第47話 賢者の右手でおまじない

 上は真っ白、下は真っ黒



何かと言うと、今の状況だ。


白い天井に相反し、床は辺り一面黒炎に包まれている。

そんな燃え続ける業火の中、一箇所だけ全く火の通らない場所があった。


勇者パーティーが戦い続けている場所である。

迫り来る炎の魔の手を剣戟のみで退ける二人の男。

しかも彼らは、三人の仲間を守った状態で抗い続けるという神技を繰り出している。

まさに鬼神とも云うべき豪傑ぶりだ。

一方、二人に守られる少女は何もしていない訳ではない。


「------------!!」


射手は何やら呪文を唱えている。その呪詛が終わったかと思うと、弓を頭上に向かって構え、ギリリとしならせた。そして大きく息を吐き、矢を勢いよく放つ。


ヒュンッと小気味よい音と共に矢は地面から垂直に上昇した。


虚空を穿かんとする矢じりは、天井に向かうにつれとて光の球と姿を変えていく。

最後には遥か遠くに点のように見えたソレは、


バチリと音を立て、破裂した。


次の瞬間、激しい爆音と共に部屋が光の雨に包まれた。


瞬間まるで滝花火が散る時のように、何百本もの矢が部屋いっぱいに輝き、雨となって俺たちに降り注いできた。

目が眩みそうな景色に、俺は咄嗟に賢者を庇う。

だがその光雨がこちらに向かうことはなく、一つ一つが狙いを定めていたかのように、正確に黒炎を地面まで貫き通していく。矢に触れた炎はジュワッと溶けていき、豪雨の降り注ぐ山火事のごとく、次々と消滅していった。


「……ハァ、ハァ」


息の上がった射手は、弓を握った手をダラリと下ろす。


「……ハァ、この技……ハァ、結構、疲れるのよね……」


「お疲れ様、射手。だがもう少し気を張ってくれ……魔王はまだ倒せていない」


疲れて下を俯ける彼女に、勇者が気遣いの声を掛ける。

彼自体も単純な運動量で言えば、かなりの体力を使った筈なのだが……汗一つ掻いていない。


「……今ので殺せないと分かった以上、より時間をかけて強力な魔法を撃ってくるでしょう。ですがその分、時間も掛かるはず。しっかり呼吸を整えて下さい」


勇者の横で戦っていた戦士も、一切息が乱れてない。超人的とは、こういう人を指す言葉だろう。そんな彼らが俺の方を見てきた。


「賢者、ソイツと何やら話していたみたいだが……何か策でも浮かんだのか?」


魔王を倒す方法を、と勇者は訊ねる。

その答えを示すかのように、賢者は苦しげながらも笑ってみせた。



「……ええ、簡単な話よ。入ってきた扉をもう一度開ける……それだけよ」


ザックリとした説明。


「分かったッ!!俺が扉を破ってくる!!」


その説明に納得し、すぐさま行動に移そうとする勇者。

おいおい、少しは疑問を持てよ。


「……少し待ちましょう、勇者」


「グッ!?」


走り出そうとする勇者の襟をを、戦士が片手で掴む。

その間に射手は質問をした。良いチームワークだ。


「扉を開けるって……、理由を教えてくれないかしら?」


「……この部屋で魔王が強い理由は……彼の高密度の魔力にあるの……」


魔王の魔力、それはこの部屋中に満たされた無限ともいえる魔力である。その大半は俺の身体に溜め込まれているが、それでも量の多さに変わりはない。

だが、魔力にしろ空気にしろ、せき止めるものがなければ流れ出るものだ。

大量の水の入った容器に傷をつければ、そこから外部へ溢れていく。

それと同じことを、彼女はやろうとしているのだ。


「魔王の魔力が意志を持てるのは……魔力が外へ逃げないためよ。彼自身にそこまでの力はない。もしここが草原なら、彼の身体は風に吹き飛ばされて消滅するかしら」


「……だったら、そこらの壁でも良いんじゃないか?」


「……それができるならね……魔王が作っただけあって、この部屋にはかなりの結界魔法が張られているのよ。勇者の全力でも壊れないくらいには頑丈かしら」


その硬さは、前にみた魔王の記憶からも読み取れる。

魔王自身も護りを万全だと思っていたようだし、何より勇者のパーティーと戦っていた記憶を思い出しても、その耐久性は充分だろう。

だが勇者は賢者の台詞にカチンときたようだ。


「俺の全力でも壊せない!?……だったら試してみるかッ!!」


「「止めなさい」」


「グエッ!!?」


また首を強く引っ張られる勇者。すっかり暴れ馬と手綱を握る乗手の関係である。


「ともかく……難攻不落のこの部屋で、唯一行き来ができるのがあの扉かしら。あそこを解き放つことで魔力は一気に流れだして、バラバラに飛んでいくはずよ」


そこで戦士が反論する。もちろん勇者を取り押さえたままで。


「それは本当でしょうか?……何せこの魔力の量です、全てが綺麗に霧散するとは考えにくい。運良く魔王が形を保てたら……」


「もちろん、幾らかは形を維持しようと固まるかしら……それでも、力の統制がとれない魔王なんて、勇者なら簡単に倒せるはずよ」


「ああ、だったら俺に任せておけッ!!今すぐあの扉を破壊すれば良いんだろ!?」


首を捕まれ意気消沈していた勇者に俄然、熱意が溢れてくる。

だが、俺はそれをすぐさま否定した。


「壊すのは、止めたほうがいいな」


「何だと!?」


思わぬ俺の意見に勇者は声を上げた。


「というか、お前は何者何だ!!」


あれ?

その件に関して、賢者は説明したって言ってたけど、全然伝わってないらしい。

というか例のザックリ説明で、意図が伝わっていなかったのかも……まあ、仕方ない。


「俺は、言ってみれば魔王の抜け殻だよ。アイツに身体を乗っ取られていた哀れな青年、とでも理解してくれればいいさ」


「そう言えば、賢者もそっくり同じことを言っていたな……すまない、忘れていた!!」


……これは忘れていた勇者を怒るべきなのか、俺のアッサリとした話と同程度しか語らなかった賢者を怒るべきなのか。

まあ、謝ってくれたことだし、本題に戻ろう、か。



「俺……いや魔王の記憶だと、扉は正しく開けようとしない限り、対象を攻撃するよう魔法が施されているんだ。例えば、魔王以外の人間が内側から扉を開けようとした場合、ソイツを殺害するような魔法がな」


そう、俺は魔王の記憶を見せられた。

当然にして、この部屋の作り方から扉に掛けられた魔法に至るまで、魔王の行動全てを見せられている。


そうして一つの謎が解けた。


俺が死に戻りを繰り返す中で、部屋からの脱出に成功しかけたとき。

確か俺が勇者たちの捕虜となったループの場面である。

そこで戦士が扉を開けようとした途端、彼は死んでしまった。


今まで、彼の身体が真っ二つに切断されたこと、そして勇者の剣が赤く染まっていたことから、俺は仕掛けがあるとすれば勇者にあると思っていた。


けれども考えれば、呆気ない。


聖剣が血塗れになったのは当たり前だ。

だって、戦士の一番近くにいたのだから。


血を吹き出す身体の前に立てば、自然と周囲の物は真っ赤になる。

全員の視線が戦士の胴体に集中していた後に、近くにいた勇者を見た。ならば剣に血が付着していて当然である。俺たちはただ、『切断された遺体』と『近くにある刃物』という因果関係を誤って認識したにすぎなかったのだ。それでも、勇者が発狂する原因になるには事足りたのだが。


そんな危険性を孕んでいて、全く変哲のないように見える扉。二枚あるので観音開きなのだろうが、触れた先が天国とは笑えない。流石魔王のセキュリティーだと皮肉っておこう。


「奴は敵が逃亡するのを防ぐため、部屋の出入り口に魔法を使った。そしてこの部屋を自由に行き来でいるのは魔王だけという状態を作り上げていたんだ」


では勇者の身体に憑依しようと狙っていたことはどうなるかと言うと、まさか自らの下まで辿り着いた彼らが敵前逃亡するとは考えていなかったらしい。むしろそんな軟弱野郎に乗り移る気はないとまで考えていた。

……勇者がここまでの熱血漢で、自分が死んでしまうとは想像もしていなかったが。


「その話、仮に本当だとして、だったら俺たちはどうすればいいんだ?まさか魔王に開けてもらう訳にいかないだろ?」


勇者がまともな疑問を投げかけてきた。

だから俺は、ニヤリと笑って答えた。



「そのまさかだ。ここに、魔王の身体があるじゃないか」


そう言うと胸をドンッと叩いてみせた。

俺の様子に、動ける三人は互いに目を見合わせる。

その間に俺の言葉に賢者が補足を付け足した。


「……もし扉を開けるようとするなら、魔王が大きな魔法を使った直後がベストかしら。魔王は扉を開くのを必死で妨害しようとするでしょうけれど……そのタイミングだと、魔法を使った反動で魔王は動けないから、邪魔も入らないはずよ」



それを聞いた彼らは、更に見つめ合ったかと思うと、大きく頷いた。

勇者は声高く宣誓する。


「……ならば、俺たちの取るべき行動は決まった!!勇者である俺が君を守りつつ扉を開きに行こう。そして射手は賢者の側で応援役、その2人を戦士が護衛してくれ!!」


「了解です、勇者」


「アンタも頑張るんだからね、勇者の」


「分かっているさ!!二人共、張り切っていくぞッ!!」



2人は武器を強く武器を握りしめ、互いに声を掛け合う。

……本当に良いチームだ。

何て、染み染み思っていると、床で寝ている賢者と目が合った。

大分回復は済んだようだが、立ち上がる気力は未だでていないようだ。


「……貴方、私の右手と握手しなさい」


「は?」


「いいから早く……疲れているのよ」


怒られたので、言われるがままに右手で右手を優しく包み込む。

すると手の甲に文字が浮かび上がったかと思うと、円状の印が刻まれた。


「これは……魔法陣?」


「……ええ、簡易的ではあるけれど、貴方にでも魔法が使えるようにしたわ。もしものときには、その陣に力を込めなさい。何かが起きるはずだから」


「……ありがとうな」


改めて印を眺める。

模様は至ってシンプルなもの。丸マークの中に十字が入り、区切られた4つの場所にそれぞれ点が打たれている。魔法陣というよりは、小学生が描いたおまじないの記号に近いな。


「……それと大事なことを覚えておきなさい」


彼女は一つ溜めてから、声を出した。




「この空間を支配するのは、貴方よ」






「……みんな〜〜〜!!お待たせしました!!初めてだからチョット戸惑ったけれど、無事に君たちを殺す魔法を作成できたよ〜〜!!待ち時間の間にトイレは入ったかい?遺言は済んだかい?それじゃあ早速、死んでみようぜッ!!!」


愚かな魔王の魔力が、どこからともなく陽気に話しかける。

部屋に響く声は憎らしく、されどその自身に溢れた言葉は、これから来る絶望を暗示していた。


「戦士、射手、賢者、そして魔王の身体だった君、準備は良いな?……このふざけた戦いを終わらせよう」


各々が武器を構え、勇者の言葉に心の内で頷いた。

そんなことはつゆ知らず、真魔王は大きく嘲笑していた。




「さあ〜〜〜〜て、それでは!!一体どちらが勝つんだろうか!?


『魔王』対『勇者パーティー』の再戦ですッ!!」


















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