🔳2話

 程なくして入学式が始まった。第一グラウンドに整列した新入生の正面にある号令台にひとりの少女が上がる。

 小柄な体躯。

きめ細やかな白い肌にほっそりとした四肢。

 紫色のウェーブがかったロングヘアを後ろで丸く纏めたハーフアップ。

 まつ毛の長い大きな瞳。

 小さい女の子……なんで?

 台上に上がった少女にセラフィムは小首を傾げる。隣のミラはあまり深く考えていなそうではあったが、他の新入生たちは彼と同様に少し困惑した様子だった。

 少女が八重歯を見せて微笑み、おもむろに右手を掲げた。その手が淡く光りはじめる。光は手のひらに集まり小さな玉となって浮かび上がり、少女が右手を翻すと空にぽーんと飛んでいった。光の玉は空の中ほどに達したところで眩い閃光とともに大きく爆ぜる。飛び散った欠片同士がぶつかり合ってまた弾けて七色の光が空一面を彩った。

『おお~~~~』

 第一グラウンドに歓声が響く。

「生徒会印の花丸花火☆ “マギア”のコントロールさえ慣れればみんなも同じようなことできるわ。まあちょっとだけコツは必要だけどね」

 そう言って少女がウィンクしてみせる。

マギアとはこの世界で魔法を使うために必要な物質で大抵の生物には備わっている。人間種は第二次成長期くらいからマギアを自在に発現できるようになることが多いが、もっと早い時期に使いこなせる種族もいたりする。

 魔法はイメージ力とマギアの総量、マギアは素質と鍛錬によってそのレベルが決まってくる。

「てなわけで入学おめでと~。アタシはこの学園の三年生で生徒会長してるファルケ・アールグレインでーす」

 ファルケと名乗った少女が言った。

『あんな小さい子が生徒会長……?』『てか、アールグレインって――』『聞き間違いじゃないよな?』

 新入生がどよめいている。

「ミラ。あの人ってそんな有名なの?」

「あ、はい。同姓同名じゃなければ生徒会長さんのお父様はアールグレイン副師団長――今の大統領のはずですね。先の戦争でヴィオ連邦の侵略を食い止めて王国から共和国の転換に成功させた英雄です」

「ふーん……」

 アールグレイン、どこかで聞いたような気が……。

 セラフィムがそんなことを考えている間にもファルケの話は続く。

「気付いてる子も多いみたいだけど父は大統領やってまーす。あ! だからってコネでこの学園の生徒会長になったわけじゃないからね。アタシ、そういう風に言われるのと年齢より若く思われるの嫌いだから。もしそんなフトドキモノを見つけたらそこは父に頼んで開拓地送りにしてもらっちゃおうかしらね~。ちなみにアタシ目ざといから気を付けたほうがいいよ、あはは~」

 その言葉に水を打ったように第一グラウンドが静まり返る。

「や、やだなぁ。かるーい冗談だってば冗談☆」

 そう付け足すがやや手遅れ気味。ファルケは仕切り直すように「こほん」と咳ばらいをしてから何事もなかったかのように口を開いた。

「えーっと、まずは新入生の皆さんルマディナル騎士道学園へようこそ。ここは将来騎士になるための知識と技能を身につけるための学園です。まあ騎士とは言っても今は形骸化してて別にお馬さんに乗ってる人だけじゃなく広い意味で国防を担う要員ということね」

 ファルケが先ほどまでのおちゃらけた態度から真面目な表情へと変わる。

「戦争から五年も経っていて今は平和に見えるかもしれないけれど、水面下ではこの国の情勢は非常に厳しいものとなっています。そのため防衛力の強化は急務。あなた達がいかに立派な騎士になれるかがこの国の未来を担っていると言っても過言じゃないの」

 そう言ってグラウンドの新入生をじっと見まわした。そしてほっと息を吐いてから続ける。

「まあちょっと脅かすようになっちゃったけど、たぶん最初は学園の授業こなすだけで大変だろうから今は頭の片隅にでも入れといてちょーだい。生徒会長として新入生のみんなにはかなーり期待しています。アタシの見立てでは今年は優秀そうな子が揃ってるから、ね」

 またウィンクしてみせるファルケ。

「む?」

 今、目が合ったような――……。

「生徒会長さんが期待してくれてるなんてとても気合が入っちゃいますね――て、どうかしましたか? フィム」

「……いや、なんでもない」

 別に気に留めるようなものではなかったのでセラフィムは黙っておくことにした。

 その後、入学式はそつなく進んでいき終了した。

 入学式の後は学園内の案内になる。前述したとおりの広い学園だったので一通り見回って解散となったときにはもう日が落ちようとしていた。


 学園は基本的に男女別の全寮制になっている。セラフィムは男子寮、ミラは女子寮なので別校となる。

「……本当に大丈夫?」

「ですから心配いりませんってば。相変わらずフィムは心配性ですね」

「だってミラ寝起き悪いでしょ。ひとりで起きられるの?」

「あぅ……それはその、なんとか頑張りますっ」

「うーん……それにさっきみたいに因縁つけられた時にすぐに駆けつけるのが難しいからなぁ。やっぱり学校なんてやめた方が――」

 ミラが少し背伸びをしながらセラフィムの頭をやさしく撫でてくる。

「大丈夫ですよ。私だっていつまでも子供じゃないんですから。それにこれはもう決めたことです」

「ミラ……」

 穏やかな口調ではあるが彼女の瞳の奥には強い意志が見えた。そうなるとセラフィムには選択肢などない。

「……わかった。信じる」

「はいっ」

 そう言ってミラは花が咲いたような笑顔を見せた。

「それじゃあフィム。また明日」

「寝坊、気を付けなよ」

「わ、わかってますってば」

 ふたりが解散しようとしたとき、

「あ、あの、すみませんっ」

 不意に後ろから声をかけられる。

 おさげに結った緑色ロングヘア。

 丸メガネに今にも泣きだしそうなタレ目。

 教員用の制服に身を包んでおり、その上からでも女性らしい流線形が見てとれる。

 振り返るとそこには眉をハの字にしたどこか幸薄そうな若い女性がいた。

「つ、つかぬことをお伺いしますけど、あなたがルマディナル第二王子……じゃなくて新入生のミラさんですよね?」

 か細い声でそう尋ねてくる。

 そんな彼女にミラが答えた。

「そうですけど――失礼ですが先生は?」

「はわっ! すみませんすみませんっ。人に名前を尋ねるならまず自分から名乗るのが当たり前ですよね。わたしったらもう先生だっていうのに駄目だなぁ」

 大きく深呼吸をしてから女性教師が名乗る。

「わ、わたしエール・フォーチューンって言いまして……去年からこの学園に務めさせてもらっていますぅ」

「エール先生、はじめまして。あの、それで私に何かご用でしょうか」

「は、はい……実は折り入ってお願いがありまして……」

 エールが胸元で指をいじりながら言いづらそうにしている。そんな彼女の様子にセラフィムとミラは視線を交わした。

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