第48話 勇者は模倣に手向かった
「やあ、俺はこういう最終決戦みたいなムードが好きでね!!悪と正義の完全決着、白と黒のぶつかり合いとか、誰もどちらが勝つか想像できないような戦いは何度もお伽話に記された。けれど俺自身いつか一遍はそんな激闘を直接この眼で見ておきたくてね!!というかその闘いの当事者に成りたかったんだ!!世界を救うために、滅ぼすために武器を取るとか、まるで神話の英雄みたいにカッコいいじゃないか!!男の子なら誰もが夢見たことあるだろうさ!!けれどアレだろ?俺が本気出したら敵う相手も、魔法に耐えられるフィールドも中々揃わなかったんだよ。だからまず最初に俺の攻撃を防げる壁を作らせることにしたんだ!!誰にって、もちろん俺の持ち主であり、普段は理性として身体を支配していた魔王にさ。そこで解決すべき問題は幾つか出てきたんだ。まず一つ目が……」
勇者と魔王の決戦開始を合図した真魔王。
そしてかなりの大接戦が予想される闘いを始めるかと思いきや、彼のお喋りが火を吹いた。
こちらが横槍を入れる隙もなく、彼は欲望のままに語り出していく。
その内容は薄っぺらく、側から聞けば飽き飽きするような内容はでしかない。
「これは……ただ自分の気が済むまで雑談を続ける、オバさんの立ち話と一緒じゃねえか……」
確かにあれも本能のまま、欲望のままの行動と言えなくもないが……それを今始めるか?
彼にそう批判したいところだが、おそらく馬耳東風も良いところだろう。
しかも残念なことに、理性の消滅した彼を止める手立てはない。
拍子抜けする展開に出だしを挫かれた勇者は、やれやれと頭を掻く。
それでも気まぐれに攻撃が飛んでこないとも限らないので、剣を持つ力は緩めない。
「そう言えば、賢者。この右手にある魔法陣って、具体的に何ができるんだ?」
奴の減らず口が動いている間、俺は思い返したように賢者に尋ねた。
だが彼女は問いに解答することなく、沈黙していた。
しかも、やけに顔が青白いような……
「……ゴホッ、ゴホッ!!ゴホッ!!」
突然、そんな彼女に激しい咳込みが襲う。
「おい、大丈夫か!?」
だが彼女からの返答はなく、代わりにガクリと項垂れた。
どうやら意識を失ったようで、眼は閉じられている。
余りに突然のことで、思考が慌てふためき、パニック状態になりかけた。
そんな俺に冷静さを取り戻させたのは、射手の言葉だ。
彼女は賢者を楽な姿勢になるよう寝させ、胸に杖を供えた。
「落ち着きなさい。賢者はまだ死にはしないわ。ただ痛みを隠して平気に振舞っていただけ……皆に心配かけさせないようにね。彼女の性格を考えれば分かるでしょ?」
戦士も当たり前だと言わんばかりに頷いてみせる。
「……ええ、意地っ張りな彼女らしいですね。まさか意識が飛ぶ瞬間までも無愛想とは」
彼らの声で、俺は賢者の性格を思い出した。
そうだ……彼女は何時だってポーカーフェイス。胸に穴が空いたときでさえ、驚いた表情すら見せなかった。その傷口から血が急速に流れ出しても弱音を吐かなかったじゃないか。いくら魔法が凄いといえども、痛いときは痛いし、死ぬときは死ぬ。
だから俺は……彼女が痛みに耐えていたことに気づかなければいけなかったのだ。
今回は気絶しただけだとしても、下手をすれば亡くなる可能性だってあった。そんな彼女を休ませ、不安を取り除いてやる。それが俺のやるべきことだったのだ。
話すために動かした口から、横たわった身体から、眼の奥にある感情から、彼女の苦闘を理解しなければならなかった。
俺は彼女を見ていたつもりが全く見ていなかったのか。
彼女を万能の魔法使いと思い込んで、いつの間にか神格化していた。大怪我を負ってもすぐに回復すると誤認していた。
……見た目は、ただの幼い少女であるというのに、俺の眼は曇りガラスとなり、あるべき真実を無意識に受け入れてなかったのだ。そんな自分に落胆せざるをえない。
深い溜め息が口から溢れた。
「……俺は賢者を、もっと気遣うべきだったのにな……」
バシンッ
そんな俺の肩を、誰かが強く引っ叩いた。
そして驚いた俺が振り向くより前に、背後から声が聞こえた。
「変に思い悩むなよ。賢者はお前に悟らねまいとを平気を装っていた。お前だって、賢者の完璧な無表情振りを何度も見てきたはずだ。だからお前が気付かなかったとしても仕方ないさ……今は次にするべきことを考えろッ!!」
勇者の激励に心が震撼する。
そうだよ。
俺は後悔しない生き方をすると決意したばかりじゃないか。
ならば起こってしまったことを悔やむより、顔を上げて前を向かなければならない。
「ハハ、良い顔をするようになったじゃないか!!よし、気を張って攻撃に備えとけッ!!」
「ああ!!」
俺は立ち上がり、拳を握り締める。
そして丁度良いタイミングで、真魔王の話も締めに向かってきた。
「……とまあこんな感じでね!!話が長くなっちゃたけれどね!!もうそろそろ魔法をぶっ放したくてウズウズが抑えきれなくなってきたんだ!!抑える理性もないのにね!!ハハハハハッ!!
……じゃあやってみようか」
突如、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がる。
の幅がある円の中に、ビッシリと模様が描き込まれていた。
俺たちがそれに気づいた次の瞬間、黒い液体が勢いよく噴き出す。
「何だッ!?」
場所が場所なら石油とも勘違いするほどに、ドロリとした泥が次々と湧き出していく。
しかしある一定の範囲以上に飛び散ることはなく、幾つかの泥は塊を形成しているようにみえる。
それは先ほど見た、土人形の姿をした真魔王が作られる様子と似ていた。
いや似ているなどの話ではない、溢れ出す泥はまたしても人の形を作ろうと集まっていく。
今回その塊の数は3つ。その上で人形はより精密なモノとなっている。
例えば手前の
足部はブーツに見え、腰にはベルトが巻きついているらしい。
頭髪はその一本に至るまで繊細に分れているし、指先は滑らかな流線型をかたどる。
しかも真っ黒であはるものの、脇に剣を、額にバンダナを巻いた姿はまさしく……
「……俺たちの、模造だと?」
勇者は声を漏らした。
彼だけではなく、戦士と射手も唖然としている。
3つの人影は、それぞれ剣士らしき青年、弓を携えた少女、メガネを掛けた槍兵の形を取っていた。
どれも細部まで作り込まれており、俺でさえも息を呑む。
彼らと本物の違いは、漆黒か否か。それだけである。
そうして油田のごとく湧き上がっていた泥が湧き止んだとき、向こうの勇者が剣を抜いた。
彼の仕草の一つ一つが、勇者と寸分違わない動作である。
つまり戦うまでもなく、その贋作の強さは本家と同等であることが伺えた。
「なるほどな……これは確かに、最終決戦にピッタリかもしれない」
まさか自分自身と戦うことになるとは。
そう呟くと、勇者は前を向いたまま、俺に向かって叫ぶ。
「おい、お前!!予定変更だ、あの扉にはお前一人で向かってくれ!俺たちは……奴らとの戦闘で手一杯になると思う」
部屋に降り注ぐ黒炎なら、或いは魔王の泥人形一体なら、彼は俺を護ることが容易だったはずだ。
それは勇者の強さと、敵の強さに圧倒的な差があってのことだった。
けれど相手が全く同程度の強さであった場合、誰かを守りながら戦うということは致命傷になりかねない。
「だが安心しろ!!俺たちは戦闘のプロだ。自分に勝つなんてことは、簡単にできる。お前は自分のやるべきことに集中するんだ。賢者との約束を果たすためにもな!!」
そうして彼らは自分の影に向かい、立ち向かっていこうとする。
最後の瞬間、勇者はこちらをチラリと見て、何故か苦悶に満ちた表情はで呟いた。
「……お前は、やるべきことを、理解しろ」
その言葉は、今までの口調とは違っていた。
まるで死を迎える人の遺言のように、煩悶として、それでいて明確に発音されていた。
彼とも最後の会話は、そんな不可思議な重みと共に俺の心へ響いていったのだ。
胸に残る彼の言葉を抱きしめ、俺は勇者の覚悟をしかと受け止めた。
……そう思っていた。
だから、きっと彼の言葉を真に理解することは、この時は出来ていなかったのだ。
俺はまた、賢者に対して犯した過ちを繰り返していた。
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