ヤバかったら隠れて引き返せばいいのよ。隠密行動なら得意な人がいるわけだし――……ね、エールちゃん先生！」

「ひ、ひいぃっ」

　忍び足でこの場を後にしようとしていた背中がびくりと跳ねる。そして、恐るおそるといった感じで振り返った。

「……やっぱり行かなきゃ駄目ぇ？」

「だーめ☆」

　ファルケがウィンクしてみせる。

「そんなわけだからよろしくね、セラフィムくん」

※※※

　そして時は戻る。

　セラフィムの全身全霊の一撃。おそらく本気になったアルベルトなら躱すことは可能だとセラフィム自身も読んでいた。

　しかしそれでよかった。

　いや、だからこそ効果があるのだ。

　このブラフは。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

　セラフィムは跳躍して間合いを詰めると、超神速の刺突を繰り出す。

「ぬうぅっ」

　険しい表情で身体をのけ反らせるアルベルト。切っ先が相手に触れる寸でのところで止め、身を翻してがら空きになった腹を蹴り上げる。全ての力を刺突に込めていたためこの蹴り自体には大した威力はない。二メートルほど軽く浮く程度ものだった。

「ルゥ！　リナリア！　お願い！」

　セラフィムが叫ぶ。

　これは賭けだった。

　――『早く走って！　転移魔方陣まで！　時間は稼ぐから！』

　先ほど彼がミラに向かってそう叫んだのは、実は隠れているであろう彼らにも向けたものでもあった。

　もしルゥたちが危険を感じて離脱していればこの作戦は成り立たない。

　もちろん打ち合わせなんてしていなかった。

　しかし。

「っしゃあ待ってたぜ！」

「こ、これでわたしの役目は終わりでいいですよねぇ！？」

　エールが【小・隠密（クライン・ニュクス）】隠密魔法を解除し、ルゥとリナリアが突如姿を現した。

「な――」

　いきなり現れた三人にアルベルトも大きく目を見開いている。エールの【小・隠密】は超一級品だ、彼が気付かないのも無理はない。

「全力だ！　合わせろクソガキ！」

「ワンころ！　そんなあったり前のこと言ってんじゃないわよ！」

【大（グロス）・肉体強化（グロス・ヘラクル）】を纏ったルゥが当身を繰り出す。それによって落下するアルベルトを打ち返すかたちでリナリアが【狂（ヴァーン）・爆発（ハデス・ズィン）】を発動した。

「ぬうううううううううううううううううううううう……っ」

　両手を交差して爆発を防ぎ、アルベルトは少し離れたところに受け身を取って着地する。

　セラフィムたちの最初で最後の奇襲はアルベルトにダメージを負わせることはできなかった。

　でも時間は作れた――……。

　セラフィムは足の踏ん張りがきかず、堪らず片膝をついてしまう。

「フィム。そのままで」

　目の前に立ったミラが彼の肩に木剣を当てる。

「これは……」

「さっき、お兄様の魔法を見てから私変なんです。なんだか力が溢れて……」

「……使えるの？」

「おそらく」

　ミラが目を瞑って大きく深呼吸をする。

「あれは――っ。お前ら何をっ！」

　こちらの様子に気付いたアルベルトがルゥたちには見向きもしないで襲い掛かってくる。

「やっちまえや、コラぁ！」

「あとは任せたからね！　負けたりしたら承知しないんだから！」

　ルゥとリナリアの檄が飛ぶ。

　そんな中、ミラがかっと目を見開き、それを発動した。

「汝、ルマディナルを護る剣と成れ！　【叙任の儀（ラストオーダー）】！」

　瞬間、セラフィムの脳裏に彼女との思い出が脳裏に鮮やかに蘇った。

　アルベルトがふたりに剣を振り下ろす。

「させるかぁああああああああああああああああああああああああああああああっ」

　――どっ。

　近くの地面に鈍い音が聞こえる。

　落ちたのだ、アルベルトの剣を握っていた腕が。

「は、はぁあ！？」

　素っ頓狂な悲鳴をあげている。

　彼の腕を切り落としたのはセラフィムだ。先ほどまでは立つことすらままならなかったというのが嘘のようだった。

　今は自分の中から無限に力が溢れてくるのを感じる。

　これがルマディナル王家の秘術……っ。

「フィ……ム……」

　糸が切れた人形のようにミラがセラフィムへと倒れ込んだ。おそらく力を使い果たしたのだろう、気を失っている。

「ミラ。すぐに終わらせるから待ってて」

　彼女をそっとその場に寝かせてからゆっくりと振り返る。

「ぐ……っ」

　アルベルトが落ちている自身の腕から剣を奪い取るようにして大きく距離を開ける。その近くにはランスロットの姿があった。

「おいっ。【叙任の儀】の重ね掛けだ」

「え――？　でもそんなのしたこと――」

「早くしろ！　殺すぞ！」

　ランスロットが言われるままに例の魔法をかけ直す。するとアルベルトのマギアが膨れ上がった。

「まだだ、足りない」

「な、何を――やめ……っ」

　アルベルトが彼の首を掴んで持ち上げるとそのままマギアを吸収し続ける。ランスロットは見る見るうちに生気がなくなり、やがてミイラのように枯れ果ててしまった。

　逆にアルベルトは鎧がはじけ飛ぶほどに全身の筋肉は膨張し、目が血走っている。そして先ほどセラフィムがマギアを集中したときのような紫電を全身に纏っていた。その姿は人間と呼んでいいのかわからない。

「その人、殺しちゃってよかったの？」

「構わんよ。そこに替わりはいるからな」

　セラフィムの後ろで眠っているミラへと視線を向けて口角を吊り上げている。

「今まで見た王家の秘術の中でそいつのが一番性能がいいぞ。さすがあの“大魔女”の娘といったところだな」

「それだけだと思ってるの？」

　セラフィムは【叙任の儀】を受けたことによって、この力がどこからくるものなのかを理解していた。

　それは“絆”だ。

　互いに想いやる気持ちが力となっているのだ。

「ふん、絆か……では俺もその娘と築いていくとするかな。ただし支配（・・）という絆だがな」

「何言ってるの？　あんたはもうここで終わりだよ」

「いいからその娘をよこせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ！」

　けたたましい怒声をあげながら襲いかかってくる。

　ものすごい威圧感を放っているが、セラフィムは至って平常心だった。

　無限の力を生み出せる、ミラの【叙任の儀】。

　自身のマギアを百パーセント使いこなせる、セラフィムの【全開放】。

　このふたつが組み合わさればどんな相手でも負けることがない。

　それは自明の理だった。

　セラフィムはそんなアルベルトと正面から対峙し、難なくその背後へと回った。

「は――？」

　自分が斬られたことを解っていないアルベルトの上半身が肩から腰にかけてずるりと滑り落ちる。

「……す、すばら、しい力だ……俺に、よこ……せ……」

そして、ぴくりとも動かなくなった。

「ふぅ……」

　その姿を見てセラフィムは大きく息をついた。

　……終わったよ、ミラ。

　力を抜いた瞬間、【叙任の儀】も解ける。

「あれ――？」

　セラフィムの視界が反転、身動きが取れなくなる。

　遠くからルゥやリナリアの声が聞こえる中、セラフィムは意識を手放すのであった。