第五章 戴冠式⑩
――幼い少女だ。服装から随分昔の時代だとわかる。寂しい
「かみさま、かみさま。お花をどうぞ」
少女は掌に握られた小さな白い花を神様の前に差し出した。
「裏庭に咲いていたお花です。とてもきれいでしょう?」
少女は
「一面に咲いているのです。かみさまにも見せてあげたいけれど、かみさまはここから動くことができないのですよね」
少女は残念そうに眉尻を下げた。くるくると変わる表情は見ていて飽きない。人間の子供とは本当に
「私に花を咲かせる力があれば、かみさまにも色んな花畑を見せてあげられますね」
目を潤ませて空想を述べる少女は、本当に楽しそうだった。
「かみさま、私花を咲かせる力が欲しいです。もしできるようになったら、一番にかみさまに見せてあげますね」
少女はそう言い残して自分の家に帰っていった。
無垢な笑顔を向ける少女がくれた花を摘まむと、身体の中心が温かく
あの子の嬉しそうな笑顔を守りたいと思った。だから彼女に祝福を与えた。彼女の願いを叶えてあげた。彼女と彼女の子孫が未来永劫末永く暮らせるよう力を使った。
――それ以来少女は姿を見せなくなった。その代わりに、違う人間たちが供え物を持って神様の元を訪れるようになった。
「かみさま、かみさま。私に清水を湧かせる力をお与えください」
「ああ恐れ多き神よ。私の身体を米に変えてはくださらんか? もう皆は飢えています。かみさま、かみさま。どうか、どうか」
神は幾度となく請われ、そしてその願いを律義に聞き届けた。神が力を与えた者は、皆望んだものを身体から生み出すことができるようになったという。
神の前にはいつしか行列ができ、大量の供え物が並ぶようになった。やがて神をまつるための御殿が作られ、立派な神宮となった。
神は頼られることが嬉しくなって彼らの要望に応え続けた。そして最初に供え物をしてくれた少女の事を忘れてしまうくらい長い年月の後で、ある日その少年が現れた。
「かみさま、僕に金を生み出す力をください」
少年が思いつめた顔で尋ねてきてそう言った。
だから神は要望を聞き入れた。少年の身体から無尽蔵に金塊が湧き出てくるようにしてやった。自分の口から吐き出された金塊を見て少年は喜ぶかと思ったが、何故か一層絶望した顔をして神宮を去って行った。
数か月後、少年の暮らす村で村人同士が殺し合いをはじめ、その村は壊滅した。
原因は金塊を生み出す少年だった。神の力の生贄になった彼の所有権を巡り、村の権力者同士が争った。村は血で覆われ死肉の
神はこの力を与えた事を後悔した。そして愚かな神はその時初めて、今まで力を与えた者たちが周囲の人間から奇異の目で見られ、迫害されていた事を知る。
数百年ぶりに花をくれた少女の事を思い出した。彼女が一体どんな最期を
この力は呪いの力だ。
神は過ちを犯した事に気づいた。だが、すでに大勢に振舞った神の力は人間の血の中で受け継がれ、新たな赤子がその加護を得るようになった。神の力を受け継ぐ者は、すでに神ですら止められない程
――私は愚かだった。
神は一人で泣いた。
――私は誰も救えない。
救ったはずの人間は皆不幸になった。どうすればいいかわからなかった。
――誰かあの憐れな者たちを救ってくれ。
そう願って最初に生み出したのは三人の従者。そして、三人の従者に命じて連れ去った五人の人間に力を与えた。
お前たちの同胞を守れ。私は何も命じられない、お前たちに全て
そう言い聞かせて、五人の人間を世に還した。
「それが咲人と五帝の始まりか」
長い長い、神の記憶を垣間見た鐵は胸がいっぱいになって
鐵は腕の中の眞白の頬を撫でた。鱗の頬に自分の血が付いてしまったが、それでも、彼女が腕の中にいる事が嬉しくて何度も彼女の頬を撫でる。
「神様、俺たちは無力だな」
白い影が蠢いた。
「俺もずっと悔いてたんだ。無力な自分が誰かを管理する立場にあっていいのかって。そんな力があったって、必ず救えるわけじゃないのに」
五帝は何も出来ない。その真実に打ちのめされて、五帝になった事を後悔した事もあった。でも、
「――あんたも同じだったんだな」
その力を与えた神がこれではしようがない。神にさえ出来ない事が、一人間になせるはずもない。そう思うと、心のわだかまりは解け身体が軽くなっていく。
「でも俺は逃げないよ。たとえすべての咲人を救えなくたって、俺は――こいつのために戦うから」
腕の中で眠る人の形を成さない少女を鐵はこの世の何よりも強く抱きしめた。
「神様、俺に力をくれてありがとう。あんたが俺を五帝に認めてくれたおかげで、俺はまだこいつのために生きれるよ」
その瞬間、影が嬉しそうに笑った気がした。数度揺れて、満足そうに頷いた。
やがて影は薄らいで、その靄は本殿の方に飛んでいく。またあの厚い御簾の向こうでこの世の事を憂うのだろうか。
ボーン
神の声がする。その声は何度かこだまして、ゆっくりと遠ざかる。
やはり言葉は聞き取れない。でも、
――ありがとな、洸輔。
不思議な事に、神の代わりにかつての養父が笑ってくれた気がしたのだ。
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