🔳14話

 四人揃ったので部隊編成することになった。

 部隊の編成は基本的に前衛、中衛、後衛があり、配置人数はそのチームの特色によって異なってくる。

 “前衛”はチームの先頭に立ち、役割は主に索敵、接近戦、おとり役をする。“後衛”は最後尾から索敵、遠距離からの攻撃、仲間の支援や回復の役割がある。中衛の立ち位置はきっちりと決まっておらず、攻撃、回復、補助など前衛と後衛のサポートに回ることが多い。

 このチームではルゥが前衛、リナリアが後衛を志願し、ミラはとりあえず中衛につくことになった。

 ちなみにセラフィムはというと――。

  ――『……あのぉチームでのセラフィムさんの扱いなんですけど』

  ――『俺?』

  ――『……普段の訓練は差し支えないんですけど、ファルケちゃんからは模擬戦とかには出ないようにとのことですぅ。ほら、あなたの強さはチームとか関係ないですか……」

 と、なっていた。これには事情を知っているチームメンバーも納得してくれている。

 編成が決まり早速チーム訓練を開始、まずは基本的なフォーメーションから入る。

エールが「ちょっと仕事が残ってるので行ってきていいですぁ……」と先を外してからも、小一時間訓練しているとそれぞれの特徴が見えてきた。

 ルゥは二本のナイフを操り、持ち前の身体能力と【肉体強化ヘラクル】系の魔法を駆使して高水準の機動力と攻撃力を可能としている。

 リナリアはダークエルフというだけあってマギアの保有量が高く、彼女自身がかなり魔法に精通していた。中級クラスの魔法は一通り習得しており、一部の上級魔法も実戦レベルのスピードではないものの使うことはできた。本人曰く「ヒマだったから里の書物を全部読んで覚えた」とのこと。

 ふたりともピーキーではあるがポジションとの親和性はかなり見込めた。

 しかし――。

「ちょっとワンころ。どきなさいよーーーーっ!」

「˝あ? 何言って――」

 振り返ったルゥの頭上から直径二メートルほどの大きさの【クライン火球プロメテオ】が降ってくる。咄嗟に躱した彼が先ほどまで居た場所では大きな爆発が起こっていた。

「クソガキ! てめぇ何しやがる!」

「何よ! あたしの魔法の範囲内でアンタがちょろちょろしてるのが悪いんでしょ!」

「あ。なるほど、そうか。おめぇそんなに俺に泣かされたいのか。上等じゃねーか!」

「はぁ!? やるって言うなら相手になるけど!?」

 そう、ルゥもリナリアもポテンシャルは高いのだが、お互いに我が強すぎてチームとして機能していなかった。

 ……やれやれ、またか。

 飽きもしないでよくやるなぁ。

 セラフィムがその光景を呆れながら見ていると、基礎体力作りで腕立て伏せをしていたミラが感心したように呟く。

「ふたりともすっかり仲良しですね~」

「「なんでそうなるんだよ(そうなるのよ)っ!!」」

 言い争っていたのにはずなのにそこは綺麗にハモっている。

「大体なぁ! おめーはとろすぎるんだよ、おせっかい女ぁ!」

「そうよ! マギアも上手くコントロール出来てないみたいだし、しっかりしなさいよね!」

「いやぁ……返す言葉もないです。精進しますっ」

 眉をハの字にして「たはは~」と肩を落とす。しかし表情はどこか嬉しそうでもあった。

「てめぇ! 何笑ってやがる! ホントにわりぃと思ってねーだろ!」

「そうよ! あたしのこと馬鹿にしてるなら許さないわよ!」

「ひ~が~い~ま~す~」

 リナリアに頬っぺたを引っ張られているミラが否定する。解放された後、おずおずと打ち明けた。

「じ、実は嬉しくなっちゃって……」

「嬉しいだぁ?」

 彼女の言葉にリナリアもルゥの隣で小首を傾げている。

「……はい。私、小さい頃は家庭の事情からひとりでいることが多くてですね、こうやってみんなで何かするのって初めてなんです」

 今、ミラは“国賊の娘”と迫害にも似た環境になっているが、先の戦争以前は国王の娘としてちやほやされていたというわけではない。実は両親は多忙で中々会うことも叶わず、大人たちによる腹違いの義兄との派閥争いで肩身の狭い思いをしていた。

 ミラ……。

 以前、セラフィムは彼女の母親からそのことをおおよそ聞いている。

 ミラの思いが伝わったのだろうか、それとも周りから虐げられてきた境遇に共感したのか、ふたりは黙って彼女の話に耳を傾けていた。

「……ったく、調子狂うぜ」

「ホントよね」

「す、すみません……湿っぽい話になってしまって。あ! でもフィムもいてくれたので全然寂しくはなかったんですよっ」

 慌ててそう補足する。たしかにセラフィムが付き人になってからはその孤独もだいぶ和らいでいたのだろうが、それでも任務で彼が一か月以上王城を空けることは多々あった。

 リナリアが肩を竦める。

「別に今日が最後ってわけじゃないでしょ。その、……明日だってまた一緒に訓練するんだし」

「リナリアちゃん……そうですよね。よろしくおねがいじまず~~~~」

「ちょ、いきなり抱きつかないでよ! 鬱陶しいのよバカぁ!」

 その光景にセラフィムは自然と頬が緩む。

 よかったね。ミラ。


「まったく。何を騒いでいるのやら」


 そのとき、修練場の出入口の方から声がした。

「む?」

 振り返ると、そこには制服姿の四人組がいた。タイの色からしてセラフィムたちと同学年だ。

「なんだぁ? あいつらは」

「ルゥくん。彼らは同じクラスのハロルドくんたちですよ」

「ミラ。もしかしてクラスの人たちの名前みんな覚えてるの?」

「はい。もちろんですよ?」

 ミラに言われてセラフィムは座学の教室にハロルドたちがいたことを思い出す。彼らは爵位の高い貴族の出でクラスで幅を利かせている――いわゆるひとつの“エリートグループ”というやつだった。

「今度の模擬戦の敵情視察に来てみれば、“国賊の娘”のくせにずいぶん楽しそうにしてるじゃないか。やっぱり特赦が目的でこの学園に来たって噂は本当みたいだな」

 一番手前にいるハロルドが嘲笑しながら言ってくる。

 ミラは姿勢を正し、真面目な表情で彼らへと向き直った。

「そのようなことはありません。私は本当に立派な騎士になるために――」

「誰が言いわけしていいって言ったよ、“国賊の娘“!」

 彼女の言葉を遮ってハロルドが後ろのひとりを手で示す。

「こいつの叔父さんは先の戦争で亡くなったんだよ。お前たち王族が裏切りさえしなければこんなことにもならなかったかもしれないのにな。どうしてくれるだよ!」

「そう、……でしたか」

 ミラはハロルドたちへと近寄ってから、両膝を地面について胸に両手を当てる。これは最大級の謝罪の礼式だ。

「叔父さまの件、お悔やみ申し上げます。貴方の言う通り、旧王族わたしたちのあるまじき行為により取り返しのできない事態を招いてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」

 そして、深々と頭を下げた。そのままの姿勢で動かない。

そんなミラの姿を見たハロルドたちは、

「ぷっ。くくく、くく」

 堰を切ったように大きな笑い声をあげている。

「本当に謝ってきたぞ」「噂は本当だったみたいだな」「あれ? 死んじゃったの叔母さんだったっけか?」「いやいや両方生きてるし」

 嘲り笑われてもミラは礼式の姿勢を崩さない。今の発言は嘘かもしれない。ただ、そうだとしても戦争によって被害に遭った人は確実に存在する。その人たちのためにミラは頭を下げ続けているのだ。

 ミラ……っ。

 彼女が旧王族の業と向き合うのであれば、セラフィムも耐えるしかなかった。

「おい」

 不意にルゥがぶっきらぼうに声をかける。

「……俺は別にそいつがどんなに責められようが知ったこっちゃねーけどよ。いきなり来て好き勝手やられるのは気に入らねーわな」

「ほう。だとしたらどうする?」

 ハロルドが挑発するように笑った。

 修練場に緊張が走る。

 ルゥはゆらりと立ち上がると、

「じゃあ怪我しても文句言えねーぞ!」

 彼らへと飛び掛かった。

 しかし、ハロルドたちは素早く部隊を展開する。前衛のひとりがルゥの拳を防ぎ、後衛のふたりが【クライン捕縛クライン・ピュトン】――蛇のような光で捕縛すると、身動きの取れなくなったルゥの鳩尾にハロルドが拳をめり込ませた。

「かはっ……!」

「バカの一つ覚えみたいに突っ込んできやがって。人狼種の身体能力がいくら高いからっていくらでもやり様はあるんだよ」

 ルゥが組み伏せられてしまう。

「ワンころ!」

「ん? そう言えば掲示板にダークエルフの転入生が、て話があったな。なんだ? お前もやるのか?」

「く……っ」

 いくら魔法の才能があるとは言ってもリナリアはまだ子どもだ。ハロルドたちに威嚇され、身体を強張らせている。

「しっかしすげーチームだな。“国賊の娘”に人狼種、それにダークエルフ。嫌われ者たちの寄せ集めじゃねーか。こんなんじゃチームもなにもないわな。一か月後の模擬戦はやっぱ楽勝だな」

 彼らが勝ち誇ったように笑っている。

「……――し消してください」

 不意にずっと礼式の姿勢を取っていたミラが呟くようにして言った。

「はぁ? なんだって?」

「今の言葉、取り消してください」

 聞き返してきたハロルドの目を真っすぐに見ながらミラが続ける。

「旧王族のことは私の責任です。重く受け止めております。謝罪もいたします。ですが、ルゥくんやリナリアちゃんへの今の言葉は全くの事実無根です。取り消してください」

「おせっかい女……」

「アンタ……」

 ルゥとリナリアがその言葉に息を呑む。セラフィムも驚きを隠せなかった。今までずっと一緒にいたが、ミラがここまで食い下がるところを見たのは初めてだった。

 彼女にとってふたりが貶められるのはそれだけ見逃せないということだ。

「“国賊の娘”が口ごたえしてんじゃねーよ」

「お願いです……っ。どうか――」

 足にすがりついて懇願するミラにハロルドが煩わしそうに手を振り上げた。

「ちょ、ちょ、ちょっと~~~~。何やってるんですかぁ!? わ、わたしの管轄内でトラブルはやめてください~~~~」

 そのとき、席を外していたエールが慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「……ちっ。行くぞ」

 ハロルドは振り上げた手を収めると、チームメンバーと一緒に踵を返した。

「この続きは次の模擬戦のときまでお預けにしといてやる」

 去り際にそう残して彼らは修練場を後にした。


 ハロルドたちが修練場を去った後、しばらく一同は押し黙ったままだった。

 重苦しい空気が場を満たしている。

 そんな中、セーラが耳打ちをしてくる。

(……あのぅ、セラフィムさん。さっきはあんなことになっていて、今はみんなしょんぼりしちゃってますし、いったい何があったんですかぁ?)

(うーん。説明しようとすると長くなるんだけど……)

 セラフィムが順序だてて話そうとしたところ――。


「だーーーーっ! くっそがぁーーーーっ!」


 ルゥが突然吼える。

「どうしたの? もしかしてトイレ?」

「ちっげぇわ! ニセモブは黙っとけ!」

 ルゥがセラフィムを雑に押しのけると、ミラとリナリアへと向き直った。蚊帳の外になってしまったセラフィムは言われた通り三人のやり取りを黙って窺う

「な、何よ、ワンころ……」

「おいクソガキ。お前このままでいいのか? あんな言われっぱなしでいいと思ってるのかよ」

「それは――……そんなわけないじゃない」

 悔しそうにそう言葉を絞り出す。

「よし。よく言った。じゃあ勝つぞ」

 その言葉にリナリアがはっとした。

「ふんっ。なるほどね」

 ルゥとリナリアは顔を見合わせるとふたりして不敵な笑みを浮かべる。

「あの、ふたりともその、ここは穏便に……」

「何言ってんだ、おせっかい女。別に今からどうこうしようってわけじゃねーよ。模擬戦だ、模擬戦」

「模擬戦……ですか?」

 ミラがぱちくりと瞳を瞬かせる。

「そういうこと。そこでフルボッコにして鼻を明かしてやるのよ。さっきの発言撤回させてやるんだから、もちろん全部・・ね!」

 その全部にはミラへの言葉も含まれているのだろう。

「ルゥくん……リナリアちゃん」

「はっ。模擬戦なんて評価のためのものとしか思ってなかったが、やる気出てきたぜ。おい、絶対勝つぞ!」


「「はいっ!(あったり前でしょ!)」」

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