第37話 魔王と最期の社交辞令

 




 語ることは何もない。




 ただ、笑えるものなら笑ってみろ。




 自分が自分に殺されると、そんな戯言を吐く男を。




 随分と呆気なく死に、蘇ってはまた苦しむ男を。




 私はいつも見ていた。待ち侘びていたのだ。




 此処に呼ばれた意味とやらを伝えるために。





 一体自分は何者なのか







 ……それも分からず足掻く自分(アイツ)を、私は此処で待っている。














「……覚悟はできている」


 俺は賢者に告げた。


 自分の運命を、彼女に委ねるために。


「俺が魔王と交渉する。まだ経験したことはないから分からないけど……それは戦いになるかもしれないし、一方的な暴力になるかもしれない。そもそも、言葉を交わせるかどうかすら分からない。それでも、俺は必ず勝って戻ってくる。俺が、俺であるために」


 最後の台詞なんて、一生言うことのない言葉だと思っていた。

 それが今は、俺の気持ちを伝えるにはピッタリな言い回しになっているから、本当に人生とは分からないものだ。まあ、成人すらしてない学生が人生を語れば、荒唐無稽、まったくの出鱈目話と言われるだけなんだが。


 ……この世は愛とか金とか、それを見極めるにはまだまだ未熟だろう。そんな若造が「自分とは何者か」なんてことを必死に考えたとしても、誰もが無視するだろう。自分の内面と向き合う、なんてのは今の俺にとって戯言でしかない。




 それでも、今の俺に悩む時間はもうないのだ。




 いや違う。




 既に悩みきったのだ。




 俺の人生が此処で終わろうとも、これから先も続こうとも、この結論だけは変わらない。



「自分が自分である限り、最後の一秒を過ぎても足掻き続ける。それが俺だ」



 今はただ、折れない信念を手に、魔王と、この魂の中で対峙するだけだ。


 そんな俺を、賢者はジッと見つめている。何度も俺の死を、悪足掻きを、そして立ち上がる姿を映してきた瞳には、俺がどう見えているのだろうか。すると彼女は目を瞑り、暗唱するかのように声をだした。


「……彼を説得か打ち負かすかして身体の支配権を取り戻す。もし負ければ、その瞬間に自分の精神が消滅、もしくは囚われてしまう。時間制限あり、ハンデあり、反則あり……勝負は一回きり」


 顔を上げて俺を見た。


「それでも、貴方は挑戦するのかしら。そんな賭けをするより、残された時間の有意義な過ごし方を考えるべきだとおもうのだけれど」


「それは無理難題ってやつだな」


「私にできることなら、何でもしてあげるのに」


「……そうだな、だったら」


 俺は彼女を指差す。



「もし俺が無事に帰ってこれたら、デートにでも付き合ってくれないか?」



 彼女は困惑するような、それでいて呆れような表情を浮かべた。

 そして少しだけ頬を染めて呟く。



「……バカ」



「ああ、バカだ。死んでも治らないほどの、筋金入りのド阿呆に違いない。そんな俺だから、一度言った覚悟を曲げることはできないんだ」


 それが今の俺にとって最も大事なことだ。

 奴に負けないだけの覚悟を持つ。絶望した途端に全てが乗っ取られ、一瞬も焦りすら命取りになるだろう。心理戦とはそういうモノだ。逆にピンチになろうと笑っている奴にこそ、勝利の女神も自然と微笑みかけるのだろう。だから俺は自信を持って言うのだ。


「大丈夫、俺は必ず勝つ。君に誓って約束しよう」


「臭い台詞ね……でも、私に誓うのだったらしょうがないのかしら」


「納得してくれたか」


「私は別に、どっちだっていいの。魔王を倒すという結末が変わらないなら、貴方の選択を気にする必要はないのだけど。でも……最後に一つだけ確認させなさい」



 素っ気ないそぶりで話しながら賢者は杖を上にかざし、何度も円を描く。その軌跡は段々と光る線となって現れ、空中に淡黄色の輪が作られていく。


「貴方は……」


 光輪が彼女の手と反対に廻り始める。そして、輪は何重にも渦を巻きながら、それぞれが速度を変え、向きを変えて複雑に回転する。



「……絶対に戻ってくるのよね」



 そう訊ねる彼女の顔に曇りはなく、心配している様子などは一切なかった。これはただ、旅行者を見送る人が送る恒例の挨拶のようなものなのだろう。だったら俺が返す言葉も一つだけ。送り手を安心させるような、簡単な返事で十分だ。



「俺が今まで、君の前に戻ってこなかったことなんてないだろう?」



 フフッ、と彼女は小さく笑った。その笑顔に、今この瞬間に死んでも良いかも、なんて思ってしまう。けれどもう覚悟は決めたんだ。彼女をまた見るときまで、この気持ちは閉まっておこう。



「……いってらっしゃい」


 光輪の回転が加速し、中心が強く閃いた。それが俺の眉間を一直線に貫くと同時に、俺の感覚は肉体の内部へと引き込まれていく。思考が螺旋状に巻き取られていく奇妙な体感を覚えながら、俺は口を動かそうとする。これが俺の最期の言葉になるかもしれないなんて思ったが、息をするように自然とその言葉は放たれていた。





「行ってきます」








 …………この呟きは彼女に届いただろうか………



 ………そうして最後に見えたのは………



 ……白い部屋に残してきた………



 …永遠に忘れる事のない…







 …一人の少女の……温かな微笑みであった……
















 そして………







「……ようやく巡り会えたな、自分オマエに」


「随分と長い間、手前ジブンの事を見てきた」


「それは魔王オレのことか、それともオレのことか?」


「どちらもさ、だからこそ魔王オレジブンを理解した」


「ならば、少しばかり語り合おうではないか。この魔王ワタシについて」




「ああ、俺が魔王に戻るためにな」



 純粋なる暗黒に囲まれた世界。上下左右の認識はなく、何もなく、誰も居なかった。

 そんな狭間という概念の存在しないこの場所で、俺は平面的な地面に足をつけた。


 そして遥か遠くに立ち塞がる男と向かい合う。

 アイツは俺に問い掛けた。





 お前は一体何者なのか







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