第57話 魔王と二度目の語り合い

 

 魔王とは、何だろうか。


 勇者と敵対する魔族の者か。

 近づく人を絶望させる者か。

 欲望のままに蹂躙する者か。

 史上最強の魔法を使う者か。

 全世界の脅威となった者か。


 誰よりも長く強く、欲望と混ざり合った者か。


 彼自身もまた、その答えをずっと探していたのだろう。


 他人に拒まれ続け、自分の欲望を拒み続けた。

 全てを敵に回しても、悪となって生き延びた。

 たった一つの終わりを求めて。


 だから俺は知っているだ。



 きっとアイツは……




 □□□



 白く立ち込める濃霧。

 光は見えず、灰色に染まった世界。

 風が吹き荒れ、目の前で霧が次々と形を変えて流れていく。

 よく見てみれば、その形は俺の知っているものだった。


 勇者の聖剣、賢者の杖、魔封じの腕輪……


 霧は様々な形を成しては消え、別の姿に移っていく。

 外で戦う勇者たちが影響しているのだろうか。


「精神世界、か」


 俺は今、魔王の魔力と溶け合った状態だ。

 元々魔王が得意とした、自分を魔力に変換する魔法。

 それを借りて、俺は精神を身体から分離した。

 目的は、勇者たちの協力で弱り切った魔力の意識を、内側から消滅させること。


 どうやって?


 魔力が中途半端に意識を持った状態の今、コイツには微弱ながら意識がある。

 ならば、かつてやられたことをやり返す。

 俺がコイツの精神を乗っ取ってしまえばいい。


「だから、まずは魔力の核となる意識を探さなきゃいけないんだけど」


 周囲をグルリと目をやっても、一向に見つかる気配がない。

 この無限に空間が続く感じは前にもあった。

 俺はかつて魔王と対峙したことを思い出す。

 あの時は黒い丘で、魔王と語り合ったんだっけ。


 ただし、今回は足場も曖昧な感触しかない。

 粘土の上を歩いているみたいだ。

 これはきっと、魔力の意識が作りかけだから。

 所詮は魔力の集合体、あまり精神構造がしっかりしてないのかも。


「待てよ、だったら魔力が集まるところに向かえば良いか」


 このモヤモヤが微弱な意志の塊だとすれば、より濃い方に進めばいいのでは。

 他の方法も思いつかないし、試す価値はある。

 とりあえず俺は前へ歩き出した。


 捜索から数分、俺はあることを発見する。

 それはこの世界に流れる風のこと。

 初めはデタラメに吹き荒れているのかと思っていた。

 けれど、数分ばかり探索して分かった。

 この気流は、渦を巻くようにして一点へ向かっている。

 小さな竜巻のイメージだ。

 当然中心に近いと、霧の濃度も高くなる。

 俺の視界は真っ白になり、目を開ける意味をなくす。


 代わりに、背後で誰かが囁いた。


「……ホシイ……」


 右の耳元にかかる息。

 俺はバッと背後を振り返る。

 だが、周囲を白霧包まれているせいで、人影を見つけることはできない。


「……ホシイ……」


 また声が聞こえた。

 しかも、一つだけではない。

 あちこちから、コダマのように声が響いてくる。


「……ホシイ……肉体ガ……」


「ホシイ……勝利ガホシイ……!」


「魔法ヲ……世界ヲ支配スル魔法ヲ!」「食物……何カ喰エル物ハナイカ?」「知識ガ、足リナイ!モットダ!」「アノ武器ィ……奪ッテヤル!!」「安心ガ、絶対ナル安ラギヲ求メン……」「死ニタクナイ!永遠ノ命ヲ、手ニ入レテヤル!!」「ホシイ、欲シクテタマラナイイイイッッッ!!」



 同じ声のくせに、話す内容は全くバラバラ。

 それが次々と湧き出てくるのだ。

 立ち止まっていると気が狂いそうになる。

 俺は急いで走り出した。



「ハアッ、ハアッ……」


 煙が肌を伝い、冷えた空気が頬を撫でる。

 鼻から体内に流れ込むのは、汚れきった欲望という感情。

 長居してはいけない。

 ここは、あの魔王を絶望まで導いた力の権化なのだ。

 あんまり居座り続けると、あの声たちに取り込まれてしまう。

 早く、霧の核となる場所へ辿り着かなければ。


「とか思ってみても、どこ歩いてるか全然分からないぞ!!」


 強く吹く風は、既に暴風と呼ぶに相応しい。

 声も歩むほどに数が増し、囁きから怒鳴り声まで聞こえてくる。

 欲しい、ただその言葉を何度も叫んでいる。

 目を瞑っても、耳を塞いでも響いてくる。

 単純であるがゆえに最悪で、息が詰まりそうになる。


 けれど、ここで負ける訳にいかない。

 俺は自らを鼓舞しようと声を上げ、がむしゃらに足を動かした。


「ハァ、俺はッ、ここで折れたりなんか、してやるかああああ!!」




 ブワッ




 不意に、周囲から全てが消え去った。



 俺に纏わりつく濃霧も、


 欲望の蛙鳴蝉噪も、


 一瞬で消えた。



「……?」


 俺は薄っすらと目を開けて辺りを見回す。

 どうやら霧の世界から離された場所らしい。

 半径50mにも満たない円状の領域がハッキリと目に入る。

 その四方には、白い煙が壁のように立ち込めていた。


「……ここは何だ?台風の目か?」


 相変わらず灰色の空とグニャリとした地面だから、精神世界の中だろうけど。

 そして中央には黒っぽい塊。

 よく見ると、人の形をしていなくもない。


「まさか、この世界の中心?」


 口に出した瞬間、それは確信に変わる。




「……ホシイ……」



 それは、ハッキリと呟かれた。

 欲望のままの声ではなく、意思の籠った言葉だった。

 自分に言い聞かせるように語り、奴は息を吐く。



 コイツが……絶望の塊。


 俺の倒すべき相手。

 魔王になろうとする、暴走した魔力。


 でも……意識があるにしては余りにも、雰囲気が違う。

 前回に俺たちが戦った魔王の魔力は、ふざけた振りをしつつも狡猾なやつだった。

 だが今のこいつは、空っぽの赤ん坊だ。

 思ったことを次々と呟く考えなしと、さっきのアイツは性格が違いすぎる。

 もしかして第二、第三の人格もあるのか?


 ……流石に、それはないな。

 だったら前回のお時点で、俺を殺せているはず。

 それにこの精神世界、もし多重人格なら、台風の目も複数あるはず。

 俺がここに来た時点で他の点は見つからなかったし、大丈夫だろう。



 さて。


 俺は奴への作戦を練ろうとした。

 今なら不意打ちで倒せるかもしれない。

 などと考えていたとき、奴はもう一言呟いた。



「欲シクナケレバ、俺ハ俺ジャア無クナル」





「随分と狂った感情だな」




 気付けば、自然と声が出ていた。

 ……俺もアイツと同類だったらしい。

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