第33話 魔王は理由を知りたがる



 真っ白な部屋の中。


 最初に見えたのは天井だった。




「……」




 どうやら俺は意識を失っていたらしい。

 手で顔を拭い、首を振ることで軽く眠気を振り払う。

 ふと背後に重力を感じ、俺は自分の身体が横たわっていることに気づいた。


 同時に、俺の後頭部が、何か柔らかいものを枕にしている感覚を覚える。




 ………これは、まさか……




 それを探るべく、俺は起き上がろうと腕に力を入れた。




「あら、気分はどうかしら」




 不意にどこからか声が飛んできた。

 俺は慌てて首を動かし、声の主を探す。

 すると俺の視界を覆うように、彼女は姿を現した。


「他人の記憶を見るというのは、中々珍しい体験だったでしょ?」





 ……ああ。


 自分の前世を味わうことぐらい、刺激的な体験だったよ。







□□□






「俺は全てを見せてもらった」


「ええ、そうね」


「賢者、君は……理解できたのか?あそこで起こったことを……」


「私は天才よ」



 ドンッ!!と効果音が付きそうな程、自信満々の回答。

 自画自賛も甚だしくて、苦笑するしかない。


「ああ……そうだな。確認するまでもなかったか」


「ええ、忘れないようにしなさい」


「そうしとくよ」


「忘れるな」なんて、記憶喪失の人に向かって言う台詞ではないだろう、と喉元まで出かかった言葉飲み込んで、軽く相槌を打った。

 こんな下らないやり取りで時間を食っていては困る。

 俺は今すぐ聞きたいことがあるからだ。



 最終的に魔王はどうなったのか、ということだ。



「さっきの記憶から察するに、魔王は死んでいなかったということか?」


「いいえ、死んだわ。精神的(・・・)にはね」


 精神的……?


 それはあれか、魂が消滅したみたいなことか。

 だったら心の反意語である身体は……



「肉体は生きてた、ってことか」


「何言ってるのかしら。貴方は魔王の遺体を見たはずでしょ」



 理不尽ロジックッ!!



「何でだ!?身体と精神が死んだら、人間に何が残るんだ!?」


「皆との思い出かしら」


「何そのポエムチックなの!?」


「彼との思い出は永遠よ、私の心の中でね」


「切ないけれどもねッ!?絶対に間違っている!!………一体何なんだよ、俺には分からない」


「いいえ、それは当然よ。だって魔王は人間でないもの」


「……どういうことだ?」



 その瞬間に気付く。



 魔王は魔人だと言っていた。

 そして彼が、人間である勇者たち以上に持っていたもの、それは……


「彼の魔力(・・)は生き続けていた。物質的に生きる……という言い方になるのかしら」




 人間には細胞がある。

 その一つ一つに心が宿っていなくとも、無数に集まれば感情を持った「一人」になる。

 細胞が活動し続ける限り、俺たちは精神を保ち続ける。

 ならば、もし意識がなくとも心臓が動いていれば。


 人として死んでいたとしても、それは生物として生きている。

 倫理的には意味をなさなくとも、物質的として確かに存在する。


 なら、魔王という魔力によって生きる存在ならどうなるか


「普通の人間なら息が止まった時点で人生は終わり。百年も生きるには十分かもしれないけれど、二百年には遠く及ばない」



 だったら、方法は一つ



「……身体を別の物に作り変える……」


「その通り、かしらね。血の代わりに魔力を、骨の代わりに魔力を、神経の代わりに魔力を、意識の代わりに魔力を。そうして完成したのは「生きる魔力」といったところかしら」


「……そしてそれは、生命活動に必要な、器官という概念を持たない」


「ええ、魔力自体が生きているもの。言ってみればスライムね。分裂は当たり前。例え自身の半分を失っても動き続けるの。さっきの魔王みたいにね」


 さっきの魔王、というのは最後の光景のことだろう。

 巻き戻しの魔法を発動させたことで魔力のほぼ全てが吸い取られた魔王。

 あの時の賢者は魔王を倒せたと思い込んでいたが、実際は勇者の中に少しばかり残っていた。

 そして、その残骸が勇者に飛びかかろうとして実体化する。

 そこで時間の巻き戻しが起こった。




「ところで貴方、最後に魔王は何をしようとしていたと思う?」


 不意に賢者が俺に尋ねてくる。


 ……魔王が何をしようとしたか、だって?


「いやそりゃ、精一杯の力を振り絞って、射手に取り憑こうと……」


「何のためにかしら?」


「それは………えっと……」


「理由がないかしら。だったら違うのよ」


 理由が……ない?


 言われて気づく。

 彼が射手に飛びつくメリットはないのだ。


 巻き戻しの魔法が発動すれば、全てが無に帰る。例え魔王が誰かに憑依したとしても、それは変わらないのだ。


「私はこう考えたのだけれど」



 賢者はそう言いながらも、まるで真実を語るように言った。



「彼が最後にしようとしたこと、それは巻き戻す時間の調整だったのよ」



「調整?」



「貴方は最後まで私の記憶を見たかしら?彼は勇者から抜け出ることで、自ら魔方陣に吸収されに行ったのよ……魔方陣に触れようとしてね」


「それは……何のために?」


「彼は危険を感じたかしら。このまま魔法が発動すれば、自分が倒される運命が決まってしまう、みたいにね。だから最後まで足掻いたの。……あの巻き戻しの魔法を使うために」


「使うも何も、もう発動しているんじゃなかっ…………そうか……」


 あの魔方陣の魔法は、二回使われた。

 同時に発動したんだ。

 そうして、俺の出した結論に行き着く。


 つまり俺と賢者の推測は、ほぼ同じだったようだ。




「ええ、そうよ。彼は賭けに出たの。







 その結果として、貴方がここに呼ばれた」


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