第56話 魔王は再び混じり合う

「……それで?具体的にはどう……」


 言葉を発した矢先、賢者は顔を歪ませた。

 伸ばした手から汗が溢れ、虹色の髪が風で乱れる。

 それでも無表情を貫けるのは、彼女のプライドによるものだろう。


「ハァ……ハァ……、具体的にはどうするつもりかしら」


「それなんだが、賢者たちに余裕はあるか?」


 勇者と賢者は魔王の魔力を吸収している。

 残る二人は魔法による浄化で支援する。

 だが、彼らにも限界は来る。

 今は自ら魔力を吸収しているが、前回のループ同様、身体の指揮権を奪われる可能性は十分ある。


「無理だと思ったら、すぐに手を下ろして休んでくれ。絶対に、死ぬ瞬間まで頑張ろうとしないでくれ」


「ハハッ!!自分を棚に上げるとはこのことだ!!お前がくたばらない限り、俺たちは戦い続けるさッ!!」


「勇者……ああ、だったら俺は期待に応えるまでだ」


 意地っ張りな勇者の皮肉に、俺も強がって見せた。

 彼らが、俺を支えてくれると信じて。



 さて、ここからが正念場だ。


「賢者、勇者。お前たちは一度、魔力の吸収を止めてくれ」


「……それは、何か意味があることなのかしら」


「当然だ。さっきまでとは違う、作戦があってのことだ」



 俺の手元にあるのは、魔王の知識。

 その中で、この場に最適な魔法を探し出す。


「強力な魔法ほど、その準備も大変だ。魔力を吸収する魔法も、元々部屋にあった魔法陣があったからこそ発動できた」


 もし一から取り掛かれば、軽く半日はかかるだろう。

 他の大規模魔法も同様に時間がない。

 そもそも魔法初心者の俺にとって、思い通りに魔力を操るのさえ厳しい。

 さっきの、眼前の全てを吸い込め!!、みたいならいけるのだが。

 空間移動、時間停止、絶対零度……そんなの不可能だ。




 でも、俺が使用している魔法ならば?



「……なるほど、ね」


 賢者は言葉の意味を察したらしい。

 少し遅れて戦士も、何かに気付いたようだ。

 目線を天井に向けたまま、それぞれが俺に向かって語りかける。


「だったら試すと良いかしら」


「よく分からないが、やってみろ!!元・魔王!!」


「勇者……貴方は本当に分かってないみたいだから、私に合わせて吸収を止めなさい」


「……つまり、あの魔法ですか。確かに、一番厄介な効果ですが……」


 口に手を当てて考え込む戦士。

 そして射手は、一人だけ取り残されたことに気付いたらしい。

 焦るあまり、戦士の首元を掴みかかる。


「ねえ!一体何しようっていうの!?戦士、教えてよ!ねえ、戦士ったら!」


「と、とりあえず手を離して下さい。ちょ、揺さぶら、ないで、グラ、グラ、する」


「何言ってるか聞こえないわよ!ハッキリと言いなさい!」




 彼らの会話を聞きつつも、俺は身体の内側へ意識を向けていく。

 脈打ち流れる血液。

 神経の先の先。

 蠢めく力。

 魔力の塊。


 全身に染み渡る、ドロリとした液体。

 力を込めれば呼応し、俺の精神と混ざり合う。


「魔王は自分の強欲に打ち負けた。けれども、最後まで抗った」


 身体に篭っていた力が抜けていき、代わりに生まれる新たな感覚。

 重力から脱したように、フワリと意識が宙を舞い始める。


「この魔法は、彼が俺に残したもの。いや、結果的に残ったものか」



 ーー魂を魔力に変換する。



 それこそが、俺の切り札。

 かつて魔王がそうしたように、俺も他の精神と混ざり合う。

 目指す先は魔力の渦。


 二つの魔力が混ざり合い、そこに二つの意識が存在するならば。

 当然精神は互いに干渉しつつ、相手を飲み込もうとする。

 例えば、あの時の俺と魔王みたいに。

 俺の作戦はただ一つ。



 魔王の魔力の精神を、俺の精神力で取り込むこと。


(さあて、もう後戻りはできないな)


 呟いてみたけれど、いつものことじゃないかと自嘲した。

 前にしか進めないのが人生で、俺はそう生きると誓ったのだ。


(大丈夫、俺には信じられる仲間がいる。心が折れたって、諦めない俺がいる)


 俺は、全てを信じている。


 渦巻く魔力の流れに身を任せ、俺はその中心に向かって進み出した。




 □□□



 ……ホシイ。


 何ガ欲シイノカ?

 手ニ入ルモノナラ、全テガ欲シイ。

 何故欲シクナルノカ?

 ソノ理由モ欲シクナル。


「欲シクナケレバ、俺ハ俺ジャア無クナル」


 俺トハ何カ?

 欲望ノ塊、ナノカ?


 違ウ!!


 俺ハ魔王ダッ!!


 略奪シ、強奪シ、全テノ支配者ニナル者ダ。

 ダカラ欲シイ、欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ……



「随分と狂った感情だな」


 誰ダ!?

 コノ魔王ノ精神ニ直接語リカケルトハ……アア、思イ出シタゾ。

 貴様、我ガ身体ヲ奪ッタ反逆者デハナイカ。


「なるほど、知能も結構高くなっているな。丁度良いタイミングだったってことか」


 魔王ノ身体ヲ、今スグ俺ノ元へ返スガ良イ。

 アレハ魔王デアル俺ノ物ダ。

 貴様ナドガ触レテ良イ筈ガ無イノダ。


「まあ待てよ。俺はお前に質問したいんだ。もしお前が、それに答えられたら何でも言うことを聴くさ」



 ……フン。


 酔狂ナ事ヲ申ス。

 ナラバ今スグ問ウテミロ。

 コノ俺ガ、貴様ヲ粉微塵ニスル前ニ。


「へえ、魔王としての人格もあるのか」


 全テノ上ニ君臨スル俺ガ、王タル振ル舞イヲスルノハ当然ダ。

 貴様が気ニ食ワヌ態度ヲトラナイ限ハナ。


「じゃあ三つ聞きたい事があるんだが、まずは一つ」


 勿体ブルナ。

 早ク要件ヲ言エ。





「……お前は、生きているのか?」




 ……?




 何ヲ言ッテイルノダ?



 生キテイルニ決マッテイルダロウ。

 俺此処ニ居ル、其レガ証拠ダ。


「そうか、だったら次の質問だ」


 マタ下ラヌ問イ掛ケヲスルノカ。

 意味ガ有ル事ナノダロウナ?




「お前の、一番欲しいものは何だ?」




 ホウ……今度ノ質問ハ中々愉快ダ。


 俺ガ一番ニ望ム物カ……考エテモ見ナカッタナ。


 全テヲ欲スル俺ニハ、イズレ全テガ手ニ入ル。

 ダカラ疑問ニ思ウ余地スラ無カッタノダガ。



「……敢エテ回答スルナラバ、即ち『永遠』ダ」


「永遠、かあ。それはどうして?」


 コノ世界ハ続々ト新タナ物ガ登場シテハ消エテイク。

 然ルニ、俺ハ生キ続ケル必要ガ有るノダ。


 全テヲ、手ニ入レル為ニ。



「そうか……それで安心したよ」


 何ダト?

 今ノ会話ノ何処ニ、貴様ガ安心スル箇所ガアッタ?



「そうだな……俺はさ、一つ疑問があったんだよ。ありとあらゆる欲望ノ塊であるお前が、どうして魔王になりたがっているのかって」


 其レガ、ドウシタ?

 マサカ最後ノ質問ガ、ソレナノカ?


「いいや違う。既に答えは得たんだ。お前が魔王に拘ったのは、お前が生きたいって願っているからなんだよ」


 ソンナ事、尋ネル迄モ無イ。

 生物ガ生キヨウトスルノハ、当然デハナイカ。


「そうだ。俺も勇者も賢者も戦士も射手も、全員が生還したいと思っている。けれど、お前は違う」


 何故ダ?

 俺ハ質問ニ対シ、永遠ガ欲シイ、ト答エタ。

 此レガ、俺ノ生キル意志ノ証明デナクして、何ニナルトイウノダ。

 理由ガ知リタイ。

 俺ハ其ノ理由ヲ欲スル。


 ……貴様、何ヲ笑ッテイル?



「ハハハ。いやさ、そんなに知りたいのか?……お前が負けることになっても」



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