第20話 勇者は勇者を信じている



「魔王、お前を倒す!!」




「よう勇者、また会ったな」




 白い部屋に赤い絨毯。

 銀色の髪と白い刃。


 そこに、勇者がいた。


 あの勇者がいたのだ。


□□□



「また会っただと!? 貴様、一体何処で俺のことを知った!!」


「その質問は難しいな。俺はお前と長い付き合いでもあるし、この瞬間に初めて出会ったとも言える」


「ふざけるな!! 貴様の下らん戯言を聞く筋合いはない!! 今ここで倒されるがいい!!」


「そうか、だったら丁度良よかった」


「何がだ!!」


「……俺も、お前に一つ提案があるんだ」






 俺は知らなければならない。

 何を?

 そんなことは決まっている。

 俺が死に戻りをする理由について、だ。

 賢者は、俺が死に戻りを繰り返すことで俺を絶望させようとした。

 心の折れた俺が、自ら命を絶つよう仕向けるためだ。

 つまり、俺が自害すればこの死に戻りは終わるらしい。


 誰が進んで死ぬもんか。


 そうしてもう一つ、賢者は俺に伝えた。

 俺が死ななければならない訳、それは死に戻りを繰り返せば理解できると。

 だから今、俺は残り四回の命という制限を掛けられながら、この謎を解こうとしている。

 賢者が何を考えているのか、そんなことは何度死んでも分からない。

 俺が魔王と間違えられた訳も、そもそも俺が突然この部屋で目覚めた訳も、一切思いつかない。


 分からないことが分かっている。


 そんな俺に残された道は、覚悟を持って動くこと。


 ああやってやるさ、俺にできる最大限を。




「俺とお前、一対一で勝負しないか?」




□□□



「ねえ戦士、アイツ今何て言ったの?」


「……“俺とお前、一対一で勝負しないか”だな。俺とは魔王自身、お前とは勇者のことだろう」


「そんなことは知っているのよ!! じゃなくて………ああもう!! 勇者、分かってるわね。魔王の戯言、聞く意味ないってこと」


 戯言? 残念だから俺はいつも本気だ。

 だって勇者(ソイツ)に気合がないと叱られたばっかだからな。


 前回のループでは彼と俺との間に強い絆が作られていた。

 しかし勇者は理性を失いながら暴れ、最後は賢者の魔法で弾け飛んでしまった。

 賢者が時間を戻したおかげで、こうして再び会うことができたけれど、俺との記憶は完全に消えているようだ。

 やはりあの暴走しながらも記憶を蘇らせていたのは、奇跡に近い偶然だったのだろうか。

 俺はそれでも、あの熱い魂を持った勇者を信頼していた。


 だからこそ、俺のセリフは勇者の耳に届いたのかもしれない。


 勇者は鋭く光る剣を構えながらも、俺に問いかける。


「魔王……今のは一体どういう意味で言ったんだ?」


「ちょっと勇者!?」


金髪ちゃんの声に構わず、俺は答える。


「そのままの意味さ。俺はお前に決闘を申し込んでいる。お前が勝てば俺は大人しく投降するし、俺が勝ったとしても何も求めない」


 そう、この勝負の勝ち負けに意味はない。

 圧倒的な戦力差だ。俺がこの場に居る時点で敗北は確定している。

 だからこそ、この勝負は意味を持つ。


「俺はただ、お前と1人の人間として戦いたいだけだ」



 俺は純粋に、彼と試合をしたいだけだった。


「ただし、細かく言わせて貰えば、素手での決闘だ。俺は魔法も使わないし、お前にも同様の条件で勝負してもらいたい。勝負がついた後は、俺を煮るなり焼くなり好きにすればいい。どうだ、平和的な勝負だろ?」


 俺はどんなに頑張っても、目の前に立つ四人に勝つことはできない。

 戦闘のプロと元・学生には運動神経だけでは到底比べられない壁がある。

 それは例え相手が両手両愛を動かさないというハンデを背負ったところで、微塵も縮まらない。


 だから俺の提案も、単なる悪足掻きにしかならないのだろう。


 それで良い。


 俺が求めてるのは、勝利ではなく理解だからだ。



「決闘……確認するが、お前は絶対に魔法を使わないのだな?」


「命に誓って約束する。俺が使う攻撃は、この拳だけだ」


「そうか……」



 そう言うと、勇者は俺の目をジッと見つめてきた。

 俺はソレを自然に受け止める。

 焦る必要なんてない、ありのままの俺を見せて信頼してくれれば良いんだ。


 やがて勇者は口を開く。



「魔王………俺はその決闘を受け入れよう!!」





 ルールはいたってシンプル。


 この部屋の中を、相手が降参するまで殴り合い。

 ただし、相手が気絶した場合はそのまま勝利。

 顔や金的はなしの、正々堂々とした戦いだ。



「勇者、本当に勝負するの?魔王のいうことなんて聞く方がどうかしてるのよ?」



「ああ、でも俺は奴を信じようと思う。この勝負だけで魔王が敗北を認めるなら、これ程楽なことはないだろう?」


「そうは言っても……魔王が嘘ついて魔法を使うかもしれないのよ?」


「それはない!!」


「何でよ」


「俺の直感だッ!!!」


「ハァ……呆れるしかないわね」



 そんなことを言いながらも、勇者以外の連中は俺の提案を受け入れたらしい。

 部屋の端により、中央にいる俺と勇者を傍観している。

 

 俺と勇者は互いに向かい合い、二メートル程の距離を保って静止している。

 俺は上に羽織っていたローブを脱ぎ防具を外し、隅にまとめて置いておく。

 対して勇者は、鎧を脱ぎ、聖剣を戦士に預けて最低限の装備だ。


 試合の合図は賢者に任せてある。

 彼女は不満そうな顔を見せながらも、審判を引き受けてくれた。

 試合直前、俺は勇者に声を掛ける。



「なあ、勇者。今頃だが一つ頼みがある」


「なんだ!! 怖気がついたのか!?」



「違う。


 ……やるからには本気で来てくれ」



「当然だ!!」





「……じゃあいくわよ。三…二…一…」


 短いカウントダウン。

 そして賢者は気だるげに宣言した。



「……試合始め」




 その瞬間、勇者が俺の懐まで飛び込んできた。

 俺は反応できない。何とか歯をくいしばる。気付けば身体は後方に吹き飛び、勇者の拳が突き出されているのが見えた。

 胸部に痛烈なものを覚えながらも、足を踏ん張る。打撲と骨折は間違いないだろう。

 俺は勇者から目線を外さない。彼は、腕を縮めながら俺に向かってくる。

 姿勢を作り、勇者が俺の距離に入ったときを狙い澄まし、右腕を大きく前に打ち出す。

 タイミングは完璧だったが、勇者の方が上手だった。華麗に避けられ、俺はバランスを崩す。

 勇者はガラ空きになった腹部強烈な右ストレートをかました。


「ゴハッ!!」


 息が詰まる。内臓が掻き回される感覚。

 視界が白黒として、嗚咽が溢れ出す。思わず、膝を床につけた。



「おい、どうした!! まさかこの程度か!?」


 そのセリフは煽り文句なのか、本当に驚いているのか。


 苦痛で頭の回らない俺には判断できない。

 けれど俺はフラフラとしながらも立ち上がり、言い返してやった。




「いいや、まだまだこれからさ!!」



 俺は、自分の限界まで戦い続けた。





□□□



「……ギブアップ、だ……ガハッ!!」


 十分後、俺は倒れていた。

 

 もう手足は動かない。呼吸するのが辛い。意識も朦朧としていた。

 身体は痛みが支配して、内出血で青く腫れ上がり、勇者の拳による赤い跡が浮かんでいた。

 口の中は血が溜まり、少しでも動くと、空気に擦れて全身の怪我がヒリヒリとする。

 対して勇者は、少しばかりの擦り傷だけだ。


「魔王…… お前は弱いな」


「………ガハッ、ゴホッ!!! ……… ああ、そうだな……」


 俺は弱い。

 今は人生で一番頑張った瞬間だ。

 火事場の馬鹿力とか、決死の覚悟とか、そういうのを振り絞って戦い抜いた。

 

 だから俺はもう、一歩も動くことができない。

 指一つを動かすのすら、折れた骨と伸びきった筋肉のせいで辛い。

 多分、このまま目を閉じれば、確実に死ぬだろう。

 意識を保つのが、本当に辛いのだ。

 けれども、俺はここでくたばっているだけでは終われない。

 息を大きく吸うと苦しいので、小刻み空気をとる。


「勇者………ハァ……お前……に……聞き……たいこと………ある…」


「賢者、こいつに回復魔法をかけてくれ」


「……分かったわ」


 賢者の声がしたかと思うと、俺の全身が例えようのない感覚に包まれた。

 なんだか、身体にあった重りが取り除かれるのを感じる。

 肺に刺さっていた骨が治り、自然と呼吸が軽くなる。

 思わず大きく息を吸ってしまい、むせてしまった。


 やっと思考が働くようになった俺は、改めて言い直す。



「勇者、お前に聞きたいことがある」


「なんだ、強くなる方法か? だったら毎日、剣を振れ!! 昨日より速く正しく多く振れ!! そうして走り、動き、限界を超えることで初めて強くなるんだ!! 大丈夫、お前には素質がある!!」



 何て熱血筋肉脳。


「いや、そうじゃなくて……。勇者、もしもお前が死ぬことが正しいと言われたら、どうする?」



 そう、例えば今の俺みたいに。



「何のことだ?」


「そうだな……仮に、お前が必死に願いを叶えようとしたとしよう。けれども、お前の願いは永遠に叶わないと宣言された。むしろお前が死ぬことが仲間たちにとっても良いことだと言われたら、お前は死ぬことができるのか?」



 俺みたいに、死に戻りから抜け出すことはできず、自害するまでこの巻き戻しは終わらないろしたら、君はどんな答えを出すんだ?


 俺は、勇者の答えを知りたかった。







「うん? ……知ったことか!!」




 望んだ答えは、ぞんざいなものだった。




「いや、きちんと答えて欲しいんだが」



 けれども、俺の声に対して、勇者は表情を変えずに続けた、




「ああ、だから答えた!! 俺は、一度自分が正しいと思ったことは、例え誰かに否定されようと、納得しない限りやり遂げる!! 死ぬことが正しい? 誰かの死が正しかったことは一度もない!! 俺は、絶対に別の方法で、願いを叶えてみせる!!」


 彼の言葉に迷いはない。一つ一つがハッキリと、強く強調される。


「……どうしてそこまで、言い切れるんだ? 他の道なんて、あるかも分からないのに…」


 対する俺は、疑問ですら、弱々しい口調だ。

 だが、それが普通なのだ。勇者のように、事実がないのに断定することはできないのだ。

 そう、思っていた。


 けれども、勇者はその理由を言い放った。



「いやある!! 俺ならきっと見つけ出せる!! 俺ならきっとできる!!」



 勇者は笑顔で言った。



「俺は、俺の可能性を誰よりも信じているからな!!」



 俺はその言葉に、思わず頰が緩んだ。


 単純明快。

 自分に解けない問題などない。だから、俺はやり遂げられる。

 勇者の底知れぬ自負。

 余りにも王道的すぎていて、正しすぎると思える。


 何てことない、彼にとって俺の質問はちっぽけすぎるものだったようだ。


 ふと力が抜けると、意識遠くなってきた。

 そのまま、心地よく眠れそうな程に。


 けれども次の瞬間、俺に安寧はまだ来ないことを思い知った。


 視界の端に、俺に向けて杖を構え始める賢者がいたのだ。

 俺が彼女を見ると、目で俺に語りかける。


(分かっているわね)


 おそらく俺が気絶でもしたら、またループでもさせる気なんだろう。

 時間がない、そう言ってた彼女に、俺が眠っている時間は勿体無いのだ。

 抜けてしまった力は、もう戻らない。

 俺は勇者に、最後の質問をすることにした。


「ところで勇者、お前は俺について……魔王についてどういう風に聞いていた?こんなに弱いと思っていたか?」


「魔王について? ………それは聞いているさ!! とにかく、強いってな!!」


「……世界最恐最悪の魔人にして最高峰の魔法使い。姿を変えながら、何百年も生き、世界征服を目指す絶望の象徴。彼の怒りに触れた国は数秒後に吹き飛び、彼に刃向かった者は、忠誠を誓って帰ってくる。女に興味はないくせに、強欲で、この世界全てを手中に収めようとする悪逆者。他にも挙げればキリがないが、最悪な野郎という噂だけは間違いない……」


 戦士が解説してくれた。

 なるほど、俺のイメージする魔王とソックリだ。

 世界は俺のモノだとか言っちゃう独裁系の王。

 やっぱり俺が魔王な筈はない。


「なあ、勇者。俺を……その噂通りの魔王だと思うか?」


「全く違うな!! お前は予想以上の弱さだった!!」


 まあ、そうだろう。魔王じゃないからな。

 けれども言い方に棘がある気がする。

 心に刺さったぞ。


 はあ、頭が真っ白になってきた。

 次のループのことを考えなくちゃな。


 そう思いながら、目を閉じようとした時だった。



「……それと魔王、俺はお前を弱いと言った。けれどな、どうやら間違いだ」



 最後に勇者は俺に向かって言った。



「……お前は確かに強いッ!! 俺が言うんだ、間違いない!!」



「そうか……ありがとう」




 俺は、心地良く意識を失った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る