🔳19話
オリヴィアの魔法によりルマディナル王国はヴィオ連邦の侵攻を食い止めることができた。その数日後、ヴィオ連邦の初代皇帝が病により逝去、連邦内は権力闘争が激化し他国との戦争どころではなくなった。
こうしてルマディナル王国とヴィオ連邦との戦争は一応の幕を閉じた。
偶発的な要素が多分にあるものの、スティーラシエで侵攻を防いだオリヴィアの功績は非常に大きい。しかしその真実は語られることはなかった。
これはオリヴィアの意向だ。
戦争が終わったとしても聖ルマディナル王国にはやらなければならないことが山積みだった。それら困難を乗り切るためには圧倒的なカリスマ性のあるリーダーが必要不可欠。だからこそオリヴィアはすべてアールグレインの功績になるように計画していた。その甲斐もあって彼をリーダーとして戦後の復興が進んでいく。王政は撤廃されてルマディナル共和国として生まれ変わり、五年後には人々の生活水準は戦前のものとそん色なくなっていた。もはや戦争は過去のものとなり国民は平和を享受していた。
しかし、その平和は小さなひずみを生むことになる。
今、国民が一致団結しているのはアールグレインの手腕も多分にあるが、どの方向に進めばいいか明確だからだった。仮にスティーラシエの本当の功労者を公開していたらここまでの熱量は生まれなかったはずだ。
旧王族への尊崇の念は国民の心にはもうない。アールグレインの支持と比例して、旧王族に対する憎悪にも似た不平不満は高まっていた。
それは旧王族――国内にひとり残っているミラへと向けられることになる。
停戦締結後、セラフィムは旧王族として拘置されていたミラとともにいた。そんなふたりのもとをアールグレインが訪れる。
「君たちの北部抑留が決まった」
単刀直入告げてきた。
当初、ミラは国家反逆罪で極刑に処されることになっていた。しかし、彼女がまだ幼い少女だという理由からアールグレインが減刑を訴えたのだ。極刑は免れたとはいえ北部の環境は極めて厳しい。極刑との違いなんてほぼ皆無に等しい。
こうなることはオリヴィアもわかっていたはずだ。
それでも彼女は選択した。
たとえ自分が恨まれようとも。
娘が恨まれようとも。
「私の力不足だ。すまない」
アールグレインが苦悶の表情を浮かべる。余談にはなるがこの温情でアールグレインの株がまた上がることになったのは皮肉な話である。
そんな彼にミラは顔を横に振る。
「これでいいんです」
そして、笑顔で地獄へと堕ちていった。
「“隠し刃”――いや、セラフィムだったな。少しいいか?」
去り際、アールグレインに促されてセラフィムは廊下へと出る。
「何か用?」
「……少しな。いいか、これからミラには困難な道が待ち受けているだろう。彼女のこと頼んだぞ」
「そんなことあんたに言われなくても大丈夫。オリヴィアとの約束だ」
「……そうか。抑留を決めた人間が口にしていいことではなかったな」
「そんな自分を悪く言わなくていいよ。ミラもオリヴィアも、あんたのことは理解していると思う」
「すまん……っ。ではミラを頼む。ただし、お前は絶対に目立つんじゃないぞ」
「……? どういうこと?」
セラフィムにはその言葉の意図がわからなかった。そんな彼にアールグレインが続ける。
「ミラは今、この国で憎悪を一手に担っていると言っても過言じゃない。誰か守る者がいなければ必ず何かしらの被害に遭う。かと言ってお前のような実力者が傍にいるとなればそれはそれで問題になる。彼女を守りたければ正体を隠せ」
ミラを守りたかったら……正体を隠す……。
「いいな?」
念を押してくるアールグレインに、セラフィムはこくりと頷いてみせた。
そしてセラフィムたちは北部へと抑留された。
抑留先での生活は一から十まできっちり管理されたものではなく、かなり自由の利くものになっていた。抑留者の主な仕事は土地の開発だが、それ以外にも多岐にわたる。作業にはそれぞれ点数が割り振られており、その点数はここで通貨のような役割を果たしていた。つまりは働いて点数を得られなければ飢え死にしてしまうということだ。
ここでは複数人で班を作って作業に当たるのが一般的だった。
しかし。
『おい。あれが“国賊の娘”らしいぞ』『ただでさえガキは足手まといだって言うのにな』『へへ、長くはもたねぇ。すぐに凍死か飢え死にだ』
ふたりが幼い少年少女だったこと、そしてミラが旧王族だということで誰も仲間に入れてはくれなかった。セラフィムとミラはふたりだけで生きていくしかなかった。
さらに配給された食べ物を分けてもらえなかったり、作業では誰もがやりたがらないものをあてがわれたり、作業点数を誤魔化されてもらえなかったり、など様々な嫌がらせを受けた。
それだけじゃない。夜な夜な部屋に忍び込んでこようとしてくる不届きな輩もいた。ミラに危害を加えようとする者を、セラフィムは正体がバレないように陰ながら排除していった。その甲斐もあって直接ちょっかいをかけられる頻度は減ったものの、「“国賊の娘”に関わると呪われる」という噂が広まって余計に孤立する羽目になった。
宿舎でふたりが割り当てられたのは一階の角部屋だった。降り積もる雪で床は氷のように冷たく、そこかしこの壁からすきま風が吹き抜けていく。普段でさえ劣悪な環境なのだが、吹雪のときなどは風の通り抜ける音と寒さでとても眠れたものではなかった。そんなときは部屋の隅っこの風が当たりづらい場所にふたりで毛布にくるまって耐え忍ぶしかなかった。
「ミラ、大丈夫?」
「はい。こうして肩を寄せ合っていれば少しは寒さも和らぎますね。きっとフィムは温かいからですね」
ミラがにっこりと微笑む。
抑留先でもミラは嫌な顔ひとつ見せなかった。
王城を追われ――。
母を亡くし――。
“国賊の娘”と批難され――。
そして抑留されて今に至る。
辛くないわけがない。セラフィムは彼女が自分に隠れて涙していることを知っていた。
極寒の地であるここでは洗濯が実は一番過酷な作業だったりする。そのため他の作業には中々参加させてもらえないふたりでも仕事にありつきやすかった。
いつものようにふたりで洗濯作業をしていた。
「私、騎士になりますっ」
そのとき突然、ミラがあかぎれだらけの手を握りしめて言ってくる。
「え? どういうこと?」
「実はですね。この前、掲示板で見たんですけど私たちの年齢なら特赦を使って騎士道学園というところに通えるみたいなんですよ」
どうやらそういうことらしい。
「ふーん……騎士、ね。でもどうしていきなり? ミラ、今までそんなこと言ったことなかったよね」
「そ、それは――私、ずっと騎士になりたいって思ってたんですけど、ほ、ほら、自分の夢って人に話すのはちょっと恥ずかしいじゃないですか?」
あたふたとしながら目が泳ぎまくっているミラ。挙動不審過ぎてそれが嘘だとセラフィムでもわかった。
「あ! ここでの暮らしが辛いからあ特赦を使いたいとかそういうわけじゃないですよ!?」
「うん。ミラがそういう
セラフィムがそう答えるとミラはほっと胸を撫で下ろし、
「そ、それでですね、フィムも一緒に来てくれると心強いのですが――……」
かじかんで赤くなった指先をいじりながら彼女が見上げてくる。
ミラが何を隠しているのかセラフィムにはわからなかった。ただ、それでも彼がやることはたったひとつだった。
「いいよ。ミラが行くなら俺も行くよ」
「ホントですか!? ありがとうございます、フィム!」
――『ミラのことお願いね』
オリヴィアの言葉が脳裏に蘇る。
俺はミラを守る、それだけだ。
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