第一話 まっすぐ怒れ(6)


     6


 冬休みに入ってすぐ、風歌は同志の一人から、一通のメッセージをスマホに受け取った。

 次の日曜、みんなで遠埜さんの手伝いに行こうって話になったんだけど、沢本さん、あなたも一緒にどう? 部活が忙しくないようならだけど――。

 冬休みに限らず、マイコン部の活動はいつも無いに等しかったが、即答しかねたので子細をうかがうと、どうやら、某外国人学校に通う生徒たちを中傷する集会が秋葉原近くの練成れんせい公園という所で予定されており、それに対し、霧をはじめ、多くの市民らが抗議に赴くのだという。以前の風歌ならまったくピンと来ない話だったが、世の中にはいろいろな人たちがいて、そうであるからには、罪なき生徒を苦しめる理不尽な大人もいるのだろう――と今では思える。厳格な校風の母校を相手に、とにもかくにも闘い抜いた風歌たちにとっては、もはや、さほど他人事とも思えない話だった。

 それに、霧の呪縛は、すでに風歌の体にも深く食い込んでしまっている。悔しいが、その自覚が風歌にはある。霧という人間について、こちらはまだろくに知らないのに、一方的に否応なく束縛されるのは面白くない。

 あるいは、霧ともっと対話を重ねれば、より理解し合えるのかもしれない――。

「り アキバならあとで遊べるね」

 了解の旨を、風歌は送信した。


 当日、風歌は誘ってくれた子たち数名とともに、その時間、その場所を訪れた。事前に聞いていた話と違って、仲間うちの大半が姿を現さなかった。どのような真意か、「苦笑」を意味する顔文字やスタンプとともに、誘いを断るメッセージを送ってきた者が予想以上にいたためだ。心から申し訳なさそうにはしていたものの、やはり参加をキャンセルしてきた者も相応にいた。

 厳密には、現地へは三十分ほど遅れて到着した。待ち合わせ場所に遅れてきた子が一人いたためだ。遅くまで深夜ラジオを聴いていたため寝坊してしまい、食事も摂らずに家を飛び出してきた風歌だった。さらに細かい訂正を加えると、彼女たちの誰も目的地の練成公園にはたどり着けなかった。警察に、なぜか入園を阻まれてしまったからだ。

 入り口前に警官が二人ばかり並んで立っており、何か事件でもあったのかなどと言い合いながら怖々こわごわ進んでいったところ、すれ違う寸前で警官の一人がスッと身を一つ横に動かして風歌たちの前を遮り、素っ気なく質問してきたのだ。

「どちら側?」

「え、どっちって? 何が?」

 誰も意味が分からず答えに窮する。互いの顔を見合わせる風歌たちに、当警官はぶっきらぼうに告げた。

「今、入れないから」

 そのまま先頭の子の両肩に触れ、やや強めに突き出す。

 よろめいた子をとっさに後ろで支えた子が、ムッとした顔つきで質問をぶつけた。

「なんで入れないんですか」

「ご協力お願いします」

 もう一人の警官が、今度は言葉遣いだけは恭しく要請してきた。別の子が同じ質問を繰り返したが、「ほかの方たちにもお願いしておりますので」だの、「困るんですよ」だのと、やはり回答にもならない回答ばかり返ってきて、まともな問答にならない。

 納得がいかないので、風歌たちは別の進入路を探すことにした。

 スマホの地図とにらめっこしながら、公園を含む四角い一区画をぐるりと一回りしてみる。しかし目的地へと続く道は、細い路地に至るまで、どこも同じように鉄柵と数人の警官たちによって封鎖されていた。

「どうしよっか……?」

 風歌たちは横断歩道を渡り、当区画から車道一本隔てた向こう側で、互いの顔を見合わせながら途方に暮れた。

 すると程なく、公園がある右手奥から、何やら旭日旗の群れが、けたたましい騒音とともに現れてきたではないか。

 右折し、こちらに向かってくる。

 なになに?

 風歌たちは、そろって目を丸くした。

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