🔳24話
セラフィムはファルケに連れられ、学園の地下まで来ていた。
「外の騒ぎは放っておいて大丈夫なの?」
セラフィムは先ほど倒した男から拝借した剣とそのホルダーを腰に装着しながら尋ねる。
「あんなのただの陽動でしょ。敵地に攻め込むのに戦力がお粗末すぎる。それはセラフィムくんも気付いているでしょ」
彼女のこくりと頷く。そう、先ほどはファルケが現れたことで思考が途切れてしまったがセラフィムもそれが引っ掛かっていた。
「こういう時は隠したい何かがあるはず――あ。陽動部隊は鎮圧されたみたいね。さーすが学園の先生方。頼もしいね~」
【
「セラフィムくんに見てほしいのはこれなんだけど」
そこではほの暗い闇の中で廊下の壁に幾何学模様が怪しい光を放っていた。
「転移用の魔方陣だね。学園のもの?」
「……いいえ。そうじゃないわ。十中八九、上で暴れてた連中が用意していたものね。こんな特攻するなら帰り道なんて普通断っておくけれど、スケベ心で残していたみたいね。全く舐められたものだわ」
「じゃあミラがいなくなった原因もこれってこと?」
「……おそらく、ね」
ファルケが神妙な表情で唸る。
「【千里眼】で探してみたけれどミラちゃんの姿が見当たらないの。少なくともこの学園都市にはいない。連れ去られたのか……それとも自らの意思で向かったのかはわからないけれど」
ファルケが少しバツが悪そうに言う。
ミラが自分の意思で――……。
セラフィムはそんなことはないと信じているのだが、彼女の立場上、最悪のケースまで想定しておかなければいけないというのは理解できた。
「この魔方陣はどこに繋がってるんだろ」
「これはアタシの推測でしかないけれど」
そう前置きしてから続ける。
「まずこれがいつ作られたかということね。学園の内部に転移魔方陣を張ろうとしたらアタシの千里眼は十中八九感知できる。……でも完璧じゃない。例えば他の場所を注視しなければいけなかったら悔しいけど見逃してしまうかもしれない」
「他の場所を注視……?」
ファルケがぽつりと呟くようにして言った。
「奴隷商――」
セラフィムたちが学園に来たばかりの頃、ダークエルフであるリナリアが奴隷商によって取引されそうになっていたことがあった。それを食い止めたセラフィムはそのときヴィオ連邦でも最大の武力を誇る“十三傑”、その序列六位を打ち倒していた。
「たしかにダークエルフは希少だからその警護が厳重になるのは頷ける。でもあれほどの大物が出てくるっていうのは今考えるとかなり不自然だったわ」
「つまりどういうこと……?」
「つまりあれ自体が陽動だったんじゃないかってこと、今回みたいにね。実際にあの時はアタシも事件に掛かりきりだったからね。もし腕利きの魔法使いに潜入されて魔方陣を張られたとしても気付けたかどうかわからないわ」
これが彼女の考察だった。
もし当たっていたとすればこの魔方陣の先は――。
「ヴィオ連邦……」
セラフィムの言葉にファルケが首肯する。
「そこでセラフィムくんに訊きたいの。こんな回りくどいことをしてまで、十三傑のひとりを失ってまで――……こういう言い回しは嫌いだけれど有り体に言ってしまえばミラちゃんに価値って何かあるのかしら」
「ミラの価値……」
セラフィムも考えてみるが全く思いつかなかった。彼女にヴィオ連邦が欲しがる何かがあるとすれば、それは本人すら自覚し得ないものなのだろう。
「ごめん……わからない」
「そっか。信じるよ。キミたちがそういう嘘をつけるような人間じゃないっていうのはこれまでの付き合いからわかるからね」
そう言ってファルケは苦笑した。
「さて、それでどうする?」
彼女の問いにセラフィムは目を細める。
どうする、とは以上のことを踏まえた上でどう行動するかということだ。
セラフィムの中では選択肢はひとつだけだった。
「ミラを助けに行く」
「ふむ。まあそういうだろうと思ったわ。念のために確認するんだけど、
「うん。行く」
即答する。たとえどんな困難が待っていようともセラフィムの意思は変わりはしなかった。
そんな彼にファルケは大きく息を吐いた。
「オーケーオーケー。それじゃあ一時間。このまま放置するのは超リスキーだけど、それだけなら魔方陣を壊さずに待っていてあげる。もしかしたらあちらさんがそこまでして欲しかったミラちゃんが戻ってくるかもしれないからね。賭けるには悪くない条件だと思う」
「いいの?」
「ただし、キミにはこれを飲んでもらうわ」
そう言って彼女は小瓶を取り出した。
「遅効性の毒よ。一時間以内にこっちの解毒薬を飲まなければ死に至るわ。もし“隠し刃”と謳われたキミまであちらの手に渡ってしまったら大変なことになる。これはその保険」
さっと視線を外すファルケ。
「……さっき信じるとか言っておいて舌の根の乾かないうちにこれだ。失望するでしょ?」
そう自嘲気味にそう言ってくるが、セラフィムは彼女に失望したり恨んだりする気持ちは一切なかった。
毒の入った小瓶を受け取り、一口で飲み干す。
「ありがと。ファルケ」
「あはは……それは毒を盛られて言うセリフじゃないね~」
少し元気はないもののいつもの調子で彼女が微笑んだ。
「それじゃ早く行っておいで。時間も限られているんだから」
「うん。行ってきま――」
そのとき。
「ちょっと待ちなさい!」
ふたりの背中から声がかかった。
そこにいたのはルゥとリナリア、そしてエールだった。
「おやおや? ここで出てくるんだ」
「はぅ……わ、わたしは無理やり……ファルケちゃんも気付いてたなら止めてくれればよかったのにぃ……」
エールが涙目で愚痴っている。
そう、校舎に入ったあたりから三人はこちらに悟られないようにしながら後を付いてきていた。セラフィムも最初から気付いていたのだが、急いでいたこともあってそのままにしていたのだ。
リナリアが腰に手を当てて言ってくる。
「あたしたちが話を聞いていたもの知ってたってわけね。じゃあ話が早いわ。あたしたちもセラフィムに付いていくから」
「リナリアたちが? なんで?」
「なんでって――……」
「お前な、ひとりで行くつもりだったんだろ? クソガキは手を貸すって言ってんだよ」
「ああ。なるほど」
得心がいって手をぽんっと打った。
「そういうことなら要らないかな」
しかしリナリアたちの考えを知ったうえでセラフィムはそれを断った。
「はぁ!? それってどういう意味よ!」
「んー……たぶん
魔方陣へと目をやりながら言う。
何か確証があったわけではない。しかし、セラフィムは魔方陣から肌をチクチクと刺すような嫌な雰囲気を感じ取っていた。この“勘”というのを彼は大事にしている。それは今まで数多の戦場を切り抜けてきた彼なりの処世術だった。
「勘ってそんなことで納得でき――」
リナリアの言葉を遮るようにセラフィムは全身にマギアを込める。
『――……っ!』
ルゥとリナリアがびくりと肩を震わせ、まるで金縛りにあったように動かなくなる。ファルケとエールも表情を強張らせていた。
「今ので気圧されるようならやっぱり止めたほうがいい」
セラフィムは踵を返して魔方陣へと向き直った。
「この先はもっと危険だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます