第34話 魔王と賢者の苦手科目



 ……人は夢みる生き物だ。




 巨大な夢には莫大な時間が必要だ。儚い人生だと嘆く暇はない。

 それでも彼には足りなかった。



 もし永遠を望むのならば、人は永遠に生き続けなければならない。

 それを邪魔するのは、何時だって身体である。

 心臓が止まれば人生は終わる。

 だから彼はあらがった。



 ……彼は願い続けていた。


 例え自分が別人になっても良い、それでも「世界全てを治めたい」と。

 そうして手に入れたのは、死後を操る能力。

 他人の身体を奪う事で、終わるはずの生涯を続けられる術。

 決して楽な道のりではなかった。


 終わらない夢を叶えるために、例え世界を敵に回そうとも足掻いた。

 

 英雄でなくていい。

 自己満足だと、強欲の根源と罵られてもいい。

 純粋でも不純も立派な「夢」なのだから。


 子供が描き続けた未来を否定することができないように、この気持ちを誰かが犯すことなどできまい。


 自分が「夢」を持った時から、全てを投げ打つ覚悟はできていた。

 代償や苦痛を受け入れる自身もあった。

 涙を何度流そうと、心が何度折れようと、死ぬまで諦めないつもりでいた。


 何よりこの衝動を抑えつけることなどできなかった。


 それを努力というには余りに醜かったけれど、彼はもがき続けたのだ。

 いつか、あの憧れた姿が自分と重なる日が来ることを願いながら。

 それがどんなに邪悪な欲望であろうと知りながら。

 夢を追いかけることをめられなかった。

 夢を見ることをめられなかった。

 いつか叶えると信じて。




 魔王かれもまた、人であったらしい。













 俺の中には未だに、彼の「夢」が眠っている









□□□






「なあ、不思議なことがあるんだが」


 俺は今、賢者と謎を解き進めている。もっとも困っているのは俺だけで、彼女は既に確信を得たようだ。そして俺は真実を知らなければならない。



「魔王の魔力をほとんど持っていくような魔法を、魔王はどうやって発動させようとしたんだ?自分が消滅しかけるリスクを負ってまで、時間を巻き戻す意味はないだろ?」


「だからこそ奥の手なのよ。私は魔王が次の肉体を手に入れるために、魔方陣を仕掛けたと言ったけれど……例え魔王が勝利しても、アレを使うことは無かったはずよ」


「じゃあどうして?」


「あの魔法は、私たちが強過ぎたときのためよ」


「……強過ぎた?」


 いや十分強いだろ。

 俺が何回殺されたと思っているんだ?


「貴方の考えてる強さとは違うわ。私が言ってるのは、勇者が魔王を一瞬で倒せるほど強かった場合のことよ」


「一瞬で………」


 なるほど、段々と理解できてきた。


 普通にあの魔方陣を起動すれば、自分が消滅してしまう。

 だったら、発動するとしたら自分の魔力が有り余っているときに使うはず。

 それは一体いつだろうか。


 答えは戦闘になる前だ。




「例えばそうね……魔王が魔法を唱えるよりも早く勇者に殺された場合……勇者が強すぎたでも、暗殺でもいいけれど、とにかく戦闘前に予想外のことが起きたとき。彼が魔法陣に触れれさえすれば、その最悪の事態を避けられる、そのために仕掛けたってところが妥当かしら」


 そう、それはまさに最初の俺だ。


 最初のループの俺だ。


 何が起こったのかすら分からずに殺され、けれど賢者が魔法陣を起動したことで蘇ることができた。

 その後も何回か死にはしたものの、瞬殺ということは減り、事態は良い方向に進展していった。

 まさか魔王も、この魔法がここまで使われるとは思いもしなかっただろう。


 ところで……


「君が毎回巻き戻しの魔法を使う度、俺の身体って消えているんじゃないのか?魔王の魔力が消費されてる訳だから、段々とすり減っている気がするんだが」


「水と水車の関係よ」


「……え?」


「魔力っていうのは水、魔法っていうのは水車。水量によって水車は周るけど、水の量は変わらない。ただし、水が元の形に戻ることはないのに対して、それを巻き戻すのがこの魔法なのだけれどね。それに………。………。……」


 そして詳しい解説と共に魔力と魔方陣の関係を語ってくれた。

 何だか中学校の理科で聞いたような説明……確かアレは電気の内容だったか。電圧とか電流とか、電気抵抗とかナントカカントカ。


 ……苦手分野だったな。


 まあ取り敢えず、彼女の口振りから察するに、俺は今のところ魔方に巻き込まれて消滅することはないらしい。

 彼女は俺の脳内エラーを感知したのか、簡単にまとめてくれた。


「まあ、貴方の魂が宿っているのは魔力じゃなくて、肉体だから安心しなさい。貴方の魔力が空っぽになったとしても、死ぬようなことはないかしら」


「そうか……なら良いんだ」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 と言っても、それで俺が助かったということじゃない。

 まだ、俺は魔王の影響下にいる。


「もちろんコレはあくまで推測よ。万一違うということもあり得るかしら。真相は魔王本人にしか分からないわ。私はただ、自分の知識と記憶から思考しただけ」


「いや、多分合っていると思うけど……そうだな、一つ質問させてくれ」


「何かしら?」




「勇者の魔力はどうなった」



 賢者の眉がピクリと動く。あれ、不味いことだったのか?


「……彼の暴走のことを言っているのかしら」


「あ、ああそうだ。というか、それで全てが繋がる。俺の疑問は無くなるんだ」


「けれど、その質問をするということは、貴方も理論を理解したのでしょう?」


「理論?」


「私の話してあげた《魔方陣における魔力の変化》の概念について」


「できてないから尋ねたんだが?」


「一回で覚えなさい」


 無理難題も良いところだ。


「いや、科学は苦手な方でさ」


「科学……?」


 首を傾げる賢者。

 あれ、もしかしてこれって「魔法の発達した世界で、科学は迷信」パターンか。


「貴方、科学を理解できるのかしら?」


「え?まあ、学校で習った5年分ぐらいは」


「……ウソ……」


 急に黙ってしまった。

 何でだ。


「……魔法一筋の私に、科学はいらないわ」


「え、普通にいるだろ?日常生活に不可欠だろ?」


「……」


 また黙ってしまった。

 いや、違う。耳を澄ますと声が聞こえた

 ボソボソと賢者が呟いているんだ。


「……別に不得意なわけじゃないし、一年で飽きただけなのだけれど……」


「おい、何言ってるのか分からないんだが」


 普段の口調と違いすぎて聞き取れない。

 けれど彼女はどこか上の空といった風でコチラを向こうとせず、暗い顔を浮かべている。

 しょうがないので肩を軽く叩いた所、やっと意識が戻ってきた。

 コホンと咳をして、俺をジッと見つめる。

 さっきとは目線に変化がついた気がするが、錯覚だろうか。


「……まあ良いわ。貴方、私に質問していたわね」


「うんまあ、勇者の魔力について尋ねたけど」


「答えてあげようかしら。今そこでグッスリ寝ている勇者のことだけれど……あるわよ。彼に魔力は、しかも貴方の考えている通りのモノがね」


「だとしたら、何で、ループで消えなかったんだ?全てが元に戻る筈だろ?」


「言ったでしょ?この魔法で戻るのは、発動者以外の全ての時間。逆に言えば、私と貴方が戻ることはないのよ」


「なるほどな………






 つまり勇者は、今も魔王に憑依されてるってことか」





 これで全てが繋がった。

 そして解決する。





 俺が元に戻る方法も。



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