🔳3話

 セラフィムたちはエールに連れられ、学生寮から少し離れたところにある小さな小屋まで来ていた。

「ここは以前学生寮用の備品を仕舞っておくため作られたものなんですけどぉ……数年前に寮を改装してからはもう使われなくなっているんです」

 エールが用意していた鍵でドアを開けて「さあ。どうぞ」と促して、

「そ、それじゃあふたりにはここで生活してもらうことになりますぅ……」

 そう言ってくる。

 なぜこのようになったかというと少しだけ時間を遡る。


「え――? 相部屋の方から苦情、ですか?」

「はい……」

 エールは申し訳なさそうに頷いた。

「相部屋の生徒同士のトラブルはまあよくあることなんです。通常はお互いに話し合ってもらいまして、それでも相性が悪いようであれば部屋替えなどで対応しています」

 ですが、と前置きしてから続ける。

「今回はあのぉ、誰も承諾してくれる子がいなくてですね。その、ミラさんは少し特殊・・な事情をお持ちですので………………うぅ気まず過ぎますぅ。なんでわたしがこんなこと伝えなきゃいけないんですかねぇ」

 最後の方は愚痴になっていたが、ごにょごにょと口ごもりながら伝えてくる。

「……そう、ですか」

 ミラ……。

 少し寂しそうに苦笑する彼女の横顔をセラフィムは黙って見守っていた。

「……エール先生。私はこの学園に通ってもいいのでしょうか」

「そ、それはもちろんですっ。どんな事情があってもこの学園は希望者を拒んだりはしません。……それにわたしは絶対に反対に遭うと分かっていても騎士を目指そうとしているミラさんはすごいと思います」

「先生……ありがとうございます」

 何か彼女の中で思うところがあるのだろうか、ミラの手を取って伝えてくるエール。そんな彼女がへにゃりと眉をハの字にする。

「ただ寮のことはちょっと問題でして……。あの、実は学生寮の近くに小さな小屋があるんですけど――」

「ちょっといい?」

 ふたりの様子を窺い、小さく挙手した。

「えーっと、あなたはたしか……セラフィムさん、でしたっけ?」

 こくり。頷いてから尋ねる。

「話の流れからミラは寮じゃなくてその小屋で暮らさなきゃいけないってことだよね」

「え!? えーっと、その……は、はい」

「じゃあ俺も一緒に住む」

「ふええ!?」

 セラフィムの提案にエールが素っ頓狂な声を上げる。

「だって俺がミラと近しいやつだって遅かれ早かれ分かっちゃうでしょ。そうなったら今回みたいな苦情がまた来るんじゃない?」

「そ、それはそうかもしれませんが――っ。でもでもぉ! あなたとミラさんは異性同士じゃないですか!?」

「……? ここに来る前の抑留先でも俺たち同じような理由で同室だったけど。ね、ミラ」

「ええ。そうですね。先生、何か問題でも?」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げるセラフィムとミラ。

「な、何ってそれはその、思春期の男女、同室、何も起きないわけはなく……て、あれ!? この前読んだロマンス小説――じゃなくて崇高な哲学書にはそうあったのに……っ」

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになっているエール。

「と、とにかくっ。ちょっと上の者に訊いてくるのでちょっと待ってください~~~~」

 ……。

 …………。

 ………………。


 そして時間は今に戻る。

 セラフィムの申し出は許可が降りたとのこと。こうして学生寮に入れなかったふたりはこの小さな小屋で学園生活を暮らすことになった。

軋むドアを開けると小屋の中は長年使ってなかっただけにかびの臭いが鼻を突いた。

「確かここに“魔道具アーティファクト”が――……」

 魔道具とはマギアを流し込むことによって様々な機能が発現するもののことだ。エールが壁に設置された魔道具を使い、天井に吊り下げられていたおんぼろランプに明かりを灯す。

「……す、すみません。もっと早くわかっていたらせめてお掃除くらいはしておいたんですけど」

 室内には机や椅子、本棚などが雑多に置かれ、それらにはこんもりと埃が積もっている。隅には年代物の立派な蜘蛛の巣が張られていた。お世辞にもこれから誰かに住んでもらうというような場所ではない。

 しかし――。

「まあ! こんな素敵なお部屋、本当に頂いちゃっていいんですか!?」

 声を弾ませ目を輝かせるミラ。

 ……うん。そうなるよね。

 彼女を横目に心の中でセラフィムは頷く。

 そう、ミラはこの小屋で暮らすことにこれっっっぽっちもへこたれてなんていなかった。

「へ――?」

 エールが目を点にしている。

「い、いいんですか? あなたはきちんとした学生寮じゃなくてこんなその――ボロボロで汚れた小屋で生活しなきゃいけないんですよ? 普通に考えて嫌だと思うんですけどぉ」

「え? 全然ですよ?」

 きょとんとしながら片手をふるふると振るう。

「だって屋根付いてますし」

「や、屋根!?」

「壁に穴も開いてなさそうですし」

「穴ぁ!?」

「それにこんなに広いじゃないですか」

「これが……広い……?」

 ミラの言葉にただただ唖然としている。

「抑留地と比べれば天国ですよ~。ね、フィム」

「うん。そうだね」

 手を取って無理やり一緒に躍らせてくるのが面倒くさかったが、そこはミラの意見に同意する。

「抑留地……」

 ぽつりとそう漏らしたエールがおずおずと尋ねてくる。

「あの、ミラさん。なんでこんな生活なのに笑っていられるんですか……? あなたはそのお姫様なのに――……」

「先生。この国にもう王族なんてありませんよ。もちろんその誇りと責任は未だ私の中にはありますが」

 そう言ってミラは少し寂しそうに苦笑した。


 その後、セラフィムたちは夕食と入浴の合間をぬって部屋の掃除を進めた。その甲斐あって消灯時間にはどうにか寝どこのスペースを確保することができた。室内にあった備品のベッドにエールが持ってきてくれた寝具をセットする。

「はふぅ。数年ぶりのベッドですっ」

 感極まった様子のミラが勢いよく布団へと身を投げ出しゴロゴロと転がっている。そのせいで大きく埃が舞い上がったが、上機嫌な彼女に水を差すのが躊躇われたのでセラフィムは口には出さなかった。ゆっくりと隣のベッドへと腰を下ろす。

「一日、あっという間に終わっちゃいましたね」

「まあ色々あったけどね」

「学食のお夕飯美味しかったですね~。お野菜たっぷりのポトフ最高でした。あとミートパイ! あれも最高ですっ」

「……最高って複数あっていいものなのかな」

「いいのです。それにシャワー浴びれるのも良かったですね。抑留地とは大違いです」

「ミラ、嬉しそうだね」

 感嘆のため息を吐いていたミラがはっと我に返ったように上半身を起こして、

「あっ! でも私は遊びに来たわけじゃないですよ!? たしかにこんな良い環境に住まわせてもらってちょっと浮かれちゃってたかもしれませんが、立派な騎士になる夢は忘れてはいませんからね」

 ふんす、と少し鼻息荒く意気込んでみせた。

「そんなの疑ってないってば」

「……それよりフィムは良いんですか」

「む?」

 そんな彼女がおずおずと続ける。

「その、私なんかに付いてきて。……別に付き合わなくてもいいのに」

「ミラ。そういう言い方されるとなんか突き放されてる感じがするんだけど」

「ち、違いますっ。私はただフィムが――」

 自分のことを想っての言葉だということはセラフィムも解っていた。だからこそミラの言葉を遮るようにして彼女の頭をやさしく撫でる。

「大丈夫。俺は俺の意思でここにいるよ」

「フィム……」

 その答えにミラがほっと胸を撫で下ろす。

「……白状しますね。もしこの部屋で私ひとりで暮らさなきゃいけなくなっていたらたぶん泣いちゃっていたと思います。フィムが提案してくれて本当に安心したんです」

「そっか」

「はい。だから私はまだフィムがいないと……」

 そこまで言ってミラがぽふりとベッドに倒れた。

「ミラ……?」

 覗き込むと彼女は静かな寝息を漏らしていた。どうやらここまでの学園までの長旅もあってか相当疲れが溜まっていたらしい。

 やれやれ。相変わらず賑やかだなぁ。

 まあミラらしくていいけどね。

 セラフィムは彼女を起こさないように布団をかけてから灯りを消した。

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