第24話 戦士は正義を貫いて



「貴方のせいで、僕の仲間は全滅しました。



 戦士は語る。



「元々、僕は兵士の一人として、魔王軍と戦っていました。最前線に立ち、敵を迎え撃つ。決して楽しい訳ではありませんでしたけれど、正義のためと思えばやり甲斐を持てていました」


 その拳から、壊れたメガネの欠片が零れ落ちる。


「それも仲間の、しかも一番俺の親友と思っていた人の裏切りがあるまででしたっ!!ええ、驚きましたよ、まさか魔王のスパイだったとはね。驚く僕を尻目に彼と、彼の誘き寄せた敵により内部は混乱、僕も深い傷を負う羽目になりましたよ。それでも、その時は命からがら逃げ出すことに成功しました。その代償として部隊は全滅、僕自身も目に受けた傷により視力が低下してしまいましたけどね。ああ、別にそれは良いんです。戦争ですからね、敵対国ですからね、人が死ぬのは避けられないことでしょう」



 戦士から溢れ出す言葉。

 それは今までの無口な彼からは考えらない程の、乱暴で感情的な台詞だった。



「ただしその時から僕は、かつての親友を殺すためだけに生きようとしました。それはもう、色んな感情が僕の中に渦巻きましたよ。友情とは何だったのか、それを考えるたびに眠れぬ夜を過ごし、死んだ仲間の幻覚や幻聴に悩まされました。たった一人だけ生き残ったことに深く苦しみました。それでも、死んでいった仲間の無念を晴らすために、彼の後を追ったのです。彼と決着をつけること、そのことが僕の使命だと信じることで、僕は立ち上がれたのです」


 そして、燃え上がる瞳で俺を強く睨んだ。



「けれども、その思いすら打ち砕いたのが魔王っ!!! 貴様だっ!!!」



 突然の激昂に、思わず息が詰まった。


「僕の生きるたった一つの意味、それすらも貴様は奪ったんだっ!!」


「……どういうことだ?」


「とぼけるな、クズがッ!!そのスパイを、お前が殺したんだろうがッ!!」


「……何だと?」




「僕は彼と戦うことで、彼の罪を、自分の罪を償うつもりだった。それが俺の生きる意味だった。けれどッ!! お前がソイツを、情報抹消という名目で、催眠により自害させたんだろうがッ!!」


 「戦士……」と勇者は呟くも、その先をいうことができないようだった。


「勇者、君には感謝している。魔王を殺すことだけに専念し、廃人のようだった僕を救い出し、このステージまで連れてきてくれたんだからねッ!!!」



 彼の怒りは確かに俺に向いている。

 けれども俺は、何も知らなかった。


 彼の元・友人、それがスパイだった。

 そして魔王はその隠密活動を命じ、帰ってきた彼を殺した、ということなのだろう。

 成る程、戦士からしてみれば、魔王とは全ての悪の元凶なのだろう。

 仲間を間接的に葬り、仇討ちをさせず、元とはいえ親友だった人を殺された。

 複雑な思いが巡ったに違いない。

 しかも想像でしかないが、その友達を催眠により自害させたといっていたが、もしかしたら洗脳のしていたのかもと考えられる。

 軍から逸れた瞬間に拉致してスパイ活動をするよう刷り込み、無自覚なまま操り人形となっていたのかもしれない。


 彼が俺を恨む理由、それは全てを奪われたことによる「憎しみ」のためであった。

 それは誰のためでもなく、何のためでもない。

 名目上は敵討ちだが、無くなることのない苦しみから解放されようと、魔王に怒りをぶつけることで解決しようとする、短絡的な行動である。


 もの静かな戦士の裏に隠された、闇のような強い衝動。

 それが彼をここに立たさせていたのだ。


「あの日、俺が彼に追いつくと、縛られた手でナイフを持ち、自らの喉元にナイフを突き刺す姿があった!! 貴様には同じような目にあってもらおうかッ!! 俺に敗北し、彼の付けていたものと同じ『魔封じの手枷』で拘束されたまま、自害すると良いッ!!」



 言うが早いか、彼は槍を振り上げ、俺に飛びかかってきた。

 反射的に飛び退く俺、振り下ろされた一撃目を避けることに成功する。


「決闘とはッ!! 互いが全力で殺しあうことだッ!!」


 槍をひるがえし、戦士は右足を前に踏み込む。

 その矛先は俺の心臓だ。


 力を込めて、繰り出される打突。

 数秒先が、俺の胸に突き刺さる未来が読めた。


「ルールは無用、最後に立っていた奴が正義だッ!!」



「それがお前の本心って奴か……」


「そうかもなッ!!」



 ビュンッと、彼の槍は俺の脳めがけて繰り出される。

 俺の体勢では、完全に避けきることは不可能だ。

 ……だったら!!



 

 バキンッ!!!



「……そうだ、それでいいッ!! 僕に、憎しみに、決着をつけさせろッ!!」


 その長い槍先は、俺のことを掠め取っていた。

 顔に薄っすらと血が滲む。

 けれども、自分でも驚くことに、


 俺は、戦士の胸に拳をを打ち出していた。


「フンッ!!」


 戦士は槍で俺を薙ぎ払う。

 近距離では避けることもできずに吹き飛ばされた。

 足を踏ん張り、壁際で何とか衝撃を耐えきる。


 止まってはいけない。


 気付くと足は動き出し、左側へ身体を仰け反らせていた。

 そうして、俺の背後にあった壁に巨大なヒビが入り、ビイイインと何かが震える音がした。

 視界に入ったのは、壁に刺さった戦士の槍。

 意味を理解するより早く、俺は敵の位置を確認する。

 

 そして俺目掛けて走ってくる戦士を捉えた。

 逃げ出したくなる気持ちと相反し、俺の身体は彼に向かった走り出す。

 距離は5メートルもない。

 俺と戦士が同時に手を振りかぶる。


 瞬間、骨の砕ける音と共に、両方のクロスカウンターが決まる。

 決まったのは……俺の右ストレートの方だった。


 俺は、彼の頰を殴ったのだ。


「……ッ!!」


 戦士は歯を食い縛る。

 俺の攻撃は余り強くなかったのだろうか、彼はすぐさま俺に蹴りを喰らわす。


「ウグッ………!!」


 腹部に走る、内臓を砕かれたような痛み、涙腺が緩み、汗が噴き出す。

 けれど、泣いている暇はない。

 俺は、すぐに敵から距離をとり、相手を睨みつける。


「僕の動きに魔法なしでついてくるとはな……、魔王ってのはただの魔術師じゃねえってことか」


 戦士はそう言って、壁まで下がり、深く突き刺さっていた槍を引き抜いた。

 周りで傍観していた勇者たちも俺を睨んでいる。

 けれども、そんな魔王を最も疑いたいのは俺だった。



 おかしい。



 俺はここまで強くない。


 運動神経は人並みしかなく、身体を鍛えていた訳でもない。

 それでも、俺は動けている。戦士と闘い続けられている。

 俺は強くなったのか。一体なんでだ。



 いや、違う。

 思い返せば、俺は強くなっていった。



 最初は勇者の一撃で死んだ。

 少したってからは、直ぐに死ぬことはなくなった。

 それはただ単に、相手が手加減しているからだとか、俺の気力の問題だと思っていた。

 けれども、それだけじゃ説明のつかないこともある。


 例えば、前回の射手とのゲーム。

 どう考えても致死量の傷を負いながらも、俺は立ち続けられた。


 または勇者との闘い。

 俺と勇者は、圧倒的な力のさがあるにも関わらず、直ぐに決着はつかなかった。

 これは明らかにおかしい。

 素人とボクサーの試合を考えればわかる。

 いくら試合前にトレーニングをしたからといって、1分もすればノックアウトだ。

 そう、それは試合などではなく、唯の死に急ぎだ。

 にも関わらず、前日まで高校生だった俺は、彼と試合をすることができた。



 つまり、俺は死ぬごとに、異常な成長率で強くなっている。



 理由は、思いつかない。




 いや、知っている。



 もしかして、これが賢者の言っていた答えなのだろうか。

 時間がないとは、こういう意味だったのだろうか。


 まさか………魔王というのは……




「終わりだ」



 ハッと我に帰ったとき、世界が反転していた。


 そして今まで感じたことのない速度で、感覚がなくなっていく。

 血の気が引き、頭から熱がなくなって気づいた。

 俺は宙を舞っている。



……俺の身体が向こうにある……



今度は……意識が一瞬で消し飛んだ……







モウスグ、キミ二アエルネ




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