第49話 魔王は扉を手放した
「ハアッッ!!!」
勇者の構えた聖剣が、キラリと輝く。
反対に、真魔王の創り出した偽の勇者は、黒い身体をより闇に近付けていく。
相対する二つの属性、その頂点に立つ二人。
そんな彼らの一撃目は、全くの同時に振り下ろされた。
「ウオオオオオオオオオッッッ!!!」
……右上からの袈裟斬り、左下へ巻き落とし、横払い、フェイント、中心に打突。
勇者の脚は止まることなく、敵に無間の剣技が叩きつけられる。
だが相手の剣は……その全てを跳ね除ける。
間合いを一定に保ちつつ、隙を狙っては攻撃に転じようとする。
そして勇者の動きが止まる一瞬を狙って、彼の偽物は剣を繰り出す。
だがその技を読んでいたかのように、勇者は刃の側面で逸らした。
更に流れるような動きで手首を返し、斜めに斬りつけた。
黒い影は紙一重で躱したが、背中が反り返り、体勢が崩れてしまう。
そのチャンスに勇者が大きく一歩を踏み込み、脳天に向かって剣を振り下ろしたとき、相手もまた剣を振り上げ、勢いよく斬り込んだ。
ガキンッ
剣と剣は頭上で衝突し、火花を立てて弾け飛ぶ。
二人の身体も剣に引きづられ、無防備にもバンザイの姿勢を取った。
その瞬間が勝機と勘付いたのだろう。
勇者は素早く剣を脇に添えた。
「………………!!!」
勇者が剣を振る直前、聖剣は光を放つ。
敵は一瞬反応が遅れるも、すぐさま身体を縮め、剣を盾に攻撃を耐えようとする。
だが、彼の剣撃は甘くなかった。
「ハアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
けたたましい雄叫びが部屋に響く。
しかし、それに反して彼の剣技は、あまりにも鮮やかな一閃だった。
聖剣が残した銀の残像は敵に数百もの線を刻み込む。
ビュン、と剣を軽く振って残心をとる勇者。
敵の黒い身体はバラバラに寸断され、砂塵のように掻き消えていった。
「……フゥ」
何てことだ。
勇者対勇者という究極の戦いは、予想以上に早く決着がついてしまった。
しかも息を整える勇者には、苦悶の色は全くみられない。
「……終わりましたか」
「……そうみたいね」
二つの声が耳に入り、俺は唖然とした。
戦士の目の前には、四肢を八つ裂きにされた偽物の戦士。
射手の偽物に至っては、おびただしい量の矢が突き刺さり、ハリネズミのように無惨な姿となっている。そのどちらもが、形を保てずにグシャリと崩れてしまった。
……何だよ、勝っちゃったじゃないか。
だが三人は未だ、武器に込める力を抜くことはない。
そして俺が勇者に声を掛けようとする直前、それは起こった。
部屋の中央に浮かんでいた魔法陣。
その模様がまた輝いたかと思うと、再び黒い泥が噴き出してきたのだ。
二度目となるこの光景は、次に起こる現象を容易に想像させた。
ズブブ、と音を立てて形成される泥の塊。
今回も三つの影が出来上がり、人型へと変貌していく。
そして、また勇者たちにソックリな……
「……お前は早く扉を開けろッ!!」
勇者の怒鳴り声に、俺は意識を取り戻す。
「俺たちの戦いは、お前が扉を開け放つまで終わらないッ!!俺たちが勝てるうちに、早く動いて役目を果たせッ!!」
俺は頷きながら固まっていた身体を扉へと向けた。
その瞬間、背後から何かが爆発したかのような熱気と鋭い金属音が鳴り響く。
……振り向いちゃ駄目だ。
俺はためらいを捨て、扉へと走り出した。
……ここまで近くに来るのは初めてだな。
俺は前方を見上げる。
床や壁と同じ、大理石のように白く真っ平らな表面。
至近距離だからこそ分かるのだが、30センチ程の厚みもあるようだ。
高さは約5メートル、幅は10メートルといったところか。
壁と区別できるよう、申し訳程度についた模様は、逆に神聖さを醸し出している。
長かった。
けれども……やっと辿り着いたのか。
俺の求めていた、最終地点へ。
この扉の先が、俺がずっと目指していたゴール。
新しい未来へと続く道が、この厚い石壁の向こう側にあるのだ。
あとは、取っ手を押し、外へ一歩を踏み出すだけ。
それで俺も、勇者も、賢者も、射手も、戦士も救われる。
魔王だって完全に倒すことができる。
本当の本当に……やっと全てが終わりを迎えるのだ。
俺は高鳴る胸を押さえつけるため、大きく息を吸い込んだ。
……変だ。
俺は足を止める。
……何故だろう、このままなら上手くいくはずなのに。
俺も、勇者たちも生き延びれるハッピーエンドが待っているのに。
何故か俺は、得体の知れない違和感を感じていた。
歩むはずの足場が歪んで見えたような、奇妙な錯覚に陥る。
伸ばしていた手を下げ、後ろを振り返ってみた。
そこには真魔王と激闘を強いられた勇者パーティー。
射手が矢を次々と飛ばしている。
戦士が槍で技を繰りだしている。
勇者が剣で敵を斬り倒している。
まるで漫画のような戦闘が、今まさに行われている。
俺がその被害を少しでも喰らえば、木っ端微塵になるのは必然だ。
……だったら、一体……俺は何を迷っているのか……
俺は、最後に賢者を見た。
……彼女はただ静かに、白い床の上で目を閉じている。
その様子は教会で祈るシスターを思わせた。手には宝玉の輝く杖が添えられている。
俺は彼女を助けなければならない。だから躊躇する必要もないではないか。
歯を食いしばり、そびえ立つ扉を再び見上げた。
「この空間を支配するのは、貴方よ」
耳元で、賢者の声が聞こえた。
今のは……彼女が最後に伝えた言葉だ。
思わず身体を強張らせた。
だが、今の彼女は意識がないのだ。当然ながら口を動かせるはずもない。
すぐに幻聴だと切り捨て、俺は扉の取っ手を……
……待てよ?
何で、最後に賢者はあの台詞を呟いたんだ?
励ましの言葉ならもっと素直に、アドバイスなら具体的に言えばいいだろう。
だが彼女の台詞は、今思い出したとしても、その真意を理解できない。
空間……それはこの部屋のことだろう。
問題は『支配』だ。文字通りの意味を取ったとして、それが何を意味するのか。
俺がこの部屋を支配……思うままに操る……俺がこの部屋を自由にできる……
自分の思想、魔王の記憶、賢者の知恵、そこから生まれる真実は……
……俺がこの部屋の鍵となる
「……そうか」
俺は……彼女の言葉に隠された真実に気付いてしまったかもしれない。
けれど、果たしてそれが正しいのだろうか?
もし本当のそうだとして、俺にできることはあるのか?
馬鹿げた誇大妄想だと、笑い飛ばされるのではないか?
けれど、一度灼き付いた考えは、全ての違和感を解消していく。
……だったらまだ、部屋を出てはいけない。
いや、このままだと……俺たちは死ぬ
それに気付いたとき、冷や汗が流れた。
だがそれ以上の冷たさで、背後から突き刺さるような視線を感じ、思わずバッと振り返った。
静寂。
先程までの激戦が嘘のように、音を立てる者はいない。
いったい何時から、こんなに静かだったんだ?
そんな無音の状態に逆らうかのごとく、俺の心臓は速く大きくバグバグと鼓動をかき鳴らしていく。
戦士が、射手が、勇者が、戦士の偽物が、射手の偽物が、勇者の偽物が、俺を見つめている。
戦いの疲労すら嘘だったように一切動かず、俺を見ている。
まるで人形のように、呼吸の吐息すらなく俺を見ている。
感情もなく、瞬きすらなく、ただ黙って俺を見ている。
時間の流れが狂いそうなほど、ジッと俺を見ている。
何もせず、何も言わず、真っ直ぐに俺を見ている。
狂気に満ちた無音の中で、俺だけを見ている。
機械のように精確な焦点で俺を見ている。
微動だにせず、ただ俺の目を見ている。
俺を見ている。
俺を見ている。
俺を見ている。
彼らは全員、俺を見ている。
真っ赤な瞳を、大きく広げて。
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