🔳12話

 奴隷商の事件があった翌日。

 ――『なるほどね~。事情はわかったわ。悪いんだけど明日の朝また生徒会室あたしのへやに寄ってもらっていいかしら?』

 昨日の解散際、そう言われていたのでセラフィムは朝一番で生徒会長室へと来ていた。これで二日連続ここに通っている。


「はーーーーっ!? 意味わからないんだけどーーーーっ!!」


 ドア越しに聞き覚えのある声が響く。

「ファルケ。入るよ――」

「あっ。アンタ良いところに来たわね!」

 セラフィムが中に入ると昨日助けたエルフの少女が駆け寄ってきた。背中に身を隠すようにくっ付いてくる。

「む? なんで君がここにいるの?」

 生徒会室には今日もファルケとエールのふたりがいた。エールの方は心なしやつれているように見えなくもない。

「センセ。どうしたかしたの?」

「……いえ、ちょっとぉ。実は昨日、その子をわたしの家に泊めてあげることになったんですけど、その、我がままばかり言って眠れなくって……」

「はぁ!? わがままってどういうことよ! エールの部屋が足の踏み場がないほど散らかってたから片付けろって言っただけでしょ! お酒の空き瓶とか脱いだ服とか下着とかそのままにして大人のくせにだらしなさ過ぎよ。あたしも手伝ってあげたんだから感謝されていいくらいなんだから」

「ちょ、わわ、何言っちゃってるんですかこの子は! あ、あれは一見散らかってるように見えてそういう配置にしているだけなんですぅ……。それに大人は忙しいんだから片付けなんてできないんですよぅ」

「センセ……」

「まあエールちゃん先生が汚部屋なことは置いておいて~」

「汚部――!?」

 悲鳴を上げて固まるエール。それを余所にファルケが話を進める。

「いや~、昨日はありがとうね。まさかあんな大物が出てくるとは思わなかったわ。セラフィムくんが行ってくれなかったらどうなってたか――……あれから学園都市の上層部はてんやわんやよ」

「そうなんだ。お疲れ様。それで、今日は何の呼び出しなの?」

「あー、それなんだけどね。大体察しているかもだけど、その子のことなの」

 ファルケが少女へと視線を移す。

「彼女はリナリア・アールヴライト。見ての通り子どもの“ダークエルフ”だね」

「ダーク……エルフ?」

「ありゃ? ご存じない?」

「――はっ。そ、そういうことならわたしがっ」

 我に返ったエールが汚名返上と言わんばかりに説明し始める。

 彼女曰く、ダークエルフとはエルフ族の中で極まれに生まれる個体のことである。エルフは元々魔法が得意な種族なのだが、ダークエルフはその中でも潜在マギアが著しく高い。しかし、彼らの中では凶兆の報せだと忌避されている。

 そのためエルフの里ではダークエルフが生まれた際は出来る限り隔離して育て、十歳になったときに里から独り立ちさせる習わしになっていた。後にリナリアの居ないところで補足してくれたのだが、奴隷市場ではダークエルフは高値で取引されているらしい。特にその子どもはひとりで一生暮らすに不便しない額だとか。

 ……忌避される存在、ね。

 ダークエルフの少女――リナリアの境遇がセラフィムの中でミラのそれと重なった。肩越しに振り向くとリナリアと目が合った。

「……何よ。ダークエルフだからって問題ある?」

「問題? んー……いや、別に」

 少し考えてから率直に答える。その言葉に緊張した面持ちだったリナリアの表情がぱっと晴れた。

「そうよね! アンタ、セラフィムだったかしら? ちょっとぼーっとしてるところあるけど見込みあるじゃない!」

「……リナリア、痛いんだけど」

 背伸びしてばしばしっと背中を叩いてくる。

「アタシもセラフィムくんに同意見☆ だけど悲しいかな世の中的にはマイノリティなのよね~。奴隷商からダークエルフリナリアちゃんを保護したって世間に知れただけでちょっとした騒ぎだわ……まあ信頼できる伝手に対応をお願いしたから大丈夫だと思うけど。おかげで父親オヤジに余計な借り作っちゃったけどね~」

 ファルケが苦虫を噛み潰したような顔で苦笑する。

「まあ、そういうわけだから今回の件は内々に処理することになりそうなの。ごめんね、セラフィムくん」

「む? 別にファルケが謝るようなことないでしょ」

「い、いいんですかぁ……? せっかく功績上げたって言うのになかったことにされちゃうんですよ? わたしなら一生自慢話にしちゃいますぅ……」

 そのとき、リナリアがファルケをずびしっと指さした。

「ちょっとそこのチビ! さっきからなにエラそうに喋ってんのよ!」

「ち、チビだとぉ――っ」

 ファルケが勢いよく机に身を乗り出す。

 リナリアの言葉にエールは必死に笑いをこらえようと肩を震わせている。そんな彼女に非難の眼差しを送ってからファルケが椅子に座り直してから肩を竦める。

「お、面白いこと言うわね~。アタシはこの学園の生徒会長でそれなりに偉かったりするの。あなたたしか十歳よね。アタシは八つも年上なのよ?」

「ふぅん。それなのに子どものあたしと同じ体型なんてかわいそうね」

 ぷちり。

 セラフィムは何かが切れる音が聞こえたような気がした。

「ぜんっっっぜん違うのだが!? 身長もおっぱいもアタシの方が一センチも大きいのだが!?」

 ファルケが【千里眼アルゴス】を発動し、くわっと目を見開く。おそらく額の眼で比較したのだろう、これこそ魔法の無駄遣いというやつだ。

「一センチなんて同じようなものじゃないっ。そんなみみっちぃから大きくなれないのよ!」

「はぁ!? 一センチは大きな差ですぅ~!」

「うっさいバカ!」

「バカって言う方が馬鹿なんだけど? バカバーカ!」

 もはや子どもの言い争いになっている。それをセラフィムとエールは冷めた目で眺めていた。

「バカば――はっ」

 ふたりの視線に気付いたファルケが「こほん」と咳ばらいをしてから話の本筋へと戻った。

「……緊張が解けたところでこれからのことを話そうか」

「はぁ? 何よ、これからのことって」

「キミの処遇よ、リリアナちゃん。キミはまだ子どもでしょ。アタシが知っている孤児院を紹介することもできるけどどうかしら?」

「それは――……」

 リナリアは言いよどんでしまう。心細そうにセラフィムを横目で見てくる。

「む? どうかした?」

「やっぱ不安よね。孤児院に馴染めるかどうかもわからないし、また今回みたいに捕まっちゃう可能性もゼロじゃないしね」

 ファルケがウィンクしてから続ける。。


「そ・こ・で。ちょ~っとした提案があるんだけど。聞く?」

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