🔳17話

 それから二年が経った。

 セラフィムに国から下される任務はまだあったが、それでもオリヴィアの意向で大幅に減っていた。セラフィムの任務に対する意識も変わった。その任務が聖ルマディナル王国――いや、ミラとオリヴィアのためになるのであれば悪い気はしなかった。

 任務以外の時間は付き人としてミラと過ごす。彼女との時間がラフィムに人としての心を徐々に取り戻させていた。

「フィムっ。戻ったんですね」

 任務明けに中庭へと足を運ぶと、ミラが駆け寄ってくる。

 この一年で彼女にも大分変化があった。これまでは頼りなかったミラだが、今は王子として立ち振る舞おうとしているのが窺える。セラフィムとの出会いが彼女にも良い影響を与えているようだ。

「うん。ただいま」

 以前、セラフィムは自分とミラの立場を考えて敬語に直そうと試みて猛反発されたことがある。

 ――『フィムはよそよそしくするのやめてくださいっ』

 ――『ミラだって敬語でしょ? なんで?』

 ――『なんででもですっ』

 理由にならない理由で一蹴されてしまった。どうやら彼女はセラフィムには普通に接してもらいたいという気持ちがあるらしい。こんなわがままを言えるのもセラフィムだからこそだった。それ以来、セラフィムは余計な気は遣わないようにしている。

「怪我はないですか?」

「うん。見ての通り」

「それはよかったです……。あ、そうです。ほらこの前言ってたスイカズラの花が咲いたんですよ」

「へぇ。何色?」

「それは見てのお楽しみです」

 手を引いてくるミラに連れられて中庭を進む。

「あ――」

 目の前を歩く彼女の肩がびくりと跳ねた。ミラがあたふたしながら近くの植木の前にしゃがみ込む。

すると、すぐに少し先の通りを青年が従者を従えて現れた。

 彼はルマディナル王国の第一王子ランスロット。ミラとは年齢が一回り上で腹違いの義兄にあたる。剣術と魔法の才能に長けており、学業でも常に優秀な成績を収め、アリマリリスの騎士道学園を首席で卒業した何でもこなせる稀代の天才だ。若くして自分の部隊を持ち、戦場では破竹の勢いで功績を挙げている。もちろん次期国王としての周りからの期待は高かった。隣には王国騎士団の師団長を務め、彼の指南役でもあった“聖剣”アルベルトの姿もある。

 ランスロットはセラフィム(と植木の裏に隠れているつもりのミラ)に気付いたようだが、

「……」

 一瞥しただけで忙しそうに従者たちからの報告を受けながら通り過ぎていった。

「もう行ったよ」

 セラフィムがそう教えてあげるとミラは安堵したように息を吐く。実はランスロットとミラはあまり折り合いが良くなかった。

 ――『ほら、ランスロットのお母様がなくなった後に私が迎えられたでしょう? あの子はそれがまだ納得できてないみたい。他にもちょっと複雑な事情があるんだけど……そんなの言い訳にならないからね。母としての不徳の致すところで申し訳ない、はは、は』

 これは以前、セラフィムがオリヴィアから聞いた話だ。この軋轢が生じている要因として王族間の権力争いが多分に影響している。王城ではランスロットを次期国王にしようとする派閥が圧倒的多数を占めており、彼らはミラとオリヴィアの存在を非常に疎ましく思っていた。そのため王族にも関わらずミラたちは非常に肩身の狭い思いをしていた。ミラは“妾の子”と陰口を言われることも少なくない。これは当人同士が話し合って理解できれば仲直り、なんて簡単なものではない。極めて高度な政治的問題だった。そのせいでミラはすっかりランスロットに対して苦手意識を持ってしまっていた。

「あの人が城にいるなんて珍しいね」

「……実は今日、“勲章授与式”があるんです。それでお兄様だけじゃなくて、そのお父様とお母様も帰ってきていて――……」

 ミラが口ごもる。

 最近、ヴィオ連邦との緊張は日に日に高まる一方だった。そのため有事に備えて国王は国中を忙しく駆け回っており、オリヴィアは魔法関連の機関に引っ張りだこになっていた。ミラが言うにはもう半年は両親の顔も見れていないらしい。

「会えないの?」

「はい……私は勲章授与式には出席できませんし、式が終わったらふたりともすぐに出なきゃいけないって言伝がありました」

 セラフィムはオリヴィアに倣って、俯いてしまったミラの頭を優しく撫でる。

「フィム?」

「まあ、式に出ることはできないけど見学だけならいいでしょ」


 中庭を出たふたりは勲章授与式の執り行われる大ホールのある別館へと来ていた。

「じゃあしっかり掴まってて」

「え? 何をするんです――ひゃあっ」

 セラフィムはミラを抱きかかえると足にマギアを奔らせ、三十メートルほどの高さにある天井まで跳躍した。

「わ。わ。わ。た、高いです……っ」

「落ちないようにね」

 へっぴり腰になっている彼女を支えながら屋根の備え付けられた窓へと促す。そこから中の様子を覗き込んだ。

 大ホールではもう式は始まっており、多くの騎士たちが整列している。彼らが向いている咲には豪奢な玉座があった。

「あっ! お父様とお母様ですっ」

 オリヴィアの隣には気品あふれる口ひげを蓄えた初老の男が座っていた。

 あの人が現国王――ミラの父親、か。

 セラフィムは実際に見るのは初めてだった。どこか厳かな雰囲気を感じる。

 遠目で見ているだけだったがミラは本当に嬉しそうだった。それだけでセラフィムは連れてきてよかったと思えた。

 式は進んでいき、騎士の中からランスロットが出てきて国王の前で片膝をつく。国王が携えていた細身の剣を抜いてランスロットの肩に当てながら功績を称え、その後に勲章を授与した。これが聖ルマディナル王国での勲章授与の流れだ。

 ミラは窓に額を張り付けて瞳をキラキラと輝かせている。

「はぁ~~~~。やっぱりお父様かっこいいですね。お兄様もおめでとうございます」

「ミラ。あんまり大きな声出すと気付かれちゃ――」

 そのとき。

 ちらり。

 オリヴィアが横目を向け、目と目が合った。

「「あ――」」

 セラフィムとミラの声が重なった。このような礼式は決して覗き見ていいようなものではなかった。

 これはミラが後で怒られちゃったりするの、かな。

 うーん……困った。

 自分が提案しなければこんなことにはならなかったので、セラフィムは気が咎める。

 しかし。

 こちらだけにわかるようウィンクしてみせるオリヴィア。

「お母様っ」

「そろそろ行くよ」

 それに応えて手を振っていたミラを抱きかかえるとセラフィムは屋根の上から飛び降り、その場を後にした。

「フィムっ。見ましたか!? お母様、私たちに気付いたましたよっ」

「うん。あれは絶対気付いてた」

「実は今までちょっと寂しかったんですけど、でも今ので全部吹き飛んじゃいました。また今度いっぱいお話ししましょうねってお母様から言われたような気がします」

 興奮交じりに話しているミラに、セラフィムは首肯した。

 この後にあの事件が起こる。

 そして、ミラの願いは叶うことはなかった。

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