🔳15話
聖ルマディナル王国、王都最南端にあるスラム街――通称“打ち捨てられた地区”で少年は生まれた。少年は物心がつく前にあこぎな奴隷商へと売り渡され、以来買い手がつくまで物乞い、窃盗、過酷な肉体労働などやらされていた。少年には名前はなかった。用事があるときは「おい」とか「お前」と声をかけられたり、頭を叩かれたりしていたので別に不便を感じていなかった。自分の両親のことも全く知らなかった。以前、奴隷商の男がべろべろに酔っぱらったときに「お前はパンひとつで売られたんだぜ」と教えてくれたことがあり、少年は「パンなんてめったに食べられないもんなぁ」と少し誇らしげだった。
少年が五歳の時、買い手が見つかった。と、言うよりも奴隷商の所持している子どもたちがまとめて買い上げられた。取引相手は王国直属で秘密裏に研究室。王国の中でも闇の部分、その深淵にあるそこでは非人道的な人体実験が行われていた。研究内容は“外発的マギア獲得と人工強化人間の開発”。集めた子どもの半数以上が拒絶反応で命を落とす中、少年は数少ない適合者となった。
研究所での生活はスラム時代とは比べ物にならないほど過酷なものだった。人体実験、被験者同士での戦闘実験、そして戦場への投入。死と隣り合わせの日々に最初、大勢いた被験者の子どもたちはどんどん減っていき、数年後に片手で数えられるまでになり、ついには少年一人だけになってしまった。
研究所に入って二年が経った。少年は数々の戦場に駆りだされ成果を上げていた。彼の存在は秘匿とされており決して表舞台に出ることはなかったが、戦場ではいつしか王国の“隠し
そんな少年に転機が訪れる。
ある日、少年のいた研究所が突如解体された。その指示を出したのが聖ルマディナル王国で“大魔女”の異名を持ち、第一王女が病で逝去された後に王族に迎えられた第二王女・オリヴィアだった。彼女は研究所の話を聞きつけると迅速に対応したのだ。研究所解体後、少年が管理されていた小部屋にオリヴィア王女が訪れた。
ウェーブがかった栗色のロングヘア。
気の強そうな切れ長の瞳。
柔らかな曲線を描く豊満な身体。
王妃だというのに簡素なドレスに身を包んでいた。
(この人……なんだろう?)
王族に謁見した際にはかしずいて敬意を表するのがこの国での作法だ。しかし、今までそんな作法とは縁遠い生活をしていた少年は一般常識に欠けており、王妃を目の前にしてもただ黙って見ていることしかできなかった。
「……この子がそうなのね」
オリヴィアの瞳が揺らぐ。彼女はドレスが汚れることなど気にも留めずに膝を折った。
そして、やさしく少年を抱きしめた。
「え――?」
少年の口から驚きの声が漏れた。
誰かに抱きしめられるなんて初めてだった。
柔らかで温かかった。
お日様のような匂いがした。
なんとも言いようのない、生まれてから今まで感じたことのない、心が解きほぐされるような感覚だった。
その時のことを少年は今でも覚えている。
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