第54話 魔王と一人の時間は終わる
「終ワラナイ!!俺ハ欲望ガ満タサレルマデ、消エテタマルカアアアアッッ!!!」
屋全体から唸り声が聞こえる。
その正体は、一度時間を巻き戻すことで消滅した魔力の意志。
復活までに時間がかかるとは思っていたが、予想以上に早く蘇ったようだ。
実体を形成してないことが唯一の救いかもしれない。
奴が完全に意識を持つ前に封印なければ。
俺は手に更なる力を込めようとする。
同時に、声だけの魔力は叫びをあげた。
「俺ハアアア、魔王ダアアアアッッッッッ!!」
ドクン、と心臓が高鳴る。吸い込んでいる魔力の中に余計な物が紛れ込む感覚。その違和感を辿ろうとした瞬間、身体にある想いが流れ込んできた。
「ホシイ」
お前が欲しい身体が欲しい精神が欲しい感覚が欲しい生命が欲しい最期が欲しい勝利が欲しい世界が欲しい虚無が欲しい評判が欲しい権力が欲しい王国が欲しい快楽が欲しい過去が欲しい未来が欲しい永遠が欲しい一瞬が欲しい未知が欲しい全知が欲しい才能が欲しい無能が欲しい能力が欲しい無能が欲しい歓喜が欲しい憤怒が欲しい悲哀が欲しい色情が欲しい俺が欲しい私が欲しい自分が欲しい君が欲しい彼が欲しい彼女が欲しい全員が欲しい衝動が欲しい無恥が欲しい欲望が欲しい欲しいものが欲しい欲しいものが欲しいものが欲しい欲しいものが欲しいものが欲しいものが欲しいものが欲しい欲しくないものが欲しい欲しくもないものが欲しくもないことが欲しい欲しいことが欲しいことが欲しくないことが欲しくないlことが欲しい欲しいことが欲しいことが欲しいことが……
流れ込んでくるのは来たのは狂った本能。
破綻した論理で、『なぜ欲しがるのか』の意味すら消滅した欲望。
故にこの歪んだ力は、際限なく湧き出してくる。
「グッ……!!」
胸の焼け付くような、激しい感情が全身に染みてくる。
今すぐにでも、何かを得なければならない義務感が溢れる。
この手で全てを握りしめたい。後ろの勇者の命が、身体が、全てが、自分の物でないと気がすまない。
二度と手に入らないとなれば狂ってしまう。
まるで空気が吸えなくなったときみたいに、身体が全力で欲望を満たそうとする。
だから早く振り返らなければ、彼から彼を奪わなくては……
「……ふざけんなよ!!」
俺は感情を押し殺す。
魔王の魔力が飛ばしてくる欲望の流れは、俺の中で心と混ざり合う。
気持ち悪いほど湧き出すこの怒りも、既に本当の気持ちかすらわからなくなってくる。
この魔法を止めることができればどんなに楽か。
俺が勇者を殺せば、きっと最高の気分になれるだろう。
「だからこそ……こんな気持ちにさせたお前を、俺は許せないッ!!!」
俺に勇者たちを裏切るような真似は、死んだってできやしない。
全員が助かる道を、俺が折れることで生み出してはいけない。
意識の飛ぶ瞬間まで諦めない、諦めてたまるものか。
「俺は……ッ!!後悔したばかりなんだッ!1」
勇者たちを信じすぎた。
それが前回の過ちだった。
彼らの戦う姿を見て、魔王を倒せると思い込んだ。
その結果、勇者の身体は乗っ取られた。
俺が魔法を使うことができなければ、勇者たちは死んだ状態のままだった。
もうこれ以上、仲間が傷つく様子を呆然と眺めていたくはない。
このタイムループを思い返せば、俺は自分の死と同じくらいに、勇者パーティーの死も見てきた。
最初は俺が殺されないよう足掻くだけで精一杯だったけれど、今では誰一人として失いたくない、などと思っている。
きっと魔王が俺の中にいたままなら「凡人風情が思い上がったな」などと鼻で笑っただろう。
勇者たちでさえ魔王の魔力に苦戦を強いられているのだ。
その彼らに救済を施せる立場にあるのは、それ以上の才知に優れた者か、武勇を誇る英傑のみ、だと。
俺という魔王の知恵が備わった程度の輩には、この状況を到底覆すことは不可能。
つまり俺が頑張るよりも、彼らと協力するのが最善手である。
例え俺たち全員が傷つくことになるリスクがあっても、確実に魔王の魔力を消滅させられる。
世界を絶望に導く化け物を倒せるのなら、数人の命が犠牲となっても十分価値はあるだろう。
だから俺は、自分の魂を差し出した。
「俺はさ……ッ!!勇者たちと会えて、話せて……一瞬でも仲間になれた。それがたまらなく嬉しかったんだよ!!」
俺の未来となる可能性の一つに、魔王がいた。
強すぎる欲望に縛られたアイツ。勇者と出会わなかった俺は、きっとあの姿になることは避けられなかった。
「それでも、俺はッ!!勇者に何度も殺された!!俺の中にある邪念が蔓延る前に、生きたいという純粋な気持ちと向かい合えた!!」
生きる意味を、立ち止まらない勇気を、諦めない闘志を、手に入れることができた。
目の前に絶望しかなかった俺を、敵でありながら叱ってくれた人がいた。
秘密を隠しながらも、俺を励まし助けようとした人がいた。
「俺にとっての希望とは!!俺に希望を示してくれた勇者たちだ!!」
……俺は、死んだとしても彼らを守り抜く。
「こんなところで、下らない欲望に負ける訳には行かねえんだよおおおおッッッ!!!」
負けたくないという執念。
身体に溶け込むドロドロとした渇望。
歯を食い縛り、両者の狭間で理性を繋ぎとめる。
天井に伸ばした腕は疲れを覚え始めたが、全身全霊かけて気合で支える。
朦朧とし始める視界、震えだす手足。一秒たりとて休めることはできない。
まだ魔力の半分も吸い取ってはいないのだから。
気力、それが俺に残った抵抗手段の全て。
ただし感情すら乗っ取られかけた今では、手繰り寄せることも難しくなってきた。
「俺は、負けられないんだあああああッッッッッ!!!」
「……俺は、じゃないわ。《俺たちは、かしら」
耳元で囁き声がした。
トンッ
「……え?」
身体が横にぶれる。
誰かが俺を押したらしい。
突然のことでなす術なく、俺は尻餅をついた。
急に力が抜けたせいか、空を向いていた腕は下がってしまった。
魔法陣は手の先から離れ、身体から嫌な感覚が抜け出る。
魔力を吸い込みがなくなったためだ。
けれど俺の作り上げた魔法は、威力が衰えることもなく渦巻いている。
数秒後、俺は気付く。
俺の立っていた位置、そこ代わりの誰かがいることに。
「……全く、一人で苦しむ時間は終わったのよ」
目の前には、魔王の魔力を一身に受ける賢者がいた。
強欲が取り憑いた魔力が今、賢者の中へ入り込んでいった。
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