🔳5話
一夜明けた翌朝。
「ふぁ~~~~……」
ついさっき目が覚めたばかりのミラが上半身を起こして伸びをする。そして隣のベッドに腰を掛けていたセラフィムへと向き直った。
「おはようございます、フィム」
「……おはよう」
「晴れて良かったですね。今日も一日頑張っちゃいますよ~」
「……そだね」
セラフィムには日課があった。それは朝起きたらミラの髪を整えるというものだ。彼女は自分でもできるのだがセラフィムにセットしてもらう方が好きらしい。
椅子に座るミラの綺麗な栗色の髪を愛用のヘアブラシで梳く。彼女の髪はきめ細かくさらさらと触り心地がいい。セラフィムもこの日課はお気に入りだった。
しかし、今日はそれを楽しむような気分じゃなかった。
「……」
「……」
黙ってブラッシングをするふたり。
「フィム」
おもむろにミラが言ってくる。
「何か私に隠してますね」
「……っ」
ぎくり。
驚きのあまりセラフィムの髪を梳かしていた手が止まった。ミラが肩越しに振り返りジト目で見上げてくる。
「……してない」
「嘘です」
「嘘じゃない。なんでそう思うの?」
「だってフィムったら私に何か隠し事してるとき変な顔になるもの」
そう言ってミラが自分の目じりを人差し指で下げ、猫のような口をしてみせる。
……それはたしかに変だ。
ちょっと納得してしまうセラフィム。
「さあ。何を隠してるか言ってもらいますからねっ」
振り返り椅子に両ひざを立てると、ずいっと顔と顔を寄せてくる。こうなったミラには敵わない。
「実は……」
セラフィムは観念して昨日の夜のことを白状するしかなかった。
ところ変わって学園の生徒会長室。
セラフィムはミラとともにその前まで来ていた。
立派な扉をノックすると中から「どうぞ~」と声がある。部屋の中には正面の大きな執務用の机にちょこんとファルケが座っており、その隣には昨日と同じくエールもいた。
「やーやー、セラフィムくん昨日ぶり。あ、昨日の連中にはアタシがうまく話つけといたから安心していいわよん。 て、おや? 今日はプリンセス――ミラちゃんも一緒なのね。いいよいいよ歓迎するわ」
ファルケがニコニコしながら両手を広げて迎え入れてくる。対照的に厳しい表情のミラが尋ねる。
「話は聞きました。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「わ。わ。そんな警戒しないでよ。別に悪い話じゃないって昨日セラフィムくんにも伝えたでしょ?」
ファルケが不敵な笑みを浮かべる。
「キミも落ち着いてね、セラフィムくん。……いえ、旧ルマディナル王国の“隠し
瞬間、セラフィムは表情には出さなかったが小さく息を呑む。
……この人、なんでそのことを。
ミラも動揺を隠せないでいるようだった。
「都市伝説の類だと思ったんだけどね~、まさか本当に存在したなんてビックリね。ねえねえ、あの“聖剣”と並ぶ実力ってホントなの?」
「貴女が何を言ってるか――」
「あーあーそういうのいいから。アタシに隠し事なんてできないから」
そう言ってマギアを込めたファルケの額に大きな瞳のような光が浮かび上がる。
「これは……?」
今まで多くの魔法を見てきたセラフィムでも目の前のそれが何かわからなかった。
ファルケがゆっくりと口を開く
「【
「昨日、声をかけるまで全然気配がしなかったのも君の魔法?」
「あーあれはエールちゃん先生のおかげ。彼女の【
セラフィムが視線を向けると、エールの肩がびくりと跳ねた。居心地悪そうに指をいじりながら苦笑している。
千里眼を解いて「ふぅ」と一息つくファルケ。
「キミたちが学園都市についてからずっと見させてもらってたわ。昨日の夜のあれ。あんなの新入生が放っていいマギアじゃないでしょ。旧王族のお姫様と一緒にいてあの実力――……そこでピンときちゃったわけ」
セラフィムたちは言い訳することすらできなかった。そんなふたりの様子にファルケが肩を竦めた。
「まあキミたちの事情は分かるわ。ミラちゃんはただでさえ国中から裏切り者扱いされているのに、一緒にいるのが“隠し刃”だなんてわかったら大問題だもんね。抑留なんて生ぬるい。すぐに極刑にされてもおかしくはないわね」
ファルケがセラフィムをびしっと指さす。
「それほどキミたちの組み合わせは危険ってわけ」
それはセラフィムたちも理解していた。だからこそセラフィムは抑留されていた時もそうだったし、昨日の夜も正体がバレないように立ち回っていた。
だからセラフィムは抑留された時もそうだったし、今回も正体を明かそうとは思っていなかった。
【千里眼】か……。
それは彼にとって大きな誤算だった。
「さぁて。どうしたもんかねぇ」
ファルケが口角を吊り上げた。室内の空気が緊張をおびる。
……さすがに詰みかな。
ミラには悪いけどこの学園には居られない――。
セラフィムは如何にこの場を切り抜けるか算段を立てる。
そのとき、エールがおずおずと口を開いた。
「……ファルケちゃん。あんまり意地悪するの良くないと思うんだけど……じゃ、じゃないとほら、なんかやけくそ気味に暴れられちゃったらわたしたちじゃどうにもならないし」
「そりゃそうだ☆ それじゃ冗談はここまでにして本題に入りましょうかね~」
「「へ……?」」
セラフィムとミラの声が重なる。
「なーに驚いちゃってるの。ずっと言ってるでしょ、悪い話じゃないって」
「で、ですが……」
戸惑っているミラを制してから、ファルケが話を切りだした。
「さて。ミラちゃんは特赦の正当な権利でこの学園に入ったものの、残念ながらそれをよく思っていない生徒たちはいます。そ・こ・で・ふたりを生徒会預かりというかたちにします」
「生徒会預かり……ですか?」
「そうっ。騎士道学園の生徒会長ってクソでか権限持ってるのね。そこら辺の新米教師にはちょーっとワガママ言ったりできるしね~」
そう言いながら横目で見てくるファルケに、エールが恨みがましそうに「ぐぬぬ……」と拳を握りしめている。
「それに自慢じゃないけどアタシって結構頼りにされてるのよね~。そんなアタシが誘ったとなればミラさんへの風当たりはだいぶ和らぐはず」
ミラが顎に手を当てて真剣に考えるようにしている。そして、厳しい表情のまま尋ねた。
「その見返りがフィムってことですよね?」
「いえーす☆」
「フィムの力が必要なほどの何かが……起こるということでしょうか」
ファルケから笑顔が消える。そこには先ほどまでおどけていた彼女はいない。学園都市の中核を担う生徒会長としての姿があった。
「わからない……でもこの学園都市できな臭い動きがあるということだけは確かね。セラフィムくんにはこの町の治安維持に協力してもらいたいの。もちろんアタシが要請したときだけで構わないわ」
治安維持、か……。
ここまでのファルケの話を踏まえてセラフィムの答えはひとつだけだった。
「わかった。それでいいよ」
「ふぃ、フィム!?」
即決してしまった彼にミラが慌てている。
「だってメリット大きいよ。正直今のままだと風当たりが強すぎて学園に通うことだってままならないでしょ」
「う……っ。それはそうかもですが私が我慢すれば大丈夫ですし」
「駄目。ミラにそんな我慢させたくない」
「で、でも……フィムが危険な目に――」
「それはまあ、なんとかなるんじゃない?」
「なんとかって……また適当なこと言って……」
まだ納得していない感じのミラの頭をセラフィムは優しく撫でた。
「ミラは騎士を目指せる。俺はそのサポートができる。これでいいんだよ」
「フィム……」
その言葉にミラは小さく頷いた。
「話はまとまったかしら?」
「うん。問題ない」
「じゃあ諸々の手はずはアタシの方で整えておくとして。あ、そうだ。チーム分けも――」
机の上に山のように積み上げられた書類を慌ただしく引っ掻き回しているファルケへとセラフィムは歩み寄る。
「俺が君の手伝いでいないときはその“眼”でミラを守ってくれるんだよね?」
「ええ。もちろん」
ファルケが作業をしていた手を止めて差し出してくる。
「それじゃあよろしくね、“隠し刃”くん」
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