第18話 魔王に手錠は鍵となる



 死の瞬間、人は最も輝く。



 言い方を変えれば、脳がかなり活性化する。


 詳しい理由は知らないが、精神力が増幅して一種の興奮状態になるらしい。

 走馬灯(そうまとう) という、自分の記憶がフラッシュバックする現象がいい例だ。


 俺はというと、自分の一生が蘇る、なんてことはなかった。


 むしろ身体から気力が抜けて、眠るような感覚を覚えながら意識を失う。


 けれどもどうやら、俺の脳は必死に足掻いていたらしい。

 段々と、俺の思考力はスピードを上げてきた。

 理屈で考えると、この世界はループしているから、俺の頭の構造が前回よりもグレードアップしている、というのは変なのだが。

 まあ、この死に戻ること自体が普通ではないから、深く考えないことにしよう。

 人なんてもんは、窮地に立てば能力が覚醒するらしいからな。


 そう、大事なのは、俺の脳が回り始めたということだ。




 そうして俺は、これから起こることを覚悟した。




□□□


「………勇者…」



 彼は、俺たちの前に立っている。

 一見すると身体に傷はなく、異常は感じられない。

 けれども、微かに聞こえる呼吸音。

 それはリズムが乱れ、乾いた空気を吐くだけの弱々しい息。

 口はダラリと開ききり、目の焦点がブレている。

 身体は反り返り、今にも倒れそうな姿勢のまま、俺を見ようとしていた。



「グ…………マ゛オヴ…………ッッッッッッ!!!!!」



 勇者が頭を抑えうずくまる。

 彼の精神が崩れかかっていることを、俺は感じ取れた。


 勇者の暴走。

 それ自体が絶望と魔王に対する感情による反動。

 人は圧倒的なストレスを受けると、精神に異常をきたす。

 ある者は性格が変わり、ある者は幼児行動ある者は身を投げる……その反応は千差万別だ。


 勇者の場合、絶望に対する逃避本能が全面に現れた。


 理性崩壊により生まれた、精神異常の氾濫。

 自分を不愉快にさせる全てを攻撃し、倒そうとする。それが彼の症状。


 それを無理矢理制御しようとすることは、自分自身を否定すること。

 当然、身体に矛盾が生まれ、心体共に傷つくこととなる。


 恐らくそれは、死ぬ以上の苦しみが………



 勇者は顔を歪ませながら、必死に俺を見ようとする。

 その瞳は赤く揺らめき、彼が段々と暴走を止められなくなっているのが分かる。






「………オ゛………マエニ゛………イワ゛………ナギャ………」



 唇を震わせ、喉から空気を絞り出す。

 俺はその音を一つ一つ絶対にl理解しようとする。賢者は黙ったまま、勇者の方をみていた。



「イヴゴド………タグザン゛………アル………ノニ…………グヴッッッッッッッ!!!」



 勇者の言いたいことは伝わってくる。

 彼は俺に知っていることを話そうとしているのだ。

 先程言っていた言葉、つまり勇者は俺と魔王を殺したということ。

 それを正確に伝えることが出来れば、俺たちの残った謎を解き明かせるかもしれない。


 けれども、彼に残された時間は僅か。



 勇者はそれを知っている。

 だからこそ、彼は最後にこう呟いた。










「…………オ゛マ゛エ………ハ!!……………ア゛キ゛ラ゛メ゛ル゛ナ゛ッッッッッッ!!!!」









「……ああ、絶対に諦めない。お前と約束しよう」






 俺の声が聞こえたのだろうか。





 彼は微笑んだ。








「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」




 彼は叫び、賢者に向かって走っていく。

 剣も持たずに、素手で彼女を倒そうとしたのだろうか。

 賢者は杖を構えているのに。




 そうして、彼の身体は粉々に弾けた。





 少女の手の中にある宝石は、杖が輝いていた。

 勇者が触れた途端に身体内部が膨張し、人間爆弾とばかりに消えていった。

 辺り一面に鮮血が飛び散る。


 俺の額にその血がかかった。

 生温くドロリとした液が頰まで流れる。

 

 俺はその血を手で拭い取った。





「………それで、魔王。貴方はどこまで分かったのかしら」




 本当なら仲間だったはずの人の死。

 それを忘れているかのような、素っ気ない態度。

 むしろ彼女の関心は、俺の返答に向けられていた。






 ……一回目の俺なら、思考が止まり何も言えなかっただろう。



 前回の俺なら、賢者の行動を責め立てていただろう。




 けれど今の俺は、ここで立ち止まっていちゃいけない。




 自身の手を強く握り、俺は大きく息を吸った。

 

 そうだ、俺は真実を知ろうとしなければならないのだ。




「………一つ、気になることがあった」



「何かしら」








「勇者の持っていた『魔封じの腕輪』についてだ」





 俺はこの世界を、殺されることでループしていると考えていた。

 同じ時間を何度も繰り返し、俺はその中に縛られている、そう思っていた。

 けれども、この考えには穴がある。


 一つは、俺の記憶がなくならないこと。


 そもそもこの時点で、世界がループしているとは言えないのだ。

 しかも賢者のことを考えれば、まるで世界が巻き戻っているというより、俺たちが世界に取り残されているという印象を受ける。

 だからこそ俺は死に戻りを認識できるわけだが。



 そして二つ目の穴。



 『魔封じの手枷』と呼ばれるアイテム。




 俺の腕に一度嵌められ、賢者に破壊され、次のループではなくなっていた。

 これこそが今回の謎を解き明かす鍵だったのだ。


「………俺は最初にこのアイテムが無くなったとき、自分のことに必死で様々な可能性を無視していた。だけど今、気付いたんだ。世界がループしているなら、前回あった物が次の回で無くなっているなんてことはない」


 だからこそ、考えられるのは簡単な事実。


「そう、だから分かったんだ」


 一つの答えが。




「この世界は巻き戻ってなんかいない。ただ、同じような時間が繰り返されているだけなんだ」




 つまり、俺が死ぬと時間が戻るのではない。

 俺が死んだ後、勇者が俺に宣戦布告をする瞬間が再現され、俺は勇者が声を上げる前に蘇生させられるのだ。


 例えるなら、アクションゲーム。


 敵を倒しながらクリアを目指すのだが、途中で負けることもある。

 その場合、残機数が減ったり、所持金が半分になったりとハンデを負いながらも、ある一定の場所からリスタートできる。

 有名な某キノコ好きのオジさんが走り回るゲームを想像すれば分かりやすい。

 アレは一度失敗しただけではゲームオーバーではない。

 残機数が残っていれば、そのエリアで復活し、ライフがゼロになるまで何度でもやり直せるのだ。



 だから……彼女は『魔封じの手枷』を隠すことができた。





「君がどこに『魔封じの手枷』を閉まったのかは分からない。けれども、君にとってコレは邪魔な腕輪だったんだろ?だから、このループに巻き込まれないような場所に、そのアイテムを隠蔽したんだ」



「……私が隠した理由は?」




「それは知らない。俺と勇者の敵対関係が和らぐようなことを嫌ったから、そのキーとなるコレを隠そうと思ったのかもしれない。もしくは『魔封じの手枷』自体に重大な秘密があったのかもしれない。ともかく、問題はそこじゃないんだ……分かっているだろ?」


 正直にいえば、この発想を思いついたのはかなり前だ。

 いつかは死に過ぎて曖昧だが、さっきの勇者が必死に伝えた言葉で確信を持った。


 勇者は、俺を殺したことを覚えていた。


 何故急にそんなことを口走ったのかは不明だ。

 彼が暴走したことで、脳の隠された記憶が蘇ったとか、そんな説明しか思い浮かばない。

 けれども。彼の遺言こそが、俺をここまで導いてくれたのだ。





「……時間を戻す魔法っていうのはね、理論はあるけれど不可能なの」



 ふいに少女は語り始めた。


「コップに入れた水を蒸発させるのは簡単だけれども、その水蒸気をコップの中に液体として戻すのは難しいわ。仮に出来るとしても、割に合わない程の魔力が必要になるのだけれども……」



「………蓋をしたコップなら、魔法を使わなくたって元に戻せるの」




「蓋をしたコップ…」



 それがどうしたと言いたいところだが、俺は黙って説明を聞く。

 少女は俺の呟きを相づちと受け取ったらしく、軽く頷いた。



「ええ、水蒸気は外に溢れることはないから、水に戻したければそのまま冷やせば良いの。つまりそういう事よ」



 彼女の話。

 そして現在の状況。


 コップが何の比喩なのか、それはスグに理解できた。



「この部屋は……」



「ええそう、この部屋は外と中を完全に遮断された空間。音も光も一切を外に漏らさない完璧な密室。流石は魔王の部屋と言ったところね」




「だからこそ、この部屋の空間を巻き戻すことができる、っていうのか?」



「ええ、私にはそれが可能なのよ。過去に戻ることはできないけれど、この部屋を過去の状態の戻すことぐらいはできる。それでも膨大な魔力が必要になるのだけれどもね」




 少女は俺に向かって小さく笑った。




「ほら、ここに無尽蔵の魔力貯蓄があるでしょう?」





 恐怖には慣れたと思ったが、背筋が寒くなった。

 つまり彼女が俺を殺すのは、



 俺の魔力を奪って、このループを生み出すためだったからだ。




「人は死ぬと魔力が溢れ出す。それは貴方も例外ではないわ。貴方が死に、この部屋に魔力が充満する。……ううん、この部屋だけでは収まりきらない程の量が止めどなく出てくるの。だから、それを利用しない手はないでしょう?」




 少女は、部屋の隅を向く。

 そこにはあの魔法陣があった。




「あの模様は、その魔力を管理し、別の力に変える記述。もちろん、描くのに時間はかかったけれども、お陰で完璧な仕上がりを見せてくれた。……この部屋の扉が開かない限り、室内の質量は保たれて、魔力も減ることはない。素晴らしいスパイラルだとは思わないかしら?」



 彼女は皮肉を込めてそう言った。


 けれども俺は、何処か違和感を覚えていた。

 

 その感覚を確認しようとした瞬間、彼女は杖を構える。



「ねえ……貴方はもう気付いてるの?私の目的を」





「……ああ。お前は………」



 彼女はこれまで何度も同じことを言ってきた。



 駄目


 やり直し



 その時点で、俺が死ぬだけでは彼女は満足しないと気付いていた。

 勇者らと友好関係を作ることでもない、逆に大人しく投降することも違う。


 むしろ彼女の才を持ってすれば、出来ないことなどないだろう。


 だから、このループに意味があるとすれば






「お前は、俺に絶望して欲しいんだろ?」





 俺に無限の苦痛を与えるということだけなのだ。







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