🔳22話

 月が中天にかかるくらいの頃合い、セラフィムは静かにベッドから起き上がる。

「……もう食べられませんよぅ、フィム~……」

 ぐっすりと眠っているミラを起こさないようにして部屋を後にした。

 実は最近、セラフィムはファルケから深夜の見回りを依頼されていた。ただ、奴隷商の一件みたいに何かあっての対応ではない。エールと一緒に町の中を二時間ほど回って帰るだけのものだ。実際に今まで何か事件が起きたことはない。そのため特訓で疲れているであろうミラには見回りのことは伝えていなかった。これは彼なりの配慮だったりする。


「やっほー」

 いつも通りの待ち合わせ場所に行くと、いつもと違う人が待っていた。

 そこにいたのは生徒会長のファルケだった。

「あれ? センセは?」

「なんか『人使いがあらいー』とかぶーぶー言ってくるからお休みにしてあげたの。今日はおねえさんと見回りね」

「おねえさん……?」

「はいそこー。まわりを見渡さない。目の前におるじゃろがい。せくしーなおねえさんが」

 笑顔で自分を指さしているファルケだったが、セラフィムにはその目は笑っていないように見えた。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ファルケと見回りコースをぐるりと回ってから学園にある高台へと戻ってくる。ここからは町が一望できる。昼間は賑やかなアリマリリスの町も今は眠ったように真っ暗だった。

「おつかれー。ほい、どうぞ」

ファルケがお洒落な小瓶を魔法で冷やしてから差し出してくる。

「これは?」

「生徒会長印の良く出来ましたジュース☆ 学園では結構好評なのよん。仕事終わりの一杯、大人よね~」

「でもこれジュースだよね」

 これが仕事終わりの一杯という定義に当てはまるかは議論の余地はあるが、ファルケから貰ったジュースは程よい甘みのある柑橘系になっており、見回りで火照ったセラフィムの身体に心地よく染み渡った。

「で、今日の見回りはどうだった?」

「どうって言われても。問題なかったと思うよ。まあ強いて言うなら――」

 そう前置きしてからセラフィムは続けた。

「静か過ぎ、かな」

 その言葉にファルケのジュースを飲んでいた手が止まった。神妙に目を細める。

「やっぱりキミもそう思う? アタシの勘も結構いい感じってことかしら」

「もしかしてそれを確認するために今日来たの?」

 彼女は小さく頷いた。

「奴隷商の一件。あれ以来、事件らしい事件なんてないし妙に大人しいのよね。まるで嵐の前の静けさみたい」

 ファルケの額に第三の目が浮かび上がる。それで眼下に広がる町を見下ろしながら彼女が言った。


「こういう時は決まって大きな事件が起きる」


 それにはセラフィムも同意だった。

「まあ町の警備の方は気を付けるとして、用事はそれだけじゃないんだけどね~」

「……まだあるの?」

「こら、そんな露骨に嫌な顔しない。ただお礼が言いたかっただけだから」

「む?」

 ファルケがひらりと踊るようにセラフィムの正面に立つ。そして、いつも飄々とした彼女から打って変わって深々と頭を下げた。

「ミラちゃんのこと、ありがとね」

「ミラのこと? なんでファルケが?」

「ほら。うちの父親オヤジがずっと気にしたのよね」

 彼女の言う父親とはアールグレインのことだ。以前会ったことのある武骨な男の顔がセラフィムの脳裏に過った。

「オリヴィア様の結界が今もこの国を守っているのにその功績はすべて父親のもの。それにも関わらずミラちゃんを北部抑留にしなければいけなかった――……ずっと自分を責め続けていたみたい。ほら、あんななりして結構繊細なのよ、ウチの父親は」

「へぇ。そうなんだ。意外だね」

「でしょ? だからこの前ミラちゃんが学園に来た件を教えてあげたらね、陰で喜んでたって。言伝頼まれてくれた人が言うにはあんな顔みたことないってさ。それもこれもミラちゃんをずっと守ってきてくれたキミのおかげね」

 俺の……。

「そんなこと言われたことなかったな」

 ぽつりと漏らしたセラフィム。そんな彼の首に腕を回したファルケが頭を抱き寄せてわしゃわしゃと撫でまわしてくる。

「ちょ、ちょっと、ファルケ?」

「頑張った子がいたら褒めてあげる、それが年上の役目でしょ」

「……そっか。ファルケはおねえさんだったね」

「やっとわかったかしらん☆」

 そう言って彼女はウィンクしてみせた。

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