第21話 射手は魔王と遊戯する


 俺は、たとえ死んでも後悔しない。


 そんな人生を歩みたい。


 だから俺は、彼らと悔いのないよう、心の底から語り合いたい。


 彼らの記憶に俺が残らなくても、俺を悪の魔王と思ったままでも。



 俺は、勇者を忘れない。





□□□







「魔王、お前を倒す!!」



「俺を倒すのはお前じゃない」



「何だと!? ……貴様、俺の力を見くびっているようだなッ!! その考えを後悔してもらおうかッ!!」


 誰が勇者らの力を見くびるのか。

 彼らの実力は、俺が身を持って実感しているというのに。

 だからこそ、今にもとびかかってきそうな勇者を説得した。


「勘違いしてくれちゃ、困るな。確かに君たちは、俺が知っている中で一番強い。だからこそ、俺にチャンスをくれと言っているんだ」


「その腐れきった頭を……なに? チャンスだと!?」


「ああ、頼む。俺からのたった一つの提案だ。それも、お前たちにとって有利な……ゲームだ」


 このゲームという例え、これは実に悪趣味な比喩だ。

 我ながらそう思う。


 だってこれから俺が説明するゲームとは…






「そこの金髪、お前と一つ賭けをしたい」







「……私が、魔王の言うことなんて聞くと思っているの?」


 いきなりの指名のせいか少し間があったが、それでも彼女は俺を威圧した。

 だが、この程度で臆するようなら、俺は今頃何千回と死んでいるはずだ。

 比喩とかじゃなくて、リアルに。


「普通なら無視するだろうな。けれど、この要求を断る手はないぜ。俺が今から説明するのは




 俺自身を的(マト)にした、射的ゲームだからな」



「はぁ?」



 予想通りの反応だが、それでいい。



 前々回のループで、賢者によって、俺が死に戻りをできるのは残り4回と宣言された。

 俺はその一回を、勇者と拳の語り合いで消費した。

 結果は一方的なものだったが、俺は彼と本気で戦ったことに悔いはない。


 他にすべきことがある?

 勇者や賢者から、情報を引き出すのに使うべきだった?


 確かに、客観的な視点から見れば、そう思うだろう。

 けれどもこれは、冷静な判断から導いた、最善の策なのだ。

 死に急ぎ野郎とか、バッドエンドまっしぐらとか、そんなことは少しも考えてない。


 確かに勇者とは一度でいいから、できるところまで勝負したいと思っていたのは間違いじゃない。

 例え今死んだとしても、さっきの決闘の後なら、清々しく受け入れただろう。


 それでも、生憎だが、俺は絶対諦めない。

 死の一秒までもがき続ける、そう決めている。

 だから、今回の射手との戦いも、無駄などではないのだ。 



 サラリとした金髪を左右に束ね、肩まで垂らした少女。

 背には弓筒、腰には革のベルト。そして手には茶色の籠手がはめられ、ピント糸の張った弓を携えていた。

 余った手には白羽根のついた矢が握られている。

 目はつり上がっているものの、美少女と言う部類に入るのは間違いない。

 顔立ちピリッと狩人の表情をしていると同時に、年相応のあどけなさも感じられる。


 金髪ちゃんは、その顔を俺に向けて、やはり依然と睨んでいた。


 俺は先ほどの言葉に説明を継ぎ足す。



「ルールは単純明快だ。

 俺は、ここから動かない。お前はそこから動くな。他の奴らも、手出しはせずに、隅にでもよっていてくれ。

 そして、金髪の君はそこから10発だけ弓を放ってくれ。俺は避けない。魔法とか、防御とかは一切しない。それで俺を地面につかせたら君の勝ち……な? シンプルだろ?」


「簡単すぎて逆に怪しい……っていうか、このゲームにアンタは何のメリットがあるのよ!!」


「そうだッ!! 俺たちの手の内を教えるような真似、ワザワザするか!!」


 前回の勇者とは違い、中々信用してくれないようだ。

 彼の王道的性格を考えるれば、自分よりも仲間を大切にするという部分が強いからかもしれない。

 自ら強敵に挑むのと、仲間を見送るのでは断然、後者の方が辛く感じるからな。


 まあ、俺が強敵とかそんな訳ないんだけどね。

 死に戻りをするからといっても、おそらく勇者に勝つのは数万年分の時間が必要になるし、その間に俺のメンタルが崩壊するのは目に見えている。

 だからと言って、そのことを普通に話しても信用してもらえることはない。


 俺にできることは精々、余裕をもって嘘を重ねることだけなんだ。



「勇者、よく考えて見ろ。お前たちがここにいる時点で、俺としては屈辱なんだ。魔王が自分の部屋まで敵の侵入を許し、更には武器を向けられている。王として、ここまで恥ずかしいことはないのだ。今の俺は、たとえお前たちを蹴散らしたとしても、誇りや仲間の信頼は消え失せていくだろう」


「俺たちを蹴散らせると思ってるのかッ!!」


 勇者が話に横槍を入れる。

 お前が良いやつなのは知っているが、少し黙っててくれ。

 ここで話の骨を折らないでほしい。

 俺は口を動かすことに専念した。


「けれども、このプライドを守り抜く方法が一つある、それこそが、このゲームなんだ」


「魔王、人の話を聞いているのかっ!!」


 ……勇者よ、その言葉をそっくりそのままお前に返すぞ。

 本当に黙っていてくれ。質問は後から聞くから。


「もし仮に、お前が無防備な俺を攻撃し、傷一つつけられなかったとしよう。そうなれば俺は、勇者パーティーを攻撃ひとつせずに勝利したと謳えるのだ


 逆に、お前たちが一斉に攻めてきた場合。

 もはや圧勝しようが、魔王の名前に傷が残ったままとなる。


つまりその瞬間、俺の誇りを取り戻すことはできなくなる。覇道は絶え、お前たちと戦う意義はなくなり、この場から逃げ去るだろう。ああ、絶対に逃げ切ってみせよう」


 勇者たちは俺の話に呑まれている。

 そこにただ一つとして真実など含まれていないのに。


「もし私がおめおめと逃げ延びた場合……称号を捨てて余生を密かに生きることに徹しようか……それは君らにとって非常に困るだろう? 何しろ、勇者の目標は魔王の首を持って帰ることなのだから」


「……俺たちの目的を知っているようだな。だが……逃げるだと!? ならば、すぐに見つけるだけだ!!」


「いいや、無理だな。俺がここにいるのは、貴様らに会うためだ。部下に倒された貴様らを見るためにな。その気になれば、この魔力を使って、人間が一生をかけてもたどり着けない場所にでも隠れられるのさ」


「そんなこと、出来るとでも……っ!!」


「出来るさ、やってみようか?」


「おう、やってみせろ!!」


「勇者……安い挑発に乗るな。本当に下手に相手を刺激して逃げられると面倒だ」


 とメガネくんがすかさず勇者をなだめる。


「あの魔力量を見ると、本当に逃走するくらい簡単なことかもしれんしな」


 流石の勇者、俺から滲み出ている魔力と言われ、冷静になったらしい。

 俺を睨みながら黙然と話を聞いている。

 やっと落ち着いたところで、俺は話を続ける。


「…本当はこの部屋に足を踏み入れた時、捕獲されたお前たちは俺をみて絶望するはずだったんだ」


 俺はワザとらしくため息をついた。


「本来ならな」


 本当は長い台詞を考えるための間なのだが、俺はさも残念そうに息を吐くことで誤魔化した。

 おそらく口調も素の自分と魔王風なのが混ざっているが、雰囲気で気づかれないようにする。


 ええと次の言葉は……こんな感じか。



「俺はお前たちが来るのを待っていた。哀れなお前たちを見るために。だが、策略は失敗、俺がお前たちと会う必要はなくなった」


「俺たちを、仲間の敵として倒そうとは思わんのかっ!!」


「俺は情に厚い方じゃなくてね。俺のプライドが無くなれば、誰にも見つからない所で寝ていようと思ってるのさ。まあ兎も角も、俺を倒せるかどうかは…金髪ちゃんにかかっているんだが」



 さて、金髪ちゃん。


「どうする?」



 彼女は深く目を瞑る。

 勇者たちは、静かに彼女を見つめる。

 やがて、金髪が揺れてたかと思うと、彼女の視線が真っ直ぐと俺を捉えた。




「……ええ良いわ、やってやろうじゃないっ!!」


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