第55話 勇者を再び信じてく


「賢者アアア、貴様ヲ手ニ入レルウウウウウッッッ!!!」


 頭上を埋め尽くす魔力の唸り声。

 対して賢者は皮肉で答える。


「……ッ、生憎だけれど、私はそんなに軽い女ではないのよ!!」



 俺は呆然とするしかなかった。



 誰も傷つけず、最高の方法を見つけたつもりだった。


 俺さえ耐えれば、魔王を倒すことができる。

 たったそれだけで、世界が救われるはずだったのに。


 今、犠牲が増えてしまった。

 大切な仲間が、目の前で苦しみ始める。



「賢者あああッ!!」



 天井を覆う、雷雲のごとくドス黒い魔力。

 それが中央から発する光線に吸い取られ、低い音を立てながら、部屋の中央に集まってくる。

 今この瞬間にも、賢者の元へ。

 絶望を孕んだ魔力が、渦巻いている。


「お前、何やってんだ!?自分のしたことが分かってんのか!?」


 湧き上がる汚れた魔力に顔を歪ませながら、賢者は答えた。


「グッ……もちろん、かしら。私は賢者よ……この魔法の効果も理解しているわ」


 強ぶってはいるが、腕が小刻みに震えている。


「嘘だッ!!その魔法を、俺と役目を交換するってことは……!!」


 俺が使った魔法の効果は、周囲の魔力を使用者の中へ押し留めること。

 もし途中で発動者が誰かと入れ替わって仕舞えば、魔力の流れは……


「私に流れ込む、ってことでしょう?……ッ、思ってたより辛いかもしれないわね」


 彼女の強がりに、俺は怒鳴った。


「だったらどうしてッ!!魔王の魔力を吸い込めば、死ぬまでソイツに取り憑かれるんだぞ!!」


 消えることのない渇望が、

 終わることのない絶望が、

 自分の精神を永遠に蝕み続ける恐怖。

 それに賢者が耐え切れるはずない。

 でも、既に賢者は両手を天に掲げ、頭上の黒い塊を吸収してしまっている。


 俺は慌てて起き上がろうとする。

 ずっと魔王の魔力を取り続けたせいか、上手く身体が動かせず、手間取ってしまう。

 賢者はそんな俺の姿を見下ろすと、静かにたしなめた。


「……その様子だと、しばらく休んでいた方が良いかしら……ね!」


「賢者ダメだッ!!今すぐ俺と役目を代われ!!」


「注意が遅いかしら……ッ!私はもう ……魔力を吸ってしまったわ……ッ」


「……」


 後悔しても、どうにもならない。

 賢者を、仲間を傷つけずに、魔王を倒すことはできなくなってしまった。

 だったら俺は何をすべきだ?


 そんなこと分かっている


 何も、できない。


「畜生ッ!!俺は……!!」



「おいおい、どうしたんだ?そんな暗い顔をして」


 不意に、肩を叩かれた。

 俺は振り向き、相手の顔を見る。


「勇者……」


「一体お前は、何を悔しがっているんだ?」


 彼は首を傾げつつも、俺の手を引っ張り上げる。

 俺は反動で起き上がり、フラフラとしながらも勇者に頼み込む。


「……はやく賢者を止めてくれ。これ以上魔力を吸えば、賢者は壊れてしまうかも……」


「そうだな。ならば俺も手伝う必要がある」


 ……何だって?


 俺がそう尋ねるよりも早く、勇者は聖剣を抜いた。

 銀色の刃が姿をみせ、彼は天井に向けて突き伸ばす。


「我が聖剣を以ってしても、すべては吸い取りきれないな。流石は魔王の魔力だ」


 勇者の呟いた意味、俺はしばらく理解できなかった。

 思い出せたのは、勇者が聖剣を俺に刺して、魔力を奪い去ろうとした記憶。

 そうして俺が彼の行動を予測したとき、既に彼は聖剣に力を込めていた。


「ハアッ!!」


 勇者の気合と共に、聖剣は緑色の輝きを放ち始める。

 この光を、俺は見たことがある。


「魔王の根源たる魔力よ、真なる浄化の力を見るがいい!!」


 ギュルルルルル


 彼が呪文を言い終わると同時に、新たな竜巻が聖剣の上に作られる。

 周囲に暴風が吹き荒れ、近くに立つ俺は目を瞑った。


「俺も、二人以上に活躍しないとな!!」


 黒雲が螺旋を作り、聖剣の先端一点に吸い込まれていく。

 空気が震え、床がしなり、勇者がその中心で魔力を受け止める。

 同時に、勇者の身体に魔力の流れを感じた。


「ハハハ、魔王の魔力よ!!俺を飲み込もうとするか!!いいだろう、受けて立つ!!」


「違ウッ!!俺ガ、魔王ダアアアアアアアッッ!!」


 勇者の言葉に反応し、魔力の勢いは更に増していく。

 黒い魔力が一層濃くなり、流石の勇者にも額に汗が滲んだ。


「グオッ!?この精神汚染は、中々キツいものがあるなッ!!」


 俺は、俺の思考は、彼らの行動を受け入れられない。

 なぜ自ら進んで、この汚れきった魔力を取り込もうとするのか。

 全て俺に任せておけば、心身共に傷つくことなく、望む結果が手に入るというのに。



「驚いたでしょ?」


 俺は声のした方を向く。

 そこでは、射手が笑顔を見せていた。

 金に艶めく髪が風に舞い、手に持った弓も白く輝き始める。


「貴方、本当にビックリしたって顔してるもの。まあ、勇者と初対面の人は、大抵その表情を浮かべるけどね」


「だって、おかしいだろ!?彼らが無茶する必要なんてないのに!!」


「それが貴方の常識?」


 率直に尋ねられ、俺は素直に頷く。

 危険を避けられるなら、誰だってそうする。

 こんなに当たり前な事実の、何がおかしいのか。


 このままでは勇者たちは魔王の魔力に操られる。

 同じ悲劇を二度繰り返すことになる。

 そう思ったから、俺は彼らに頼らない方法を、危険に陥らせない方法を……


「だったら、貴方は一生勇者に追い付けないわよ」


 射手はハッキリと告げた。

 背中に担いだ矢筒に手を伸ばしながら、彼女は口を動かし続ける。



「何しろ私たち、勇者パーティーだもの。危険の中に飛び込むのが、一番の仕事なんだから」



 俺は絶句する。

 単純明快で、疑問を挟む余地もない解答。

 そんなものを突きつけられては、反論することもできない。


「……私たちはね、勇者パーティーとして旅を続けてきたの。最初はもっと沢山の仲間もいて、魔王を倒そうと一致団結していたわ。狩人、僧侶、医者、策士、忍者、……フフ、懐かしいわね」


 過去の思い出を懐かしみ、射手は笑みを浮かべた。


「皆は本当に仲が良くてね、それでいて、それぞれが強い覚悟を持っていたわ。地上最悪と言われる魔王を倒すのだもの、それが普通だったの。例え死の間際になっても、誰も弱音を吐かなかった」


『死』という言葉を口にしたとき、射手の顔がほんの僅かに曇った。

 けれどもすぐに、射手としての役割を果たそうと、口を強く結ぶ。

 彼女は取り出した矢を握りしめ、弓につがえた。


「私たちは彼らの想いを受け継いでいる。ううん、それだけじゃないわ。魔王の恐怖に怯える人々、平和な未来を願う人々の代表として、私たちはここに立っているの」


「……その通りです」


 射手の話に、沈黙を貫いていた戦士も同意する。

 彼の持つ槍もまた、勇者の聖剣と同じく輝きを放っていた。


「……力のない者に代わって、僕たちが戦う。それが勇者パーティーの進む道。ゆえに……」


 射手と戦士は、俺に語りかけながら、武器の矛先を上空に向ける。

 そのまま同時に力を込めたかと思うと、黒いた魔力の中に二つの光線が放たれた。



「……例え貴方が信用していなくとも、僕たちは救ってみせる!!」



 ビュンッ

 ビュンッ



 二つ光が飛び出す。

 直線的に上昇し、魔力の霧に触れたかと思った途端、霧がジュワリと溶け出した。


「……神級クラスの浄化魔法ですが、どうやら抜群の効果みたいですね」


「的が大きすぎるもの、こんなの何発でも叩き込めるわ」


 射手はそう言い放つと、次々と矢を構え、魔力の渦に風穴を開ける。

 戦士もまた、槍か光線を出し続け、魔力の汚れを吹き飛ばしていく。



「グウッ!? グオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」


 魔王の魔力が悲鳴を上げ、そして荒ぶる。

 先ほどから賢者と勇者が弱らせていたこともあってか、叫びは一層大きくなっていた。


「……貴方はこの穢れきった魔力全てを取り込もうとしていました。ですが、貴方にもそれは難しい作戦だと分かっていたはず。何しろ、無限にあるとさえ言われる魔王の魔力ですからね」


「それでも、私たちで少しは削ることができる。貴方の負担をね、って何アレ!?」


 魔力が大きく渦巻いたかと思うと、黒い塊が作られていく。

 ウネウネと長く太い、大蛇に似た姿の魔力だ。

 人を丸呑みできそうな顎を開けたかと思うと、こちらに向かって身をよじらせてきた。

 その狙いは、射手と戦士。

 あっという間に光線を滑り落ち、二人に魔力が注ぎ込まれた。


「ゴハッ!?」


 射手は咄嗟に避けることができたが、戦士は幾分か魔力を飲み込んでしまった。

 何とかその場から立ち去るも、僅か数秒で青白くなっている。


「グフッ……なるほど、勇者が苦戦するはずですねッ!!」


「戦士、弱音吐いてる暇わないわよ!……ッ!?何これ……気持ち悪い!!」


 床に飛び散った魔力が、煙となって二人に纏わりつく。

 彼らは口々に呻き声を上げた。

 魔力の量は勇者の吸収した分より少ないが、どちらにしろ汚染されずにすむわけがない。

 それでも彼らは、武器を手放そうとはしなかった。


 今この部屋に、四つの竜巻が吹き荒れる。

 それぞれ部屋の中央と、それを取り囲むよう正三角形を作っていた。

 中央の一番大きな螺旋は、魔法陣を使う賢者の元に。

 次いで勇者、戦士と射手へと、魔王の魔力はなだれ込む。



「どうした!!何ぼさっとしているんだ!?」


 頭が真っ白となった俺に、脇から勇者の檄が飛ぶ。

 俺が振り向くと、彼の燃えたぎるような眼が俺を睨む。



「俺たち全員、この通り魔力の封じ込みで精一杯だ!!



  ならば……お前はどうする!!」



 俺はどうするか、だって?

 一度失敗した俺に、何をしろというのだ?

 勇者は何を求めているのだ?



「お前は、俺たちを救ってみせるんだろ!!」




 その声に、俺は……忘れかけていた何かを思い出す。

 かつて俺が本当に願ったことは、この部屋から全員で抜け出すこと。




 いや違う。




 全員が笑って終われることだ。


 最高のハッピーエンドを手に入れる。


 それが俺の願いであり、勇者たちの願いなんだ。


 でも……俺だけでは届かなかった。

 勇者たちを頼れば、彼らが犠牲となり、更なる悲劇を呼んだ。

 だったらどうすれば良かったのか。



 簡単な話だったのだ。



「お前の力が足りないというのなら、俺たちが手伝ってやるッ!!だからお前はッ!!全員が助かる道を手に入れてみせろッ!!お前ならできるッ!!」



 一緒に戦う。

 みんなで未来を勝ち取る。

 仲間を、もう一度信じてみる。


 それで、良かったんだ。




「グフッ!!……かなりきついですが、やっと希望が見えてきたようですよ」


 戦士の言葉に、俺は天井を見上げる。

 そこは相変わらず真っ黒な魔力で埋め尽くされている。


 だが僅かに、奥にあるはずの天井の一部がチラリと姿をみせた。


「……希望といっても、このままだと意識が魔力に飲み込まれるのが先ですが」


「ちょっと、そんなこと……ッ!!な、ないとか、言えなくもないわね」


 苦しみながらも、俺の代わりに魔力を押さえつけようとする勇者たち。

 ならば、俺にできることは何だ?


「……貴方は苦しまなくても良いの、貴方は貴方らしい方法で戦いなさい」


 悩む俺に、賢者が声をかけた。

 本人といえば、汗を流しながら魔力を受け止めるので必死になっている。

 俺にアドバイスを出すのだって、かなりの重労働のはずなのに。

 いや違う、賢者だけではない。

 勇者パーティーの全員が、苦痛に顔を歪ませながらも、俺を見ている。


 俺を助けるために、助けを求めている。




 賢者の口から、静かに一言が漏れ出した。




「……貴方は、もう答えを知っているのでしょう?」





「ああ、もちろんだ」



 俺は笑ってみせる。

 賢者、君たちのお陰で気付けたよ。

 勇者たちの助けがあるからこそ可能な、俺だけの道。


 諦めない


 その言葉に宿る本当の意味を、俺はやっと手に入れることができたんだ。

 心の底から笑えるまで、俺は最大限に努力をする。

 それは、決して全てを背負いこむことじゃない。

 できることを成し遂げ、仲間と共に進んでいくことだ。


 だったらもう、立ち尽くしている暇なんてないな。



「賢者、ごめん。俺の我儘に付き合わせて、迷惑かけちゃってさ」


「ええ、本当に大変よ……罰として、今すぐ私たちを救いなさい」


「ハハハ……当然だ!!」



 俺は、魔王の暴走を止めてみせる。

 ようやく仲間を、再び信じきることができたのだから。

 上を見ると、魔力は雄叫びを上げてきた。


「欲シイイイイイッッッッッ!!俺ハアアアアアアア、欲シイイイイイイイッッ!!!!」



「そうだな、俺も欲しいものがあるよ」


 この戦いに決着をつけたい。

 全員で助かって、無事にこの部屋を出たい。

 こんな無理難題を、絶対に手に入れたい。


 だから俺は、天井に向かってニヤリと笑って見せた。



「俺も、お前並みに欲張りだな」


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