🔳26ー1話
転移魔方陣を抜けたセラフィムはそこが変わり果てたルマディナル城の中庭だということに気付く。
これがあの中庭……。
思い出の場所ではあったが、すぐに思考を切り替える。
そしてミラの気配を探った。
丘の上のガゼボか……っ。
セラフィムは大きく飛び上がって目当てのガゼボを見つける。そこでは呆然と立ち尽くすミラに剣を振り下ろそうとしている男の姿が見えた。
セラフィムはまた【
「助けに来たよ、ミラ」
攻撃を防がれた男が驚いたように後ろへと飛び退き距離を取る。
セラフィムは警戒を怠らないまま振り返る。ミラは傷だらけで
突然、セラフィムが現れたことに男が驚いたように後ろへと飛び退いて距離を取る。
警戒を怠らないまま肩越しに振り返る。彼女は傷だらけで立っているのもやっとというような状態だった。
俺が目を離したから――っ。
軽率だったことに歯噛みする。
「フィムのせいじゃないですよ。無理してしまってごめんなさい……」
それを察したのか、ミラが苦笑しながら謝った。
「それよりアルベルト様が――この男が先の戦争での王族亡命の元凶だったんですっ」
「アルベルト……?」
ミラに言われて、目の前の男が六年前に中庭でランスロットと一緒に歩いていたところを見かけた皇国騎士団師団長だったとセラフィムは気付いた。
「ほう。“隠し
「……? 俺のこと知ってるの?」
「ええ。研究所の頃から、ね。あの研究所の閉鎖は残念でした。実に有益な研究をしていたというのに。オリヴィア様は本当に余計なことをしてくれましたね」
「あの研究所をオリヴィアが解体したと知ってるのは関係者だけだよ。どうしてあんたがそれを知ってるの?」
「さあ。どうしてでしょうね」
アルベルトが構える。注意して見てみると、その手に握った剣には『Ⅰ』と刻まれていた。
「その数字……あんたも十三傑のトップなんだね」
「まあこの称号があると何かと便利なのでね。ちゃちゃっと上り詰めちゃいました」
――『今の十三傑はあの人のおかげで弱肉強食だ。いい時代になったもんだ』
対峙したときにレオが言っていた言葉を思い出し、セラフィムははっとする。
「なるほどね。レオって奴が言ってた
「おや? レオをご存じで? ああ、もしかして彼を倒したのもあなたでしたか。囮としては役に立ちましたよ。彼は序列上位には従順だったから扱いやすかったんですけどね、少しだけ残念です」
王国暗部の研究室の件、旧王族の裏切り、ヴィオ連邦序列六位との戦い、模擬戦の襲撃、そして今の状況……そのすべてにこのアルベルトという男は関わっていた。
「貴方は……貴方の目的は何なんですかっ」
ミラが語気を強めて問う。ここまで怒りをあらわにする彼女を見るのはセラフィムは初めてだった。
「え? ミラ様なんでそんな怒ってるんです? と言うか、なんで私が律儀に言わなきゃいけないんですかね」
「いいから答えてくださいっ」
「こ、怖~~~~。別に何か目的があるわけじゃないですってば。ただ、自分に得があるように動いてるだけです。あ、なんだかんだ答えちゃった。私ってばこういう押しに弱いところがあるんですよね」
「……そこまで周りの人たちを不幸してなんとも思わないんですか?」
「んー……特には」
悪びれもせずにそう言ってのけるアルベルト。
「貴方という人は――くぅっ」
ミラが掴みかかろうとしてよろけてしまったところをセラフィムは抱きかかえるように受け止めた。
「……私、悔しいです……っ。ルマディナルをめちゃくちゃにした男が目の前にいるのに……こんなに腹が立っているのに……私、何もできません――っ」
よほど無念なのだろう、瞳から大粒の涙が流れ落ちて掴んでくる彼女の爪が肩に食い込む。
「……ミラ」
セラフィムは優しくミラの頭を撫でた。
「俺たちは一蓮托生でしょ。俺もムカついてるから君のぶんまでぶっ飛ばしてくる。だから任せて」
「フィム――……っ」
感極まったようにミラが両手で口元を覆うと、こくこくと何度も頷いた。彼女をそっと地面に座らせてから、セラフィムはアルベルトへと向き直った。
「おやおや。私は今、君とやるつもりはないですよ」
「悪いけど俺には大ありだ」
先ほど切り結んだ一合。セラフィムはそれでアルベルトの大体の実力は把握していた。
……実力は拮抗してる。
けど、たぶん俺の方が少しだけ優勢だと思う。
アルベルトもそういう見立てなのだろう、故に先ほどの発現だった。しかし不利だとわかっているはずのアルベルトが不敵に笑う。
「それじゃあ仕方ありませんね」
「何か策があるとでも?」
「当たり前でしょう。でもそれには少し時間を稼ぐ必要があったんですよ。でないとこんなべらべらお喋りなんてしませんよ」
アルベルトが不敵な笑みを浮かべてから叫ぶ。
「おい十分休んだだろ! やるぞ!」
「は、はいぃ」
その呼びかけに返事をしたランスロットへと、アルベルトは一足飛びで近づいた。セラフィムとしては相手が何をしてくるかわからない今の状態ではミラを守るため不用意に動くことができなかった。
アルベルトが跪く。
そんな彼の肩にランスロットが自分の剣の腹を当てる。
それはずっと前にミラと見た“勲章授与式”の儀式だった。
何だ……あれ。
オリジナルの魔法?
セラフィムが相手の出方を窺っていると、そのとき中庭に一陣の風が吹いた。
「――……」
何か唱えていたランスロットの声は風に消える。
次の瞬間、アルベルトのマギアが爆発的に膨れ上がった。
肉体強化やマギア補強などの魔法は色々とあるが、それらとは比べ物にならないほどの上昇度だった。先ほどまでのアルベルトとはもはや別人。いや、人と称していいのか躊躇われるほどの存在まで押し上げられている。
神か悪魔か、禍々しいマギアを放っていた。
セラフィムでも今までに見たことのない暴力。圧倒的な力の化身がそこにはいた。
「ふははっ。何度味わってもたまらんな、この全能感は! さすが王家に伝わる秘術だ!」
「王家の……秘術?」
「おっと口が滑ってしまったな。その通りだよ、プリンセス。これが戦争の絶えないサードリッド大陸でルマディナル王国が脈々と続いていた理由ってわけだ」
「……回りくどくミラを狙ったのはそのためってことね」
「
にやりと口角を上げてアルベルトが臨戦態勢に入る。
「……ミラ、逃げて。たぶん俺じゃ勝てないから」
「そ、そんなフィム――」
「早く走って! 転移魔方陣まで! 時間は稼ぐから!」
来る――っ。
セラフィムは咄嗟にミラを突き飛ばした。それと同時にアルベルトが一瞬で間合いに入り、力任せに剣を横にフルスイングした。
ギリギリのところを剣で受けるが勢いは止まらない。ガゼボの支柱をへし折って吹き飛び、離れた地面に数メートルにわたってえぐれた跡を残して止まった。
「かはぁ――」
なんて力だ……っ。
「はっはぁ!」
宙へと飛び上がったアルベルトが【小・火矢】を連射。轟音とともに大地が冗談のように削れていく。それは形状的に間違いなく【小・火矢】なのだが威力は同系統の最上級魔法のそれだった。
セラフィムはなんとか被弾を免れていた。これは見切ったというより幸運の比率の方が大きい。
ともあれ反撃に転じる。
舞い上がる土埃の中、剣に纏わせ超圧縮した風を斬撃とともに放った。
【
音速を超える風の刃がアルベルトへと襲いかかるが、いとも簡単に躱されてしまう。彼の背後の空を覆う分厚い雲にぽっかりと穴が開く。
セラフィムの攻撃によって逆巻き霧散した土埃の中には彼の姿はなかった。先ほどの魔法が当たらないのは織り込み済み。
アルベルトへと間合いを詰めて近距離戦へと持ち込む。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
無数の斬撃がふたりの間で繰り広げられる。
「んっん~」
と、余裕綽々なアルベルト。
彼らクラスの戦いになると【
「がはぁっ」
そのとき、アルベルトが躱し際に放ってきた回し蹴りが腹へと突き刺さった。くの字になって吹き飛び地面へと打ちつけられる。
あの魔方陣までミラが走って三分くらいかな……っ。
今のセラフィムにとって永遠にも感じられる時間。とてもそれまで持ちこたえられそうになかった。
――『ミラのことお願いね』
オリヴィアの言葉が脳裏を過る。
たとえ絶望的な状況だとしてもセラフィムは諦めるわけにはいかなかった。せめて彼女が逃げ切るまでは。
「ほう。やはりすごいな“隠し刃”! たったひとりでここまで生きながらえたのはお前が初めてだ。あ~~~~、愉しいなぁ。もっと
セラフィムが【
アルベルトの猛攻にセラフィムはもう防ぐだけで精いっぱいだった。
また切り結ぶがやはり力負けして大きく吹き飛ばされる。
「はぁ……はぁ……」
まだ……もう少し――。
剣を地面に突き立てて支えにしながら立ち上がった。
「……フィム」
その声に弾かれるようにして振り返る。
霞む視界の先には――ミラの姿があった。
「どう……して……」
「私が貴方を残してひとりで逃げられるわけないじゃないですか」
泣きそうになりながら苦笑するミラ。
そう、彼女はそういう性分なのだ。
「そんな――」
「おいおいプリンセス~。“隠し刃”はキミのために戦っていたのにそれはないだろ? これじゃただの無駄死にだ」
「……もとより貴方は私のことを逃がすつもりなんて毛頭ないのでしょう?」
きっと鋭く見据える彼女に、ニヤニヤと笑みを浮かべたアルベルトが肩を竦める。
ここまでか――……。
ごめん。オリヴィア……約束守れなかった。
ミラがそっと額を合わせてきた。
小さな声で囁くように言ってくる。
「死ぬときは一緒ですよ、フィム」
「ミラ……」
何も言えないでいるセラフィム。
そんな中、ミラが続けた。
「でも、最後まで抗いましょうっ」
「え――?」
目と目が合った彼女の瞳には光が宿っていた。この如何ともしがたいこの状況でもミラは諦めていなかったのだ。
そう、彼女はそういう性分でもあるのだ。
「何か考えがあるってこと?」
こくりとミラが頷く。
「フィム。十秒――いえ、五秒だけ時間を稼ぐことはできますか?」
「五秒……厳しいな。でもやってみるよ」
ミラが何をしようとしているのかセラフィムには見当もつかなかった。しかし、今は彼女の策に賭けるしかない。
セラフィムは悲鳴を上げる身体に鞭打って立ち上がった。
「おや~。もう別れの挨拶は終わったのかなぁ?」
余裕の表情を浮かべているアルベルト。
セラフィムは剣を相手に向けて水平に構えた。そして、そこにありったけのマギアを注ぎ込んだ。その膨大なマギアに剣がバチバチっと激しい音を立てながら紫電を奔らせている。
「……ほう」
アルベルトの顔から笑顔が消えた。そのことがこれからセラフィムの繰り出そうとしている攻撃の凄さを物語っていた。
中庭の空気が張り詰める。
そして――。
「――っ」
セラフィムが動いた。
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