🔳23話
そして模擬戦当日になった。
三日前に不覚にも倒れてしまったミラだが、残り二日間で最終調整をして今に至っていた。
やるべきことはやってきました……っ。
今日の模擬戦はみんなと絶対に勝ってみせますっ。
軽めの胸当て、籠手。ベルトタイプのホルダーに収めた木剣。ミラは模擬専用の装備をしっかりと確認してから、両手を胸の前でぐっと握って意気込む。
しかし。
「フィム……ちょっとおトイレ行ってきますね」
そうは思っていても緊張しないかというと別の話だった。
「また?」
一緒に会場に向かっていたセラフィムが少し呆れたように肩を竦める。まだ朝だというのにこれでもう五回目だ、無理もないだろう。
「このままじゃ時間ギリギリになっちゃうけど」
「す、すみません。でも間に合いますからフィムは先に行って皆さんに事情を伝えてください。それでは~~~~」
言うや否やミラはトイレへと急いだ。
……。
…………。
………………。
「はぁ……緊張しすぎて何も出ません」
トイレを後にしたミラががっくりと肩を落とす。
青色吐息。模擬戦の前からやつれ気味だった。
こんなことじゃ駄目ですよね……。
会場に通じる道をとぼとぼ歩いていると、
「ミラ。久しぶりだな」
不意に背後から呼ばれた。
振り返ったミラは大きく息を呑む。
「貴方は――……」
※※※
「あ~~~~っ。やっと来ました~~~~」
模擬戦会場に到着したセラフィムにエールが駆け寄ってくる。
「どうかしたの?」
「どうもこうもありませんよぅ……あっち見てください」
彼女が指さした先をセラフィムが視線で追った。
「………………コロスコロスコロスコロス」
「………………開始と同時にぶっ放すわ。とっておきの【
背中から「ゴゴゴ……っ」とか音がしそうな雰囲気でルゥとリナリアがなにやらぶつぶつと呟いていた。
「なにあれ?」
「一時間前くらいからずっとあの調子なんですぅ……。リナリアちゃんなんて昨日の夜から張り切っちゃって大変だったんですから……。大体いつまでわたしがまだリナリアちゃん預からなきゃいけないんですかね! ファルケちゃんんったらまったくもうですよ……っ」
「……センセ。お疲れ様」
ここぞとばかりに愚痴ってくるエールを軽くなだめてから、セラフィムはふたりへと声をかけてみた。
「おはよ。なんか気合入ってるみたいだね」
「あ! セラフィム遅いわよ! 遅刻よ、遅刻!」
「いやいや。まだ時間あるでしょ」
「おい。おせっかい女はどうした?」
「あー、実は……」
朝からミラが緊張でトイレに籠っていることを伝えると、ふたりは「……おいおい。そんな調子で大丈夫かよ」「……まったく。ミラったら仕方ないわね」とやや呆れ気味だった。
程なくして会場に今回の模擬戦の対戦相手――ハロルドたちのチームが姿を現した。彼らはセラフィムたちを見つけると余裕そうな笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
「やあやあ。
ハロルドがルゥを一瞥しながら挑発してきた。しかし彼は「……けっ」と吐き捨てるだけ。リナリアもむっとしながらも無言でいる。
そんなふたりに肩を竦めながらハロルドがセラフィムを横目で見てくる。
え? 俺……?
仕方なく対応することになった。
「あー……えっと、今日はよろしく」
「お前も大変だな。こんな個性的な面々で俺たちと模擬戦だなんて」
「む? 俺は出ないよ」
「へぇ、そうなのか。どうして?」
「えーっとそれは……体調不良とか?」
まさか実力が違い過ぎるので生徒会長から止められてるなんて馬鹿正直に言えない。理由なんて考えていなかったので咄嗟に答えたら疑問形になってしまった。それでも彼らから怪しまれることはなかった。
「それは大変だ。まあこんなチームじゃ身体を崩すのも無理はないな。じゃあお前たちは三人というわけか――おや? そう言えば“国賊の娘”の姿が見えないじゃないか」
「……ミラのこと? ミラならトイレ――」
セラフィムの言葉を聞かずに、ハロルドがにわりと笑いながら続ける。
「もしかして逃げたのかな? やれやれ血は争えないね」
「む……」
セラフィムにはミラの付き人であるという自負がある。付き人をやっていなければ今の自分はなかったし、それがオリヴィアとの約束でもあったから――そして何よりミラと積み重ねてきた掛け替えのない時間故だ。ミラは自分が“国賊の娘”と呼ばれていることに関して真正面から受け止めていた。だからこそセラフィムもそのスタンスに従って口を出さないようにしていた。しかし、この一か月の彼女の頑張りを一番近くで見てきていたのでハロルドの言葉に信念がぐらりと揺らいだ。
言い返してやろうと口を開こうとしたが、
「はっ。あいつは逃げたりしねーよ」
その気持ちを代弁するかのようにルゥが言ってのけた。
「旧王族のことなんざしらねーが、少なくともおせっかい女は無責任に投げ出したりするようなやつじゃねーよ」
「そうよ! ミラは今日まできつーい特訓に耐えてきたんだから! 何も知らないくせに知ったような口利いてんじゃないわよ!」
ルゥ……リナリア……。
今までミラを庇ってくれる人間なんていなかったのでセラフィムは唖然としてしまう。
「ほぉ。特訓、ね。それは見ものだな」
「おうよ。この前みたいにはなんねーからな。覚悟しろやコラ」
中指を立てるルゥから視線を切って踵を返すと、ハロルドたちは自分たちの陣営へと戻っていった。
……。
…………。
………………。
しばし時間が経ち、模擬戦の開始まで間もなくに迫った。
しかし、ミラの姿はまだない。
「あ・の・お・ん・な~~~~っ」
ルゥが眉間に青筋を立てながらわなわなと震えている。そんな様子を少し離れたところにいるハロルドたちがニヤニヤしながら眺めていた。
「いくら緊張してるからってちょっと遅すぎよね……」
リナリアが心配そうにセラフィムを見上げてくる。
うーん……たしかにリナリアの言う通りかも。
ミラならどれだけ体調が悪かったとしても時間までには這ってでも会場にくるよね。
「い、医務室にも来てないみたいですぅ」
わざわざ探しに行ってくれたエールが戻ってきた。
……おかしい。
もしかして何かあったのか――……。
そのとき、学園に設置されている
「˝あぁん? なんだぁこの音は」
「アタシに聞かれたってわかんないわよ」
「ふ、ふえぇ……? これって緊急事態の警鐘だったような――」
ルゥたちが顔を見合わせている。
『何!? 何!? うるさっ!』『今日って避難訓練とかじゃないよな』『もしかしてトラブルでもあったとか?』
周りもにわかに色めき立つ。
「……――くるっ」
弾かれたようにセラフィムは空を見上げた。
瞬間、会場に【
それらは鳥が一斉に羽ばたいたようなけたたましい音とともに着弾し、地響きを起こして濛々と土煙を上げる。
先ほどまでの何ら変哲のない日常は一変した。
『きゃああああああああっ』『足が――だれか助け……っ』『なにこれなにこれ! 意味わかんないぃ!』
耳をつんざく悲鳴。
鼻を衝く焼けこげた臭い。
逃げまどう生徒たち。
まさに阿鼻叫喚の光景が目の前に広がっていた。
「みんな、無事?」
「くっそが――っ。どうなってやがる」
ルゥが土埃をかき分けるようにして現れる。その後ろにはリナリアとエールの姿もあった。
「避難の誘導任せたよ」
「ちょっと! セラフィムは何するつもり!?」
「俺は元を断ってくる。あ――第二波くる。センセは【
「ふえぇ……は、はい~~~~っ」
短く指示を出してからセラフィムは【
それと同時に【小・火矢】の第二波が降り注いだ。
セラフィムの向かったその先はハロルドたちのチームだった。
「ひ、ひぃ……っ」
ハロルドは完全に足がすくんで動けないでいた。頭を抱えてうずくまっている彼の腰に差さっていた訓練用の木剣をセラフィムは素早く抜く。
「借りるよ」
瞬時にマギアを込めて薙ぎ払い、降り注いだ【小・火矢】を全て撃ち落とした。
「お、お前はあっちのチームの――」
その光景にハロルドが口をあんぐりと開けて唖然としている。
「怪我はないみたいだね。あっち、急いで。センセたちがいるから」
「体調不良だったんじゃ……それに今のは一体……」
「む? ……なんか治った。それより早く行った方がいいよ」
セラフィムには悠長にお喋りしている時間なんてなかった。なぜなら上空に強力なマギアを感じ取ったからだ。それは次の攻撃が迫っていることを示していた。
垂直にジャンプするセラフィム。会場に植えられている木々の頂上よりも高い、地上二十メートルほど位置にそれはいた。
フードを目深に被ったマント姿の男。本来は防御で使う【防御壁】を応用して足場にし、宙に浮きながら魔法を準備している。
あいつか――っ。
セラフィムも同様にして足場を作り、踏み込んで一気に距離を詰める――が、それを阻むように同じ格好をした男ふたりが軌道上に現れた。
「しゃあっ!」
甲高い掛け声とともに切りかかってくる片一方の男の剣をセラフィムは半身になって躱した。その戻り際に男の顔を掴んで【
すかさず剣を奪い、手持ちの木剣と交換する。
奪った剣にマギアを奔らせ強化すると、もうひとりの男を構えている大きな盾ごと貫いた。重力に従って落下していくマント姿の男たち。
その攻防の中、セラフィムは近くの木の中腹に向かって【小・火矢】を打ち込む。するとそこに潜んでいた人影がぐらりと揺らぎ、同様に地面へと落ちていった。
「な――」
彼の流れるような動きに最後に残ったマント姿の男が大きく目を見開いている。セラフィムはもう一度足場を作り出して跳躍、その男へと剣を振るった。
僅か数秒にしてセラフィムは会場にいた襲撃者を撃破する。
地面へと降り立った彼はもう動かなくなったマント姿の男のひとりを調べてみる。
……さすがに身元が割れるようなものは持ってないか。
どうやって侵入したんだろう……それにしても――。
まだ土埃の舞う中、不意に背後から気配がした。
「わーーーーっ。ストップストップ!」
剣を振り下ろそうとした寸でのところで止める。そこにいたのは見覚えのある人物だった。
「ファルケ?」
「し、死ぬかと思ったぁ……。マジモードのセラフィムくん怖すぎっしょ」
「ちょうどよかった。ねえ、ミラがどこにいるか教えてくれない?」
ほっと胸を撫で下ろしている彼女にセラフィムは口早に尋ねる。
「それも含めてまあ詳しい話はあとっ。ちょっとアタシと一緒に来てもらえるかしら?」
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