第46話 魔王の嘲笑は頭上から



アイツという純粋な悪


つまり魔王の魔力で、魔王の強欲そのもので、おそらく魔王の魂から生まれ出でたであろう新たな人格……名付けるなら真魔王とでも言おうか。

ともかく、そんな最悪の塊であるアイツが、俺たちを殺しにかかってきた。


「何で、突然あんな化け物が……」


自分で言ってから、気付く。


奴はいつも突然現れていた。

ある時は勇者の身体を借りて。

ある時は魔王の身体を操り、欲望の自制を外しにかかった。

ひたすら機会を狙って、ずっと待っていたんだ。


その絶好のチャンスが、本体である魂が消滅した今なのだ。


「……クッ!!」


考えていても、起きたことは戻らないし、俺が尽くした最善の結果で奴が現れたのだ。

悔やんだってどうにもならない。今は現実を見る必要がある。

そう、頼れる賢者は重傷を負ってしまったという現実を。

なら、俺がするべきことは賢者を守ることだ。

胸にもたれ掛かっていた彼女をそっと床に寝かせ、俺は立ち上がった。


「……魔王……あなた……」


賢者の呟きが聞こえる。

意識はあるようだが、大分弱っているようだ。

取り敢えず、彼女の持っていた杖を貸してもらう。

魔法の使えない俺でも、これを振り回せば防衛手段にはなるはずだ。


「賢者、君は自分の身体を休めてろ。俺が盾になっておくからさ」


震える手を気合いで奮い立たせ、俺は目を見開いた。

そして、視界は姿も心も心も醜く歪んだ化け物を捉える。


……アレが俺だって?俺の中にいるって?

ふざけるな、アイツに負けてたまるかよ。


「ああ、この溢れ出る想いは何なんだろう!!欲しいモノを手に入れた瞬間の快楽って……なんて気持ち良いんだッ!心が軽やかに弾むねッ!!」


俺たちの警戒を嘲笑うように、魔王は幼稚な感想を吐きながら、部屋の中心ではしゃぎ回っている。

奴の身体が動くたびに黒霧が舞い、白い部屋がくすんでいく。

そんな彼に向かって、勇者は剣を振るう。


「ハアッッ!!」


雄叫びを上げ、瞬息の斬撃を繰りなしていく。

だが、奴の身体を傷付けることはなく、水を切るようにすり抜けていく。

ならばと射手は矢を絞り、勇者に声を掛ける。


「勇者……離れなさい!」


声に反応した勇者は、脱兎のごとく床を蹴って後方に下がった。

それを確認するや否や、射手の放った音速の矢が魔王の半身を吹き飛ばし、奥に壁に突き刺さる。


「……凄いねえ!流石は勇者パーティーだな!けれど、ただの攻撃じゃあ駄目だよ。俺の身体は魔力で出来ている、つまり空気同然なんだ。君たちは煙を剣で攻撃すると、消滅するとでも思っているのかい?」


真魔王がおどけた口調で話しながら、肩をすくめてみせた。

弾け飛んだ箇所に影がジワジワと集まり、形を復元していく。


「いや別に、君たちを小馬鹿にしている訳じゃないんだよ?本当だよ?むしろ俺は君たちが欲しいくらいだ!だから殺して、体内に潜り込んで、脳を犯して支配して、君たちの身体を手に入れたい!」


段々と、奴の声に籠る力が強くなっていく。


「欲しい!そう欲しい!俺は欲シイ!!欲シイッ!!欲シイッ!!欲シイッッ!!欲シイッッッ!!手二入レルッ!!!」



「……ふざけないでください」



冷徹な声に魔王が反応し、後ろを振り返る。

その途端に、腹部を槍が貫いた。


「……だったら、魔力を込めて技を出すだけです」


戦士はそう言うと、握った槍に力を込める。

すると光の粒子が穂先に集まり、魔力が溜め込まれていく。


「おおっと!コレはヤバイかもね!」


この状況でも笑う魔王を無視し、戦士は腹を横に大きく掻っ切る。

血飛沫の代わりに墨汁のようなものが吹き出した。

更に勇者が身動きのできない魔王に剣を構え、鋭い刺突を繰り出そうとする。

その瞬間であった。


「……ああ、素晴らしけど……不十分だね」


そう呟くと、真魔王は姿を消した。

フッと霧散するようにして、その場から一欠片も残らず居なくなった。

勇者はすぐに体勢を立て直す。


「……ッ!!射手、戦士ッ!!警戒を怠るな!!奴はまだこの部屋の中にいる!!」


戦士はすぐさま勇者と背中合わせに立ち、互いに周囲を見渡す。

射手は弓を置き、脇から包丁サイズのダガーを取り出して構える。

何処からか来るか分からない攻撃に、下手な行動をすることはできないからだ。

俺も彼らの真似をして、杖に力を込めた。

すると、自分の治療に集中していた賢者が俺に向かって話しかけてきた。

荒い息遣いと相まって、彼女の声は辿々しい。


「……このままじゃ……私たちは負けるわ……」


「ああ、俺もそう思っていた」


敵は非常にトリッキー。

その上、世界最高と呼ばれた魔術師、その力の権化である。

対して此方は負傷者一名、無能者一名というハンデ。

しかも相手は身体を乗っ取る魔法を使ってくる。

中々に苦戦を強いられそうだ。


「……多分……だけれども……あの黒い塊は……既に新しい生物として動き始めているかしら……」


「ああ、それがどうした?」


「でもね……生物というのは……身体がなくてはいけないものよ。魔王だって、自身の思考を魔力に

してけれど……依り代となる肉体が必要だった」


確かに魔王は、それこそ憑依魔法を使っていたが、必ず誰かの身体に取り憑いていた。

だが……それが何だっていうんだ?

そんなに辛そうにしてまで言うべきことなのか?


「……つまり……アイツは今……依り代になる身体が……」


「ちょっと待て」


賢者が言い掛けたところで、俺は何か異質な感覚を覚えて話を遮った。

咄嗟に手に持っていた杖を振り回し、その正体を探る。


バゴンッ


ジーンと手に伝わる衝撃。

そして杖を受けてよろける黒い影。


「いてて!……ヘェ〜、良い感覚してるね!流石は俺!いや違うな、別の未来を辿ったあの日の俺、って言えばいいのかな?」


「黙れよ。お前は俺でも魔王でもない。俺たちに付き纏うクズムシだろうが」


「おおっと、酷いこと言うねえ!まあ俺は、そんな事どうだって良いんだけどさ!」


奴はそう言うと、また姿をくらます。

……どうでも良いだって?

俺と魔王はそのことでずっと言い合っていたのに、随分アッサリと否定してくれるじゃないか。


「おい、大丈夫か!?」


突然アイツが現れたからだろう。

勇者たちが俺と賢者の元へ集まってきた。


「どうやら無事なようだが……賢者、大丈夫かッ!!」


「……ええと、そうね……あと少し待ってくれるかしら……」


「ああ、良いぞッ!!……ならば皆、俺たちで賢者を守り切るぞ!!」


「ええ、言われなくても!!」


「……もちろんですよ」


俺も呼びかけに強く応じた。



「……ああ、やってやろうじゃないか!!」


どんな状況でも、俺は絶対に諦めない。

そう魔王に誓ったばかりだからな。


「……ナニ、この人。勇者なみに暑苦しいわよ」


「……珍しいな、勇者に負けない程の熱血漢は」


射手と戦士がブツブツ呟いている。

俺が熱くなった理由は後で教えてやるから、今は戦いに集中してほしい。



「フハハハハッ!!面白いね君たち!今すぐ殺すのが勿体無いくらいだ!」


突如、頭上で声が響きわたる。



「でも時間は有限だし?身体の使い方にも慣れたし?まずは君たちをぶちのめしてみようか!!」


刹那、天井から黒い炎球が降り注ぐ。

何千発ものソレは、形状も大きさもバラバラだが、俺たち目掛けて次々と打ち出される。

その光景はまさに火炎地獄だ。


「うおおおおおッッッッ!!!」


その全てを弾き飛ばすのは、戦士と勇者の二人だ。

人体の限界を超えた速度で、四方全ての獄炎を跳ね返す。

火花が散り、衝撃音が鳴り響き、高速の戦いが繰り広げられる。

それを眺めることしか……そもそも目で追いつけないだが……ともかく何もできない俺は、杖を持って賢者に寄り添った。

二人の防御から漏れた炎から、賢者を守るためだ。


すると、寝ていたはずの賢者が俺の襟を引っ張った。


「えッ!?ちょっと!?」


急なことで体勢の崩れた俺は、彼女に接近する。

顔と顔が触れ合いそうな距離だ。

俺の額から流れた汗が彼女の柔い朴に垂れて伝った。


いや、そんなこと考えている状況じゃないだろ!!

辺り一面炎に包まれた中でドキドキしてるとか、脳内お花畑すぎるだろうが!!

落ち着け、俺!!これはきっと吊り橋効果だ!!燃えたぎるような恋心のせいではない!!!

そんな慌てふためく俺をよそに、互いの吐息が聴こえるほどの距離で、賢者は囁いた。



「……いい?……敵の依り代は……彼の魔力が染み付いたこの白い部屋そのものよ……それが擬似的に魔王の身体のとなっているの」


「……え、ああ、うん」


目の前の少女に対して心臓が高鳴った状態だ、まともな返答ができない。

というか周囲に燃え盛る炎の轟音であまり聞き取れない。


だが次の言葉で、俺の思考は冷静となった。


「……だから……彼を倒すには、この密室を破壊して……魔王の魔力を外へと逃がせばいいの」


「……!!それってもしかして!!」


「ええ、そう……この部屋を解放する手段はただ一つ。

誰かの身体が乗っ取られる前に






……この部屋の扉を開けることかしら」

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