第45話 魔王と魔王の魔王
目を覚ますと、白い空が広がっていた。
いや違う、アレは……天井?
そして後頭部には柔らかい感触。
視界にチラチラと入るなだらかな双丘。
何だかデジャブを感じる。
目線を横に向けると、見慣れた顔が俺に気付く。
俺の知り合いに虹色の髪を持った美少女なんて一人しかいない。
彼女に親しみを込めて声をかけた。
「久し振りだな、賢者」
彼女の方はといえば、相変わらず無愛想に返事をした。
「貴方が眠ってから一時間も経っていないのだけれど……まあいいわ、久し振りね」
ぶっきら棒な言い方にも、何処か愛情のある声。
そんな彼女の声はいつ以来だろうと思っていたが、それだけしか時間が経ってないのか。
俺からすれば魔王の正体とか話合いとかで結構長かったのだが。
本当に内容盛り沢山な精神世界だったせいで、半日以上は眠っていたと思う。
けどもしかして……よくあるアレかな?
こちらの世界と向こうの世界で時の流れる速度が違う、みたいな。
確か名前は「時と精神の…
「お目覚めのところ悪けれど、一つ尋ねていいかしら」
「俺が死ぬ話以外の事ならどうぞ」
「貴方は今、どっちなの?」
俺は笑って答えた。
「デートは何時にする?」
それだけで通じたのか、彼女は俺を膝から下ろして立ち上がった。
俺も寝転がった姿勢から身体を起こし、何となく背伸びした。
ついでに大きく息を吸い、深く吐いてみる。
精神世界の足場も見えないほど暗い空間とは一転、この白くて広い部屋はかなり気持ちが良い。
だからと言ってずっと居たいとも思わないが。
「……ところで、もう一つ訊きたいことがあるの」
彼女は背後に視線を移す。
「アレは一体どういうことか、説明できるかしら」
俺も彼女に合わせ、部屋の奥へ顔を向けた。
そこには泣き叫ぶ勇者がいた。
「俺はッッ!!ずっと魔王を誤解していたッッ!!まさかあんな悲劇があったなんて……それを必死で乗り越えようとしていたなんて、あの壮絶な人生を知らなかったッッ!!!そんな彼に対し俺は、俺はあああああああッッッッッッ!!!!!!」
「ちょっと勇者、落ち着いて!!ああもう、私が寝ている間に何があったの!?」
「……勇者が号泣し、賢者は魔王の介護、か。どうしてこうなったか全く理解できない」
「ちょっと戦士、貴方もブツブツ呟いてないで、勇者を静かにさせなさいよ!!こんな状態を他の人に見られたら格好つかないでしょ!!」
「……射手、流石に魔王の部屋に人が入ってくることはないと思いますが。賢者も今この部屋は安心だと言っていたでしょう。どんな事情があるかは知りませんが、取り敢えずそっと見守るのが一番ですよ」
「ここは敵陣の真っ只中よ、何悠長なこといってるの!……勇者、ほら涙を拭きなさいよ」
「俺は、魔王の苦しみを理解していなかったッ!!もし俺が彼を助けられていたら……あああああああッッッッ!!」
「……手の施しようがありませんね。僕はそこの扉を見張ってますので、泣き止んだら呼んで下さい」
「ちょっと、逃げないでよ戦士!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる勇者パーティーの三人。
賢者に言われるまで気づかなかったが、声が部屋で反響して、かなりうるさい。
けど、魔王との決戦のようなピリピリとした雰囲気は解けている。
俺への警戒心……というぁ関心すら向いていない。いや、少しぐらいは向けろよ。
それを横目に見ながら賢者は溜め息をついた。
「貴方が魔王に取り込まれた場合を考えて、彼らを早めに起こしておいたのだけれど……最後まで眠っていた勇者が、目を覚ましたと思ったら突然泣き出して……見ての通り。それで困ってたら、貴方が意識を取り戻したのよ」
「なるほどな、随分と反応が薄いと思ったのはそういうことか」
「理解してくれたようで嬉しいかしら。それで、彼に一体何があったの ?」
そうだな……勇者のさっきから叫んでいる『魔王』とか『悲劇』と言った単語。
俺の体験と合わせて推測するに、彼は魔王の記憶を覗いたのだろうか。
「貴方の記憶……そうだわ、勇者には魔王の魔力が流れ込んでいるのよ。貴方の精神と同調することもあり得るかしら」
だったら話は早い。
「俺は精神世界の中で……説明は難しいんだけど、魔王の生涯を記憶として見せられてたんだ。その時魔王が感じたこと、考えた事もな。何が起きてたかは後々話すことにするけど……もし勇者があの世界にいたならば、俺と一緒に魔王の記憶を覗いてしまったのかもしれない。というか、あの様子を説明するにはそれしかないだろうな」
「後々、なんて言わずに今ここで話すかしら。貴方のことだから……重要なことを隠してるかもしれないから」
「俺のことだからって、俺は一体どう思われてんだ?……ええとな、まず初めに」
そこまで口に出したとき、先ほどから泣き騒いでいた勇者が急に静かになる。
俺たちが注意を向けると、彼はスックと立ち上がった。
「……しかしッ!!!例え魔王の想いを知ったとしても!!!俺は自分の信じる正義を貫く!!!彼の全てを受け入れ、俺はこの戦いを終わらせるッッ!!そのために、俺は立ち止まっている訳にはいかないんだああああああッッッ!!!!」
雄叫びを上げながら、剣を抜いて頭上に差し伸ばす。
剣はキラリと光を反射し、彼の決意を鼓舞するかのようだ。
その凛々しい姿は絵に描かれたかのように勇ましい。
だが狭い部屋に大声のエコーが何重にもかかる。
かなりうるさい。
「よくもここまで響く声を出せるもんだ。芝居役者に向いているな」
「……一時期働いてた劇場では、台詞を無視して動いたせいで大ブーイングが飛んだわ」
既に経験済みでしたか。しかも失敗談。
まあそんな事はともかくだ。
「勇者も元気になったようだし、これで俺の戦いは終わったのか」
「……後は魔王の魔力を完全に封印して、魔法陣を破壊するだけね。そういう意味では……貴方の出番は終わりよ」
数秒、賢者は口籠る。
「……お疲れ様、と言っておくわ」
彼女の労いの言葉に、俺は頷き返す。
「ああ……賢者、ここまでありがとうな」
和やかな雰囲気に囲まれて、肩に籠っていた力が抜けていく。
一つ踏み間違えれば敵対関係となる勇者、何度も俺を殺した賢者。
そんな面子に囲まれながら安堵できるようになるとは、最初の頃には思ってもみなかった。
辛苦を味わいながらも、この部屋から出るためだけにもがいていた。
けれどもやっぱり、最後はハッピーエンドで終わりたい。
誰も死なずに戦いを終えて、皆で笑い合う。そんな未来が一番だ。
そうして、俺は賢者に話の続きをしようとした。
「誰が終わりと言ったのだ?」
その声は、突然響いた。
鈍く雑音混じりの嫌な音。
俺の脳がそれに反応するころ、
賢者が
胸に穴を開けて
俺の方へ倒れ込んできた。
力の抜けた彼女の身体は、
俺の胸に当たり、
ズルリと落ちる。
後には真っ赤に染まっていく
服が
床が
賢者が
「賢者あああああああああああああああッッッ!!!!」
そう叫んだのは俺でなく、勇者だった。
彼の声に我を取り戻し、慌てて賢者を抱き寄せる。
僅かな吐息が聞こえるのを確認し、俺は急いで傷口を塞ごうとした。
上着を脱ぎ、彼女に巻きつける。
けれど、それだけで出血が止まるような傷口ではない。
彼女に触れる手が赤黒くなり、粘つく。
今頃になってから、額に嫌な汗が流れ出す。身体が震えだす。
そうしてやっと絞りだせた声は、かなり上擦っていた。
「賢者、死ぬなよッ!!!」
「……ええ、簡単には……死なないかしら……貴方じゃないんだから……」
「賢者ッ!!」
何とか意識はあるようで、思わず歓喜の声を上げる。
「……いつも身体に防御魔法を……してたのだけれども……駄目だったみたいね……」
「おい、賢者!!しっかりしろよ!!」
焦る俺を彼女は手で遮る。
「……まずは何が起こったのか……私に教えなさい……」
深傷を負っていても彼女の冷静な言葉に、俺は顔を上げて勇者たちを見た。
そして賢者を攻撃した犯人に気付く。
「……おや、まだ死んでいないな、中々に頑丈な様だ」
それは勇者でも射手でも戦士でも、
ましてや俺でも賢者でも魔王でもなく
よく知った顔をしていた。
「まあこれで、君たちは死に戻りが出来なくなった訳だ」
魔王の姿をした黒い塊がいた。
子供が泥で固めたような歪な人形。
手や足の区別が付かず、けれど頭部には真っ赤な目玉が彫られていた。
その大きく抉れた眼球がギョロリと動く。
「賢者の魔法を失えば、魔王が蘇ることもない。つまり此処で全員殺せば、俺は晴れて自由の身になれる……フハハハハハハ、赤子の手をひねるよりも何と容易いことよッ!!」
声や口調は確かに
だが瞳の奥底に宿る色は、魔王よりもドス黒い。
何より、溢れ出る魔力が肌を舐め繰りまわすように気持ち悪い。
床を這いずる蟲よりも、
屍肉を啄む鴉(カラス)よりも、
闇に潜む鼠よりも、
不気味で異常で無情で最悪で、何よりも悍(おぞ)ましかった。
「……貴方の表情で伝わったわ」
賢者の声に、俺はハッと意識を取り戻す。
どうやら彼女は自分に魔法を掛けているらしく、傷口が淡く光っている。
「……何とか身体は治癒できそうだけど……血も魔力も……かなり消耗してしまったかしら……」
「大丈夫だ、お前は俺が守ってやるから!!」
そう声を掛けるも、賢者は首を横に振った。
「……無理よ。だってアイツは……」
「ああ俺も知っているさ。俺が一番よく知っている」
だってさっきまで、俺の中にいたのだから。
「アレの正体は……
……魔王の強欲の権化、そのものだ」
奴は俺たちをグルリと見回して、醜く笑った。
「フハハハハハハ、俺は肉体から、理性から、魔王から解放された!!やっと欲しいモノを、欲しいままに、手に入れることができるんだ!!そうだなあ、次は……お前らの屍体が欲しい!!絶対に手に入れたい!!そして俺にはそれが出来る!!」
奴は魔王(アイツ)と俺と同じ声で、全くもって愉快そうに極悪な汚名を口に出した。
「だって俺は!!魔王なんだから!!」
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