第25話 賢者は魔王にお願いする




「………」



 いつもなら聞こえる勇者の声。

 魔王を倒すと意気込む彼の気合が、なかった。


 反対に、響いているのは静寂という無音の空気。


 ゆっくりと開けていく視界。

 俺は目の前に四人を見つけた。


 賢者は相変わらず俺を、無表情で見つめている。

 そしてその横に、残りの3人が寝転がっていた。


 一瞬死んでいるのかと思ったが、彼らの穏やかな表情と傷一つない身体を見る限り、眠っているだけのようだ。

 当然、自分から眠った訳ではないだろう。

 賢者が睡眠の魔法か何かを使ったに違いない。

 3人は綺麗に横に並べられ、部屋に小さな寝息が立っていた。


「……彼らがいると、話し合いの邪魔になるからよ」


 俺が勇者たちに視線を向けていたからだろう、賢者は俺の疑問に答える。


「貴方に課した死に戻りは、4回。貴方は既に3回を使った。……ねえ、残り一回をどうするつもりかしら。貴方は今回で真実を掴まないといけないのよ」


「ちゃんと何をどうするかは、考えているよ」


「あらそう、だったら良いのだけれども」


 少女は、質問をした割に、俺の答えをぞんざいに扱う。

 まるで恋人から興味のない話題を話しかけられた時のように。彼女の余りにもあっさりとした返答に、俺は黙るしかなかった。


 そんな俺の態度に、彼女は少しだけ笑みをこぼす。


「別に固くなる必要はないわ。私はせっかく最後の機会だし、協力してあげようとしてるのよ」


 協力だと?


「……ええと、どう言う意味だ?」


「そのままの意味よ」


 彼女は一歩、俺に近づいた。

 たったそれだけなのに、俺には目と鼻の先にいるような感覚を覚えた。

 そのまま手を伸ばせば、彼女の頬に触れられそうな程に近く、だからこそゾッとする。


「貴方が誰に何をしたいか、言ってご覧なさい。私がそれに必要な環境を作ってあげるから。勇者を殺したいって言うのなら、私は貴方に武器を与えるし、射手ともっと話したいなんて言えば、彼女から武器を取り上げて起こしてあげるわ。戦士と決闘して勝利したいなら、貴方に必要な分の力を与えて戦わせてあげる。………それで、貴方が真実を知ることができるなら」


「……俺は」


「もちろん、理解できる筈ないって諦めてるなら、せめて今回だけは好きなように遊んでも良いのよ。彼らを服従させたいとか、空を自由に飛び回りたいとか。私が許す限りなら、貴方の願いを叶えてあげるから」


 甘い誘いだ。

 死ぬ前に、何でも願いを叶えてやる。

 もしも昨日までの俺が、そんなことを言われたら、喜んで好き放題なことを言っていただろう。

 平凡な学力、平凡な能力。特技なんてものもなかったし、将来に不安を感じて生きてきた。

 きっと今以上の俺にはなれない、そう諦めていた。



 ……俺がここで死ぬまでは。


 何でも願いを叶えてくれる?

 そんなの、今の俺には必要ない。


 例えこの世界から抜け出す方法を教えてくれるとしても、だ。


 彼女の提案に俺は首を横に振る。


「いや良いよ。……… 俺はもう、分かっているから」



 彼女の眉がピクリと動く。


「……それは、どう言うことかしら」


 俺は笑って答えた。


「そのままの意味さ」


 彼女に向かって、足を一歩踏み出す。


「賢者……君の言った条件っていうのはさ、君が自害を強要する理由を知れってことだろ?」


 もう一歩。

 彼女の柔らかそうな唇にすら触れてしまいそうな気がした。


「それならもう、理解した。だから……一つだけ望みをいうなら、答え合わせをしてほしい。」


 いや、違うな。


 逆だ。


「そう、君が願いを叶えるんじゃない。俺が望みを叶えてあげるんだ」


「……望みですって?」


「君は俺に教えて欲しいんだろ?……俺が、俺の正体(・・)を知っているかどうか」


 俺は、最後に一歩踏み出す。

 賢者との距離が、随分と縮まった。

 そんな俺を、彼女は不服そうに見つめる。


「その言い方、気に入らないのだけれど……」


「だったらゴメンと謝ろう。けれど、君はどうするのかな……?」


 彼女も、一歩前へ進む。

 そうして俺たちは向かい合った。


「……いいでしょう。話してみなさい」



□□□



「……そうね、まずは私が死に戻りを四回と制限した後、貴方がとった行動の意味を教えてくれるかしら?」


 彼女は俺に、時間がないと言って制限を設けた。

 それが四回だけの死に戻り。

 四回目に死んだ後、俺は強制的に自害をさせられると脅迫された。

 それまでの間に、何故自殺をしなければならないのかを理解しろと言われ、俺は当然それに従った。


 けれど、俺が説明してなかったからだろう、彼女に俺の意図は伝わらなかったらしい。


 俺がした行動は3つ。


 勇者と試合。


 射手と遊戯。


 戦士と決闘。


 分かりやすいと思ったのだが、いささか説明不足だったようだ。


「ええっと、簡単に言うとすれば……確認だ」


「一体何をかしら」


「そんなの決まっているだろ。俺とお前以外に、変な奴はいないかだ」


 具体的に言うとすれば、彼らはこのループに関係しているかどうか、ということ。


 ループの知識を持つ者。

 ループしていることに気がついている者。

 ループをさせている者。


 ともかく俺と彼女以外に、この死に戻りと関係している人がいるかを確かめたかった。

 普通に賢者に尋ねれば良い、ということもあるだろう。

 だが、これまで何度も猫を被っていた彼女のことだ。

 誤魔化し、はぐらかしはお手の物で、結局信じきることはできないだろう。

 むしろ俺が疑っていると知ったら、完全に隠されてしまうかもしれない。


 例えば、あの魔方陣。


 勇者が偶然気付いたが、彼女の言葉を思い返せば。あれも本当なら隠蔽していたらしい。

 逆に言えば、彼女が本気を出すと、仲間がいたとしても俺は気づくことができない。

 俺は彼女の手の上で踊るしかない訳だ。


 しかし彼女は俺に、謎を追求するチャンスを与えた。

 完全なる迷宮入りにすることもできるはずなのに。


 考えれるのは、彼女が俺に気づいて欲しいことがある、ということ。

 そして一番重要なのは、俺が知るのに必要なことは、隠していないということ。

 まさかクイズの司会者が四択問題に正解を入れないはずもなく、小学校の先生がフランス文学の論述を解かせる訳もなく。

 彼らが出題するのはあくまで解答者が正解できる問題だけだ。

 彼女も当然、それを分かった上で、俺に4つのチャンスを提案したのだろう。


 けれども、彼女以外は?


 ここに第三者が関わってくれば、話は別だ。

 四択クイズから答えを抜いて三択にしてしまうことも、ひらがなの文章をフランスの論文にすることもできる。

 何故なら彼らは、解答者に問題を答えさせる意味がないからだ。

 殺人事件で面白半分に証拠を盗まれては、事件も事故になってしまう。

 だから俺は、勇者たちと話し合う必要があった。


「勇者たちにループの記憶や知識があるなら、より複雑な推理が必要となってくる。もしかしたら勇者に化けた魔王がいるかも、何てことまで考えなくちゃならない。だから俺は、彼らの本心を知ることで、その疑惑を晴らさなくちゃならなかった」


「……その結果があの死に急ぎになったのかしら」


「分かり合うには拳が一番……みたいなことを言うつもりはないけど、疑いを弱くすることはできた。彼らの中で、不自然なことをする人がいないかを見ることでね」


 勇者パーティー。

 それは、戦うときに、連携をとって相手を倒すチームである。

 だからもし、彼らが仲間のある1人に違和感を持てば、それはチームとして成り立っていないのである。

 勇者が利き手を変えるだけでも誰かが注意するはずだし、射手の口調が変われば、不思議がるはずだ。

 そして例えごまかそうとしても、全力の俺と戦っていればボロが出るはずなのだ。


 闘いとは、人により癖が出る。

 それは長年の鍛錬により築き上げたもので、簡単に変えられるものではない。

 故に普段の動きと違っていれば、怪我をしているなどと察することができる。

 一度でもテレビでスポーツ観戦を見れば分かると思うが、解説者は選手が変な挙動をすると即座に反応し、その原因を推測しながら話している。

 俺は画面の中で話すことなどないが、彼らの闘い方を短い間で多く見た。

 しかもその技を真正面から受け続けている。

 彼らは同じ時間を繰り返しているのだから、技が鈍ることも、型を変えることもない。


 つまり、俺は彼らと戦うことで、違和感を見つけ出そうとしたのだ。


「俺は弱かった。けど、さっきの戦士との闘いの通りに俺は強くなっていった。通常ならありえない成長速度で、だ。もし俺の弱さを知ってた奴がいるなら、このしぶとい姿に驚いたはずなんだ」


「……それで誰も驚かなかった、そういうことかしら」


「ああ、彼らは感情を剥き出しにしながらも、俺との闘いでは一切手を抜かなかった。弱いはずの俺にだ。それが証拠だ」


「……呆れた。そんなの、論理も不明確な、感情論じゃない」


「そうだな、けれど俺は間違いなく、彼らを正真正銘の英雄だと思っている。それが重要なんだ」


 勇者の言葉を借りるなら


「俺は俺を信じているからなっ!!」………だ。


 誰よりもここで勇者たちを見ていた俺だ。間違うわけない。

 賢者は溜め息をつきながら、まあ良いわ、と呟く。


「……それで?まさか、それだけの為に三回も惨敗したんじゃないでしょう?」


「もちろん。もう一つの方は、完全に納得してくれると思うぜ?」



 だって、あの三人がいってくれたように。




「俺はどうやら本当に魔王だったらしいからな」




 彼女はフフっと微笑んだ。



「遂にそこまで来たのかしら……だったら説明をお願いするわ」







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