第19話 魔王よ混沌は絶望か
俺は、随分と変わった。
自分でいうのもアレだが、かなり精神的に成長したと思う。
それは「死」という恐怖の象徴を何度も経験したから、だけではない。
最初の頃は自分が助かる道を模索するだけで精一杯だった。
それはそうだろう。
自分が殺されるというのに、他人のことを考えて行動するなんて普通はできない。
それを出来る数少ない人が、英雄と呼ばれるのだから。
当然、俺はそこまで出来た人格者ではない。
俺は誰もがそうするように、このループから脱出することだけを考えていた。
あの扉を開けることだけを求めていた。
それこそが、賢者の狙いだったというのに。
もしも俺がずっと同じように足掻き続けたとしよう。
あの扉は、この密室で唯一の出口。
今思い返すと、賢者ば俺が外に出ようとするたびに、俺を直接殺していた。
恐らくあの扉を開けてしまえば、賢者の時間を巻き戻す魔法が崩れてしまうのだろう。
彼女の言葉を借りれば、蓋を被せたコップに隙間を作ってしまうということ。
ゲームではそれをバグと呼び、正常なプレイができなくなる。
彼女の魔法も、ゲームのプログラミングとすれば、予期せぬデータには反応できない。
だから俺が扉に触れようとするたびに、彼女は俺を絶対に殺そうとする。
そうして繰り返された死に戻りの果てに、俺は思ってしまうのだ。
どうやっても助からない、と。
勇者に何百回と殺され、少女の不穏な行動に怯え、謎に押し潰され、ユックリと気が狂っていく。
おそらく、疑念を持った勇者らに寄って拷問を受けることもあるだろう。
きっと俺の理性が壊れ、記憶を保てなくなり、感覚が麻痺していく。
そうなってしまった俺は、きっと人間などとは呼べなくて……
けれども今、俺は成長した。
目の前に広がる悲劇を受け入れながらも、何処か落ち着いていられる。
性格的なことを言えば、感情的からドライな方へ……自分で言うのもアレだが……クールな部分が増えてきた。
そうして、俺のするべきことも見えてきた。
俺が一番にするべきこと。
それは彼女を納得させる答えを出すこと。
「……貴方を絶望させる……確かに、それが目的でもあるわ」
彼女は構えた杖を下ろし、その先端を静かに床につける。
殺気も若干弱くなり、穏やかな目つきでこちらを見た。
「けれど、今の貴方は絶対に諦めないでしょうから……言ってしまっても構わないわね」
耳元の髪をかき上げる仕草。本当なら美しいと思うほどの白い肌が露わになる。
そうして、彼女は微笑んだ。
「私は……貴方に自分で命を絶って貰いたいのよ」
……自分で命を?
いやそれって
「自殺しろってことかよ……」
「道具とかは私が用意してあげるわ」
「ふざけるなよ」
「至って真剣なのだけれどもね」
もしかして彼女がやり直せと言っていたのは、俺が自殺をしなかったから?
そんなの………永遠に辿り着ける訳ないじゃないか!?
だが俺は、口調は表さないように落ち着いて質問する。
ここで焦ってしまえば、真実は遠のいてしまう。
「……どうしてだ?俺にはその理由がない」
「それは……」
そう言いかけて少女は口をつぐんだ。
「……自分で考えなさい?」
「いや、自殺を勧める理由なんて……」
わかる訳ない、そう言いかけてやめた。
彼女の顔を見てしまったからだ。
涙をグッとこらえたような、悲しい目。
結ばれた口元には力がこもっている。
どうしてそんな切ない表情を浮かべられるのか。
俺を殺すだけの残忍さを持っている君が、どうして普通の少女みたいな顔になるのか。
わからない、けれども。
俺は理解してやろうと、自然の思っていた。
けれども、彼女の一瞬で元の無愛想な姿に戻る。
彼女は俺の視線に気づいたのか、素っ気ない態度を取り繕った。
そうして淡い瞳で俺を見つめてきた。
「……本当は、今すぐにでも貴方を拷問したいの」
何を言いだすんだ。
「貴方の精神に、死にたくなるような苦痛でも、悶えるほどの快楽でも良い、少し魔法をかけるだけで自我を破壊する。そうしてナイフでも渡せば、貴方は確実に自らを切り裂くでしょうね」
「魔法って……そんなことまで、本当にできんのかよ」
「私は出来るわ。……人間の構造なんて、時間を巻き戻すことよりも簡単に理解できるもの。何だったら、今すぐ貴方の内面を全て覗いても良いのよ?」
「遠慮しようか」
彼女の言葉は、冗談なのか本気なのか。
その無表情からは読み取りにくい。
「けれど……もう時間がないの」
「時間だって?」
それはもしかして。
外(・)の世界に流れる本当の時間のことか?
俺の死に戻りに関する考えが合っているとすれば、この部屋で何百回時間が戻ろうとも、外には何ら影響しない。当然のように、時間が流れている。
ならば、この部屋に入ったまま出てこない勇者たちを、外にいる者はどう思うのだろうか。
勇者らを救援にきた仲間や、逆に倒そうとする敵。
もしそんな人が外の世界で勇者を探していたとすれば、この部屋に行き着くのはすぐだろう。
俺が扉を開けるのを散々嫌がっていた賢者だが、流石に外の様子を知ることはできないはずだ。
そうしてこの密室が崩壊すれば、死に戻りはなくなり、彼女にとって都合の悪い事となる。
一体何が都合悪いのか、それは推測の域を出ない。
けれども彼女がこのループ現象を作り出したのだ。
その目的は俺に自殺させることだが、きっと、このことに関係するのだろう。
「貴方には……後少しだけチャンスをあげるかしら」
「何のことだ?」
「……四回(・・)だけ。それだけが貴方に残った回数。これを超えたとき、私は貴方の精神を壊すでしょう」
四回。
それが死に戻りの回数だってことぐらいは分かる。
「死(シ)」と「四(シ)」で洒落を効かせているのか?
いや、そんなことはどうでも良くって。
俺に与えられたこのチャンス。
それを使い、俺は彼女の出した謎を解決しなければならないのか。
「たったそれだけで、俺に謎が解けると思うのか?」
「人生で残り四回も死ねるのよ?随分と豪勢じゃないかしら」
駄目だ。彼女の中では既に決まったことらしく、覆すことはできない。
何故、彼女は俺に自殺を求めるのか。
それが果たして分かるのだろうか。
などと考え込んでいたたとき、俺の横で呻き声がした。
それは床で気絶していた戦士が目を覚まそうとする声だった。
「もう、やり直さないとね」
そう言って、彼女は杖を俺に向ける。
どうやらタイムリミットらしい。
俺に多くの謎を残したまま、彼女は今回のループを閉ざそうとする。
そして、四回の間にその全てを解決しろと言うのだ。
この無茶苦茶な状況を、理解しろと言うのだ。
良いぜ、この混沌、受けて立とう。
「俺は絶対に諦めない」
「精々……解いてみなさい」
彼女の声が耳に入った瞬間、視界が暗転する。
暗い。
まるで水の中に何処までも落ちていく感覚。
……手足の力は抜け、重力から解放される。
…………肺の空気は循環をやめる。
………………耳から音が遠ざかっていく…
……静かに動かなくなっていく……
……暗い……
……見えない……
もう……意識しかなく……それすらも泡となって消えていきそうだ……
ふと……誰かがコッチを見ている気がした……
俺は……振り返り……
ナアンダ、キミダッタノカ
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