🔳21話

 特訓を続けて一か月が経とうとしており、模擬戦まであとわずかに迫っていた。

 修練場に大きな声が響き渡る。

「今日は俺だろ!」

「はぁ!? 何言ってんのよ! あたしに決まってるでしょ!」

 ルゥとリナリアが向かい合って視線の火花をバチバチと散らしている。

「あの~……ここは穏便に……」

 ふたりの間に立ってどうにかなだめようとするミラ。

 なぜふたりがこうなっているかというと、今日どちらがミラの特訓を担当するかという話で行き違いがあったのだ。

「俺はこいつから接近戦のコツを教えてくれって頼まれてんだよ。なあ?」

「え? は、はいっ。それは頼みました、はい……」

「あたしだって次は【クライン火矢フェファイトス】の使い方が知りたいって言われてたんだから! ね、ミラ?」

「はいっ。それもお願いしていましたね……」

「だいたい昨日はおめーが教えてただろ。だったら今日は俺の出番だ!」

「こういうのは続けてやって身体で覚えたほうがいいのよ。【肉体強化ヘラクル】系しか魔法使えないワンころにはわからないでしょうけど」

「んだとクソガキ!」

「なによ!」

 またしても睨み合っている。

「わ。わ。け、喧嘩はいけませんってばぁ……。フィムも見てないで止めてください」

「ミラ。大人気だね」

「「そんなんじゃねーよ! お前は黙ってろ!(違うわよ! セラフィムは黙ってなさい!)」」

 ふたりから速攻否定されるセラフィム。

「む……」

 表情にはあまり出ないが少し落ち込んでいるのがミラにはわかった。

 なんかフィムには悪いことをしちゃいましたね……。

 それにしてもどうしましょうか……私なんかのためにこんなことになるなんて忍びないです。

 うう……何故か頭が回りません。

 でもなんとかしなきゃ……っ。

「あのっ。では今日はおふたりに両方教えていただくということで――」

 そのとき、ミラの視界が白む。

 膝に力が入らなくなり前のめりに倒れる。

「ミラ?」

 そこをセラフィムが支えてくれたところで彼女の記憶は途絶えた。


※※※

 突然、ミラが倒れてしまいセラフィムは保健室まで来ていた。

 ――『ただの疲労ね。今日一日休んでいれば大丈夫よ』

 養護教諭からそう診断があり、彼女をベッドに寝かせたところだった。眠っているミラは静かな寝息を立てている。

「……よかった」

 付き添ってくれたリナリアがほっと胸を撫で下ろす。

「最近、特訓でずいぶん張り切ってたからね。ミラって自分のことには鈍感なところあるんだ」

「アンタそういうことは早く言いなさいよ! あたしだってミラが頑張ってついてきてくれるからつい張り切っちゃって……反省だわ」

「リナリアのせいじゃないってば」

 責任を感じてしまっているのだろう、俯いてしまったリナリアの頭をセラフィムは優しく撫でる。

「ちょ、ちょっと何するのよ!」

「あ。ごめん、ミラのときの癖でつい」

「別に止めなくていいわよ。ふんっ。続けなさい」

「おい。ニセモブ」

 満更でもないリナリアを撫でていると、なんだかんだ付いてきたルゥが呼びかけてくる。

「そのおせっかい女。たしか最初に集まったとき『立派な騎士になるため』とか言ってたが、それにしてもぶっ倒れるまで根詰めるか? 俺にはどうしても強くならなきゃいけねーって意志を感じる」

 そう言ってから続ける。

「本当の目的はなんだよ」

 ルゥの言葉に同意するかのようにリナリアもじっと見上げてくる。

「わからない」

「おい。別に俺は誰かにチクってやろうとか考えてるわけじゃねーっての。ただちょっと……すっきりしねーだけだ」

「本当に知らないんだ。でもミラが何か隠してるってルゥの勘は当たってると思う」

「セラフィムにすら言ってないなんて……」

「おいおい。何考えてんだ……おせっかい女」

 一同が眠っているミラへと視線を落とした。

 たしかに“国賊の娘”と呼ばれているミラが執拗に強くなろうとしていて、その心の内を誰も知らないとなれば、一気に捉えどころがなくなってしまう。いつもの笑顔の下に実はもうひとつの顔を隠しているのでは? なんて疑念が過ってしまっても無理からぬことだ。

 しかし、セラフィムは何も心配していなかった。

 ミラが「もう食べられません~」と呑気に言いながら寝返りをうっている。彼女の目もとにかかった前髪を指でそっと払いながらセラフィムは言った。

「大丈夫だよ。ミラは自分の目的のために誰かを不幸にするようなじゃない。それはずっと一緒にいた俺が一番わかってる。いつか本当の理由も離してくれるよ」

「……セラフィム。そうね、アタシも信じるわ!」

 リナリアが胸の前で両手を握りしめて意気込んでいる。

 そのとき、ベッドで寝ていたミラがゆっくりと瞼を開いた。

「……ん? ここは……? 私どうして――」

「やあ。おはよう、ミラ」

 セラフィムは目を覚ましたミラにことの経緯を簡単に説明してあげた。

「す、すみませんっ。私ったらとんだご迷惑を。今から特訓開始しましょう……っ」

「アンタねぇ。そんなフラフラで何言ってのよ」

「なんのなんのっ。全然へっちゃらです――わぷぅ」

 ドアに背中を預けるようにして立っていたルゥがずかずかと近づいてくる。彼は起き上がろうとしていたミラの頭を掴むと少し乱暴に枕へと押し返した。

「わぷっ」

「寝てろ。それが今日のメニューだ」

「ルゥくん。でも――」

「こんなところで身体壊して模擬戦出れなかったら目も当てられねぇだろ。ただでさえうちはニセモブが出られなくて仲間が少ねーってのによ」

「仲間、ですか」

「˝あぁ? 変なところで反応してんじゃねーぞ、おせっかい女」

「そ、そうですね。すみません……えへへ」

 ミラが謝りながらもはにかんでいる。

「ちっ。おい、ニセモブ行くぞ!」

「む? 行くってどこに?」

「組手だよ組手! 今日こそぶっ飛ばしてやっから覚悟しとけよ!」

「ワンころ、ずるいわよ! アタシもやる!」

「え~。まだやるの、ふたりとも。 無駄だと思うけどなぁ」

「「無駄じゃねーよ(無駄じゃないわよ)!」」

 闘志に火のついたふたりに制服の後ろ襟を掴まれ、引きずられながら保健室を後にするセラフィム。

「じゃあ大人しくしてなよ」

 それをミラがおかしそうに笑いながら見送ってくれた。

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