第22話 射手は勇者を信じてる


「さて、私は貴方を射殺して良いのよね」




 目の前には弓を構えた金髪の少女。

 狙いは当然ながらこの俺だ。



「ああ、俺は全て耐え切ってみせよう。来るが良い」


 ただし、頭は駄目だ……


 そう言おうとした時だった。



 空気の裂ける音。



 俺の腹に矢が突き刺さった。



「グウッ!?」



 身体の中で肉が捩れる。肌の裂けた部分が空気に刺激され、血が流れ落ちる。


 けれどそれだけじゃない。

 まるで矢が、神経を絡めとりながら奥深くまで突き刺さり、刺さった部分の感覚が麻痺していく。

 そうして生まれた痛みは、神経が爆弾で吹き飛ぶような、熱い感覚を生み出していく。


 勇者の剣とは違う、射撃の痛み。

 汗が、恐れが、一気に吹き出す。


「ウッ……………ッ!!」


 歯を食い縛らなければ気絶しそうになる。

 こんな賭けをするんじゃなかったという後悔が、一瞬頭をよぎる。

 だが、俺は辛いことから逃げたいのではない。

 この世界から抜け出したいから、抗っているのだ。

 負けられない、こんな弱い心に。


 大きく息を吐いた。


「あら、本当に防御も魔法壁もないのね」


 俺を射った少女は驚いたように呟く。


「もし矢をはじき返す魔法がかかっていたらと思って、軽めに射ったのだけど……杞憂だったみたいね」


 少女はそう確信する。

 ……今のが軽め、だって?


 けれども今までのループを思い返し、俺は納得せざるをえなかった。

 ある時は、勇者を一撃で仕留めるほどの殺傷力だった。

 ある時は、弓矢の形状が変化してスピードが上がっていた。


 そして彼女が本気で俺の頭を狙ったとき、俺は反応することもできずに死んでいった。


 それでも、俺にはどうすることも、ましてや今更中止を求めることもできないのだ。


「まあ、それでも……下手に力を入れて、アンタの魔法の餌食になるのは勘弁ね……良いわ、アンタと同じく、私も魔法を使わないであげる」


 彼女は悪戯っ子のような、嫌な笑みを浮かべた。


「精々、苦しみながら息絶えなさい」



 残る約束の矢数は、9本。



 俺の身体は、もつのだろうか。少し弱気になる。

 けれど、俺は何回も身体の限界を味わった。

 そのせいか、諦めないという精神は強くなったと思う。

 いや、強くなった。

 故に言えることはただ一つ。


 俺は絶対、生き耐える。


 最後まで、まっすぐ前を向いてやる。

 目の前の少女も、俺を倒すことに神経を集中している。



 数秒後、彼女は金髪を揺らしながら、二発目の矢を放ったのであった。


□□□



「ウウッ!!!」



 痛みは麻痺している。

 けれど、視界はボヤけてきている。


 俺の身体には不自然な穴が9本。その全てに矢が刺さっている。

 その傷からドロドロと血を垂れ流し、床は紅い池が出来上がる。、俺は前を見続ける。


 彼女は、弓を持ったまま声をだした。

 俺は感覚をやられて耳が遠くなっていたが、意識を強く向けることで、何とか聞き取れる。


「……両手、両足、両胸、腹、そして首に二つ。普通なら、放っといても死ぬ量の傷なんだけど……中々しぶといわね。けれど、さっきの自信はどうしたのかしら。既に虫の息じゃないの」


「………ッ」


 口はもう塞ぐ気力もない。

 もちろん声を捻り出すこともできないし、そもそも、首に穴があるせいで呼吸もままならない。

 少女はあんなことを言っているが、俺が立っていられるのは少女の矢の腕前のおかげだ。

 なぶり殺しにするかのごとく、致命傷となる傷の一歩前を狙って俺に当ててくる。

 

 最初に足を潰され、矢で地面と固定された。

 倒れ込むこともできずに絶叫する俺は、次に右半身、そして左半身へと、焦らすように矢を撃った。

 そうして脊髄を避けるようにしながらも、俺の肺を狙い、呼吸困難となったところで、彼女は喉を狙ってきたんだ。当然、脳に血流が上手く回らなくなっていった。


 彼女は呆れたような声を漏らす。


「ハア……アンタって本当に魔王なの? その姿のどこにプライドがあるのよ」


 確かに俺は彼女に向けて挑発をしていた。

 けれども結果として残ったものは、この情け無い姿だけだった。

 このままじゃ、終われない。

 彼女に伝えないといけないことがある。

 そう思っていても、俺の身体には既に、意識から遠く切り離されていた。


 何も言い返さない俺を見て、彼女は何かを悟ったのだろう。

 身体を半身にし、弓を床と垂直になるよう持ち上げる。


「……サヨナラよ」



 そう言って彼女が矢をつがえたときだった。



 俺の口が勝手に語り出したのだ。




「金髪………お前にとって、悪とは何なのだ?」




 俺は驚く。

 それは、限界をむかえた身体が、限界を超えた瞬間だった。

 俺の言いたかったことを、身体が代弁して話してくれたかのような、奇妙な感覚に襲われた。


 言った本人がビックリしているのだ。

 当然、彼女も目を見開いた。



「アンタ、まだ動けるの!? ……前言撤回よ、アナタは魔王だわ」


 彼女は俺を憎憎しげに睨んだ。


「こんなにしぶとい生物、他に見たことないもの」



「悪とは何なのだ?」


 俺の口は、同じ質問を繰り返す。

 それは機械的な言い方で、それでいて強い口調であった。

 この言葉の意味は、ただ聞いただけでは分からないかもしれない

 けれども、俺はこの答えを知る必要があった。


 この質問に対する彼女の答えで、俺の未来が決まるからだ。



「何でそんなことが聞きたいの?……良いわよ、冥土の土産話に答えてあげる」


 彼女は一度、弓を下ろした。

 そして血だらけとなった俺に、こう答える。




「私にとっての悪はね……存在しないのよ」




 ……魔王は悪。

 だから魔王に協力する人も、魔王の行動を否定しない人とも悪。


 けれどね、アナタから見れば、私の方が悪人なのよね?


 だって、私たちはアナタを殺そうとしているんだもの。

 だから私たちも悪。互いに違った意見が出れば、そこには敵対心が出て、いつの間にか正義と悪が戦ってるの。

 極端な話、世界に人が二人入れば、そこにはもう悪が生まれているのよ。


「だから私にとってアナタは悪なの。けれど、そんなの考えたってどうしようもない。だから、私はそういう考えを捨てた」


 彼女はそう言った後、俺から視線を少しずらした。


「私はね、応援したい人を見つけたの」



 突然、予想外の言葉に、俺は戸惑った。

 一体なんのことだ?


「ソイツは馬鹿正直で、無鉄砲で、誰かが注意しないとどこまでも走っていっちゃいそうな奴。けれども彼は、いつも真っ直ぐでぶれなかったの」


 そのとき彼女の視線は、俺に全て理解させた。

 俺の霞んだ視界の中でもハッキリと、彼女が勇者の方に向いているのが見えたのだから。


「……俺が、どうかしたか?」


 勇者が射手に問う。

 ボウっとした表情を浮かべていた彼女は、ハッとするとすぐ、顔を赤くしながら俺の方を向いた。


「と、ともかく!! 私は彼を、自分の中心においたの。そうするとね、世界が広がって見えた。悪とか正義とかそんなんじゃなくて、もっと大事なことのために身体が動いてた。大切な人と生きたいから、その人と世界を見てみたいから、そんな簡単で、ハッキリとした理由があるから、私はここまで来れたのよ」


 彼女は、俺に笑いかけた。


「アナタも、人生をやり直せたら、選択を間違えないで、そういう相手と出会えたかもね」


「……ああ、そうだな」


 いや、もう出会っているのかもしれない。

 けれど、俺はその言葉を心に留めた。


 ああ、血が出過ぎたのか、段々とまぶたが下がり始める。

 それは、舞台に終演を知らせる黒いカーテンがかかるように見えた。


 やるべきことはやった。


 だからもう、このループに悔いはない。

 俺は死を、静かに受け入れた。


 


「ところで、君は勇者のことが好きなのだろう?」



「……は? ………い、いやなななななな何言ってんの!!?」



 薄らぐ意識の中、射手の声が響く。


「べ、別に嫌いって訳じゃないけど……けど、まだそういうのじゃないっていうか、あああああ!! ゆ、勇者!! 違うんだからね!! …そ、そういうことじゃないんだからね!!………!!…………………!、…………








サテ、ガンバルカ

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