国賊の娘の付き人

🔳９話

　結局、あの後にセラフィムたちのチームの指導教員としてやってきたエールから基本的な説明があって顔合わせは終了した。

　そして翌日、午前中の座学が終わって午後からは初のチーム訓練となる。セラフィムとミラは昨日あらかじめ申し渡しのあった第一屋外修練場の一角へと来ていた。

「チーム訓練楽しみですね～」

「……ミラ。昨日のあの雰囲気でよくそんな感じになれるね」

「あー……昨日はあれですよ。最初だから皆さん緊張してただけかもしれませんし、今日はきっと大丈夫なはずです」

「そうかなぁ……」

　程なくして人狼種の少年もやってきた。

「こ、こんにちは～」

「……ちっ」

　ミラが挨拶したが見事にスルー。彼はセラフィムたちを一瞥すると少し離れたところにどかりと腰を下ろした。

「……（しょんぼり）」

　セラフィムがミラの頭を撫でているとエールが姿を現す。幸薄そうな彼女だが、今日は輪をかけて負のオーラを纏っていた。

「お、お待たせしました……。えーっと、突然ですが皆さんに残念なお知らせがありますぅ……」

　両手の人差し指を付けたり離したりしながらおずおずと続ける。

「実は同じチームだったキャベン・タウロ君が今日付けで離脱することになりました……」

　あ――。そう言えば一人足りなかった。

　そこで初めて一人欠けていたことに気付いたセラフィム。隣で心底ショックを受けていたミラが尋ねる。

「あの、キャベン君はどうかされたんですか？　もしかして体調崩してしまったとか？」

「どうして……ですってぇ？」

　エールが渇いた笑いをみせる。

　そして。

「それはどう見てもこのチームのせいでしょうがっ。なんっですか、この問題児ばかり集めたチームはっ！　わたしだって昨日から胃がキリキリして止まらないんですよぅ！　まったく人のこといいように使ってくれちゃってあの鬼畜生徒会長めぇ……っ。も、もう限界ですぅ……今までの恨みを全部ファルケちゃんに――ふひ、ふひひ」

　堰を切ったように思いのたけをぶちまけるエール。

どうやらそういうことらしい。

「エール先生……？」

　ミラが呼びかけると完全にダークサイドに落ちていた彼女がはっと我に返った。

「と、まあ冗談はさておきですね～。そのようなわけで当面はひとり欠けた状態での訓練になってしまいますので少し不便かもですが皆さんご承知おきをお願いしますぅ」

　……絶対に冗談じゃないな。

　セラフィムはそう思ったが、エールは何事もなかったかのように話を続ける。

「そ、それじゃあ早速ですけど軽く自己紹介してもらってもいいですかぁ……あの、最初のチーム訓練の恒例なので。じゃあ手前の方からお願いしますぅ」

　促されたミラがびしっと姿勢を正す。

「は、はいっ。私はミラ・エヴァリーナ・ホルタソーレイ＝ルマディナルファーディラと申します。名前は少し長いのでミラと呼んでいただけると嬉しいです。立派な騎士になるために頑張りますっ」

「えーっと、セラフィム。意気込み？　じゃあ右に同じで」

　最後のひとり、獣人種の少年は自分の順番が来たというのに目を瞑ったまま動かない。

「あの、出来れば一言ほしいんですけどぉ……ルゥ・ヴォルグファングさん、ですよね？」

　エールがおずおずと呼びかけると、ルゥと呼ばれた少年が不機嫌そうに目を開いた。

「そんなの必要ねぇ」

「ええ！？　そ、そんなこと言われてもぉ……これからチームを組むわけですし自己紹介くらいはした方がいいんじゃないかなー、なんてわたしは思いますけど……」

「チームだぁ？　問題児の寄せ集めだろ？　あんたが言ったんじゃねーか」

「は、はぅ――っ。わ、わたしそんなこと言いましたっけ！？………………はい言ってますね。しゅみません」

　これでもかと言わんばかりに恐縮するエール。

「俺は誰ともつるむ気なんてねぇ。それに運動オンチで潜在マギアFランクとその金魚のフンなんてお荷物以外の何物でもねーだろ」

「あぅ……」

　痛いところ突かれたと言わんばかりのミラ。

　膝から崩れ落ちたふたりをセラフィムが頭を撫でて慰めていると、ルゥが苛立ったように睨みつけてくる。

「おい、いいか？　“模擬戦”で足引っ張ったりしたらタダじゃおかねーからな」

「模擬戦？」

　いきなり出てきた聞きなれない言葉にセラフィムは首を傾げた。

「せ、セラフィムくん、模擬戦とは学園で定期的に行われる訓練科目のテストのようなものです……優秀なチームは卒業後の配属先が優遇されたりするんですよ」

「そういうことだ。………………俺には成り上がらなきゃいけねー理由があるんだよ」

　ルゥが拳を握りしめながら呟く。その瞳には強い意志がこもっていた。

　ふーん。模擬戦、ね。

「ほうほう。そのようなものがあるんですね」

「……ミラ。あれだけ騎士になりたいって言ってたのに知らなかったんだ」

　セラフィムの指摘に少しバツが悪そうにミラが苦笑した。

「でも！　そうとなれば余計に頑張らなきゃですねっ」

「うるせー。だからさっきから言ってるだろ。お前らみたいのは足手まといなんだよ」

「はぅ……っ」

　またしても精神的ダメージを受けている。

「足手まといかぁ――……」

　ふとセラフィムの脳裏に疑問が浮かぶ。

「君もミラも大して変わらないと思うけどね」

　それは意趣返しとか嫌味とかではなくただ純粋な本心だった。

　ぴしり。

　セラフィムの一言であからさまに場の空気が張り詰める。

「――˝あ？　てめぇ、どういう意味だ？」

　ルゥがこめかみに青筋を立てながら見据えてくる。

そんな中、ミラとエールが耳打ちしてきた。

（フィム、大変ですっ。ルゥくんとっても怒ってますよ！）

（え？　なんで？）

（あ、あのですねぇ。彼は人狼種なので生まれつき身体能力は高いですしマギアもミラさんとはその、測定数値が……）

（そうなの？　そんなに違うかなぁ）

「てめぇら……何こそこそやってやがる」

　三人で内緒話をしていたのが癇に障ったのか、ルゥが物凄い剣幕で近づいてきた。セラフィムと向き合うと、下からえぐり込むように睨み上げてくる。

　ミラたちが心配そうに成り行きを見守っているにも関わらず、当のセラフィムは何とも思っておらず涼しい顔をしている。

　ルゥが形の良い犬歯をのぞかせてにっと笑う。

「いいこと思いついたぜ。どうせお荷物なんだ、チームにひとり居なくなるのもよぉ……ふたり居なくなるのも変わんねーよ――なぁっ！」

　言うや否や彼の右拳がセラフィムの顔へと繰り出される。

　うーん、どうしよう。

　これはふつー（・・・）当たっちゃうものなのかな。

　なんか彼すごい怒ってるみたいだし、ここは一発殴られて波風立てないようにしたほうがいいのかな……。

　セラフィムは敢えてその拳を受けることにした。

　鈍い音があたりに響き渡る。

が、拳がクリーンヒットしたセラフィムはまるで大木のようにびくともしなかった。

「な――！？」

　手を出したルゥの方が大きく後ろへと跳躍し、間合いを離す。そして信じられないといった様子で自分の拳を一瞥してからまたセラフィムをきっと睨んでくる。

「てめぇ何者だ？　相当つえーだろ」

「いや、そんなことないって。キミの攻撃だって躱せなかったわけだし」

「わざと受けたんだろうがっ。あれだけ完璧に入ったのにびくともしねーとかありえねぇ」

「完璧？　あれが？」

「˝あ˝あ？」

「……いや、なんでもない」

　ミラたちに視線を送るとふたりもルゥに同意したようにこくこくと頷いている。

「ちょっとタイム」

「はぁ！？　おま、何言って――」

　一方的に告げてからセラフィムはミラたちへと向き直った。

（フィム。怪我はないですか？）

（全然。でもなんかすごく怪しまれてるみたい）

（い、今のはいけませんよぅ。わざと喰らってノーダメなんてあんなの完全に格付け完了ムーブじゃないですかぁ）

（良かれと思って……難しい）

「おいこら、何が格付け完了だ。教師までグルんなってなに企んでやがる」

　何故か律儀に待っているルゥがこぶしを握りしめてわなわなと震えている。

（わわ、地獄耳ですぅっ。どうしましょう……ファルケちゃんからは騒ぎを起こすなって言われてるんですよぅ……。せ、セラフィムさんなんとかなりませんか？）

（わかった。誤魔化せるかもうちょっとやってみる）

（頑張ってください、フィム）

　ミラにこくりと頷いてみせてからセラフィムは振り返った。

「お待たせ。それでさっきの話だけど俺は強くなんかない。むしろ弱い部類」

「あぁ？　まだ言い訳する気かよ。だからそれじゃあさっきの一発の説明つかねーだろうが」

「あれはその……まぐれ」

「嘘つけや！　百歩譲って避けてたらそれで通るかもしれねーがもろに食らってんだぞ！　雑過ぎだろ！」

「嘘じゃない」

　ちらり。

「おいこら！　今目ぇ逸らしたじゃねーか！」

「逸らしてない。近くを虫が飛んでただけ」

「さっきから往生際わりーぞ、てめぇ！」

「これ以上は水掛け論になる。もう止めよう」

「˝ああ！？　水かけてるのはおめーだけだろうが！」

　なにやら妙な言い合いになってしまうふたり。それを察したのかルゥが小さく舌打ちした。

「……まあいい。俺はお前がどのくらいやるのか興味出てきたぜ」

　そう言うとルゥがマギアを高めていく。彼の手足がまるで光の膜で覆ったように淡く輝きだした。

「あ、あれは……っ」

　エールが小さく唸る。

「【大（グロス）・肉体強化（ヘラクル）】。人狼種は肉体強化魔法が得意とはいえ新入生でもう会得してるなんて……。ルゥさんはもしかしたら天才かもしれません……っ」

「らぁっ！」

　ルゥが吼える。

瞬間、彼の姿が消えた。

「――っ」

　咄嗟に半身になったセラフィムの横を突風が吹き抜ける。そして背後の木が大きな衝撃音とともに爆ぜた。

　セラフィムが音の方へと振り返ると、そこにはルゥの姿があった。

「ちっ。やっぱまだ制御が利かねぇ。てか、お前今避けたよなぁ」

「……まぐれ」

「まだ言うか、コラ」

　ルゥが不敵に笑って指さした。

「――え？　私、ですか？」

　今の状況についていけないでいるミラが頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

「どうしてもシラを切るってなら次はその女を狙う」

「な、ななな、何を言ってるんですか、ルゥさんっ。そんなの教師として見過ごせるわけ――」

「うるせぇっ！」

　語気を強めて言葉を遮ってくる。そしてまた【大・肉体強化】を纏うと姿勢を低く構えた。

「ルゥ。止めたほうがいい」

「てめぇ……。気安く呼んでんじゃ――ねえ！」

　ルゥが跳躍。ミラに向かって鋭い抜き手を着きだした。

　が、それは彼女に届くことはなかった。セラフィムがルゥの動きを見切って手首を掴み、寸でのところで阻止したのだ。

「な――」

攻撃を止められたルゥが大きく目を見開き、息を呑む。セラフィムは勢いを利用してそのまま投げ飛ばした。地面に打ちつけられた彼の口から「かはっ」と小さく呼吸が漏れた。

「あれ！？　え？　ふぃ、フィム！？」

　ミラからしてみれば一瞬でルゥが地面に組み伏せられたような感覚だ。混乱するのも無理はないだろう。

「……め、目で追うだけで精いっぱいでしたぁ」

　この光景にエールも瞳を瞬かせている。

「――あ。やっちゃった」

　ミラに敵意を向けられ、反射的に手が出てしまったセラフィム。慌てて拘束していたルゥを開放する。

「やっぱつえーじゃねーか、くそが」

「む……」

　こう見事にねじ伏せてしまっては先ほどまでのへ理屈もさすがに通らないだろう。ミラとエールも観念したように首を横に振っている。

　うーん……どうしたもんかな。

　ルゥが上体を起こして胡坐をかくと大きく息を吐いた。

「くっそぉ……やっぱつえー奴にはまだ敵わねぇ。こんなんじゃ全然ダメだっ」

　なにやらぶつぶつと呟いている。

「……やっぱりルゥは学園に報告したりするの？」

「あ？　なんで俺がチクるなんてだせーことしなきゃいけねーんだよ。てか、気安く呼ぶんじゃねーっての」

　ふんっと鼻を鳴らしてから彼が続ける。

「まあ“国賊の娘”の金魚のフンがこれだけつえーって知られたらまあ大問題になるだろうな。でもそんなの俺には関係ねぇ」

　荒々しい言葉遣いやすぐに手が出たりと粗暴な立ち振る舞いが目立つルゥだが、実は色々と考えが回る考えているようだった。先ほどもセラフィムの「ちょっとタイム」もなんだかんだ律儀に待っていたし、案外話は通じるのかもしれない。

　少し間を置いてからぶっきらぼうに言ってくる。

「黙っておいてやる」

「ルゥ……？」

「だから名前――て、もういい。ただし条件がある」

　ルゥがセラフィムへと座り直して、

「俺を鍛えてくれ」

　そう言って深々と頭を下げてきた。

「鍛える……？」

「お前相当つえーだろ？　俺は強くならなきゃいけねーんだ、絶対」

「そうは言われてもなぁ……。どうしたらいいのかわからないし」

「じゃあ組手！　俺の組み手の相手してくれるだけでいい！」

「……組手ってなに？」

「はぁ？　そんなことも知らねーのかよ。組手ってのはあれだよ、実戦みたいな練習で……」

「実戦なのに練習？　意味わかんないんだけど。それに本当に戦うわけじゃないんだから練習なんて意味なくない？」

「だーーーーっ。変なところで頭かてーなこいつは！」

「……あの、どうして強くなりたいんですか？」

　そのとき、ふたりの様子を窺っていたミラがおずおずと挙手する。

「˝あ˝あ？」

「いえ、どうしても気になってしまって……私も強くなりたいので」

「勝手に一緒にすんじゃねーよ。お前には関係ねーだろうが」

「ルゥ……」

　セラフィムが呼びかけて促す。それを察したルゥが不貞腐れながら話し始めた。

「……ちっ。金が要るんだよ、俺は」

「お金、ですか……？」

「俺は北部の生まれでよ。一年中雪が解けなくて作物もろくに育たねーし暮らすので精いっぱいだった。そこに家族を置いてきてんだ。家族――弟妹（チビたち）に腹いっぱいメシ食わせてやりてぇんだよ。昔から唯一の取り柄はこの腕っぷしだけだった。だから俺は騎士として成り上がってやるんだよ」

　ルゥがまるで覚悟を再確認するように拳をぎゅっと握りしめる。

　兄弟、か……。

　兄弟どころか実の両親すら誰だかわかっていないセラフィムにはイメージが沸きにくいというのが正直なところだった。しかし、大切なひとを守りたいという気持ちはなんとなく伝わった。

　ふと、セラフィムは隣に視線を移してぎょっとする。

「う、う、うう～～～～……うぇっ」

　そこではミラがこれでもかというくらい号泣していた。これにはルゥも驚いていた――というか若干引き気味である。

「な、なんでお前が泣いていやがる」

「だ、だってルゥ君が優し過ぎて～～～～……。必ず一緒に強くなりましょうっ。弟さんや妹さんといっぱい美味しいもの食べましょうねっ」

「はぁ！？　なんでお前も一緒に食うことになってんだよ！　てかお前ら気安く呼ぶんじゃねーよ」

「ぐす……フィム……私からもお願いします」

「……まあ。ミラがそう言うなら」

　セラフィムが首肯すると、ミラがまるで自分のことのように意気込んでいる。

「……ったく。なんかどうでもよくなってきたわ」

　そんな彼女にルゥが大きくため息を吐いた。

　なんとか落ち着いたところに先ほどからずっと存在感を消していたエールがまとめに入ろうとする。

「ち、チームというのはこうやって衝突と再生を繰り返して強くなるものですからねぇ。わ、わたしは信じてましたよ、あなた達なら自ら解決してくれるって……べ、別にこれ以上面倒ごとに巻き込まれたくなかったわけじゃ――あのルゥさん、そんな冷めた目で見るのはやめてください～～～～」